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第9話

確かに最近の環慈の様子はおかしい。 心なしか、学校でもベッタリだ。 周りから見ると今までと大差ない光景のようだが、当人である灯唯は意識せざるを得なかった。 「トモ、お前今日もバイトだっけ?」 「今日は休み」 「新しいゲーム買ったからさ、ウチ来いよ」 「おぅ」 午後の休み時間内の短いやり取り。 新作ゲームへの期待で無駄に長く感じる授業を何とかやり過ごす。 帰りにコンビニに寄って大量の菓子を買い環慈の家へと向かった。 環慈の家は兼業農家でやたらと敷地が広い。 母屋から10mほどの離れが環慈の部屋として与えられていた。 「ホント女連れ込みたい放題だよなこの部屋」 そのせいかおかげか、割りと綺麗に片付いていたりする。 環慈は灯唯に愛用の座椅子を勧め自分はベッドに座った。 「実はちょっと相談あるんだよ」 「うん?」 いつもより少し堅い声に灯唯は菓子を開ける手を止めた。 「どした?」 「あのさぁ…元カノのことなんだけど…」 「例のストーカー予備軍か?」 うーん…とポリポリ頬を掻きながら眉を寄せる環慈。 「トモと帰る時は多分大丈夫なんだけど、一人ん時とか…付いてきてるッポイんだよなぁ…」 「……マジで?」 「多分。視線っつーか気配みたいなの感じるんだよ」 あああ〜と叫びとも溜息ともつかない声を出しながら寝転んだベッドが軋んだ音を立てる。 「まぁ帰る方向は途中まで一緒だったし、偶然ってこともあるんだろうけど…」 今まで彼が付き合ってきたのはどちらかというとサバサバした姉御肌な女子ばかりだったこともあり、いまいち自信が無いらしい。 きっと根っからの女好きも手伝ってあまり女子から出るマイナスな面を見たくないのかもしれない。 再度大きな溜息が漏れ、灯唯も釣られたように肩を落とす。 「…こぇーな」 「超こぇーよ」 「でも確かめよう無いしなぁ」 「声も掛けらんねぇよ」 しばしの沈黙。 ……そうか、だから最近よりくっついてきてたのか。 新たな問題は浮上したが、一つは思っていた以上に早く解決したようだ。 もちろん少しだけ寂しさを孕んで。 「俺が一緒に帰れる時はいいんだけどなぁ」 「トモ、バイト辞めてくれー!」 「アホか!お前が小遣いくれんのかよ!?」 「無理だーッ!」 叫んで頭をグシャグシャと掻き回すと、環慈は急に声を静めて言った。 「俺女に生まれてたら良かったのに」 「はぁ?」 「そしたらトモの彼女になれたのにな〜」 「……ばーか」 かなり、かなり動揺した。 サラリと言われた言葉が心臓に痛い。 それを誤魔化すように灯唯は声を絞り出しす。 「……俺と付き合うと大変だぞ?」 「エッチがしつこくて?」 「そうそう」 頷きながら、軽く頭を小突く。 ようやく環慈が笑った。 と同時にどこか吹っ切れたようだ。 「俺もし確信が持てたら元カノにちゃんと話するわ」 「おぅ。なんやったら物陰から見てるわ」 「サンキュ」 嬉しそうにまた笑って、首に腕を回し抱き付いてくる。 「もぉ〜っ、トモぉ〜!」 「いててっ」 「やっぱり俺トモなら男でもいーやっ」 「だから俺と付き合うと大変だって」 「いいよ、俺エッチ大好きだし」 「やめろぉ」 「ははっ」 それからは当初の目的通りゲームに興じ、夕食までご馳走になってから家へと帰った。 胸の痛みを振り切るように自室のベッドに倒れ込んで、灯唯はそのまま眠りに就いた。 翌日のバイト終わり、灯唯はまた香名の部屋を訪れていた。 「えっ 環慈君ストーカーされてんの?」 「まだ確信は無いみたいだけど。でもまぁ俺にベッタリだからどうのとかいう勘違いは解消されたし、ちょっとスッキリした」 「ホントにぃ?」 紅茶の入ったカップを置きながら香名は灯唯を見つめる。 女の勘を満足させるには少し物足りないようだ。 「でもストーカーは勘違いだといいよね。アレ結構精神的にキツいし」 「もしかして香名さんもされたことあんの?」 「うん、前勤めてた会社でね。まぁ大した被害は無かったんだけどさ、事あるごとに迫られたりとかメール来たりとか、そんな感じ」 「そっかぁ……香名さん美人だから余計にだよね」 何言ってんの、と笑いながら菓子を勧められる。 ……そういえば例の上司とはどうなっているんだろうか。 カップに一口付けてからたどたどしく質問してみる。 「最近会ってないなぁ」 香名はそういえばぐらいな口調で言い放った。 「なんかトモ君達と遊んでる方が楽しいんだよね。だからコレっていい機会なのかも」 「別れるってこと?」 「うん、今までダラダラ悩んできてたのが嘘みたいに最近そういうことも考えれるようになってきたんだ」 「そっかぁ」 「トモ君に全部話せたことが大きかったみたい」 「良かった…いっつも俺ばっかり相談してたから」 そんなことないよと香名は笑う。 「まぁ私も何か進展あったら報告するからさ」 「うん」 それからは下らない話やTVの話題で盛り上がり、日を跨ぐ前に灯唯は慌てて彼女の部屋を出た。 気付けば、最近は抱き合うどころかキスさえも殆どしていない。 それでいいのかもしれない。 彼等は一番ベストな状態に戻ろうとしていた。 しかし─────。

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