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第10話

「トモ!嬉しいお知らせだぞっ」 「んー?」 「元カノに新しい男ができたらしい!」 「ふーん」 「おいぃ、もちっとレスポンスくれよ~!これで日々怯えることもなくなったんだからッ」 「おぉっ、良かったな環慈ぃ~」 「それ!それが一発目だったら最高だったのに!」 「……はぁ」 「どーしたんだよ?」 思わず灯唯がついた溜め息に、環慈の眉が寄る。 香名の部屋に行ったのは今日からちょうど一週間前。 その間にバイトは4回あったのだが、香名は一度も顔を出さなかった。 それに加えメールや電話すら無い。 心配になって灯唯から何度か連絡したが返事は一切無かった。 それを言うと環慈も心配そうに腕を組む。 「いくら仕事が忙しくても一週間丸々連絡できんってことはないわなぁ」 「だろ?」 「家行った?」 「それはまだ…」 「トモ今日はバイト無いの?俺付き合うしちょっと様子見に行かん?お前意外と優柔不断だからなぁ…気にしてるだけじゃラチ明かんぞ」 「そうだよな…」 「んじゃそうすっか」 「…ホント、お前の決断力の早さには尊敬するわ」 「ははっ男前だろ」 「まーな」 さらりと頷いたのは本音だからだ。 灯唯は環慈のこういうところにも弱かったりする。 いやむしろ助けられてる、というべきか。 そうして2人は学校が終わるや否や香名の部屋へと向かった。 もちろん時間が早いので留守の確率が高いのだが、とりあえず行ってみようという環慈の言葉に灯唯が引っ張られる形となった。 いつものように呼び鈴を鳴らして返事を待つ。 少し待っても返事が無いので一度帰ろうとしたその時、ガチャリと鍵の開く音がした。 「あっ」 扉の隙間から香名の顔が見えた瞬間二人の口から思わず声が上がる。 彼女の綺麗な顔の左側が痛々しくガーゼに覆われていたのだ。 慌ててドアを閉めようとするのをすかさず鞄を挟んで阻止する。 中で筆箱が嫌な音を立てたが気にする余裕はなかった。 無理やり扉をこじ開け、下を向く香名の肩を掴む灯唯。 「どうしたのそれ!?」 「…何でもない…」 「何でもなくない!」 思わず大きな声を出した灯唯の肩に環慈が手を置いた。 「連絡無くてトモすっげぇ心配してたんだよ?」 環慈の静かな言葉に香名は一瞬泣きそうな程顔を歪めた。 諦めたように彼女の全身から力が抜ける。 落ち着いたのに安堵を覚えた二人だが、次の瞬間には顔だけではなく腕にも絆創膏が貼ってあるのに気付く。 「香名さん…その怪我、どうしたの?」 「………」 「あの人にやられたの…?」 ビクッと肩を震わせ、香名は弱々しく頷いた。 途端言い様のない怒りが沸き上がってくる。 「なんで、そんな…」 しかし出たのは自分でも驚くくらい静かで低い声だった。 「……別れたいって言ったの」 顔を伏せたままで香名は言う。 声は震えていた。 「いつまでもこのままじゃいられないからって…私の為にもあの人の為にも良くないって、言ったの」 「……」 「そうしたら…他に男が出来たんだろうって怒り出して…」 「は…?」 「前にトモ君と歩いてたのを見掛けたみたいで…」 「…ッ、自分がしてることは棚上げかよ…」 「違うって言ったんだけど聞いてくれないし、どんどん嫌なこと言われるし、…最終的に…」 「殴られたのか…」 長い髪の隙間から、頷いたことで涙が零れ落ちるのが見えた。 思わず灯唯は香名の頭を引き寄せる。 「なんですぐ連絡してくれなかったの…」 「だって…、心配掛けると思って…っ」 「そんなのするに決まってんじゃん!…心配くらいさせてよ…」 「ごめ…っ、…」 震える小さな肩を思いっきり抱き締めた。 今までの経過を訳が分からないなりに静かに見ていた環慈が、ふと立ち上がり台所へと消える。 しばらくして湯気の立つカップを3つ持って帰ってきた。 「ごめん、勝手にやっちゃった」 スッとまず香名に紅茶を差し出す。 環慈のこういう気の付く所は、凄いなとつくづく感心する灯唯だ。 「ありがとう…」 恥ずかしそうに俯きながら香名はゆっくりそれを飲んだ。 その様子に灯唯もひとまず安心した。 そんな中、感じは素朴な疑問を口にする。 「…あのさ、香名さんの彼氏って元々DVとかしちゃう人なの…?」 「…そういうわけではなかったんだけど…」 「あ、ごめん香名さん、コイツ何も知らないで付いて来てくれたんだわ」 「そうなんだ…」 「え、何、違うの?」 「…ふふっ、環慈君もいい子だなぁ」 香名がようやく笑った。 灯唯は香名に許可を取り彼女と例の上司の関係を説明をする。 一通り静かに聞き、環慈は思いっきり不快感を露わにした。 「なんだよそれ、サイテーじゃん。俺だって女好きだけど二股だけは絶対しないぞっ」 「お前のことはいいよ…」 軽く溜め息して、灯唯は改めて真剣に声を出した。 「でも今回みたいにこんな豹変するなら今後も危ないかもしれないな…」 その言葉に香名は不安そうに表情を曇らせる。 「ストーカーになるってことも有り得るし」 「どうしよう…」 「警察にも言った方が…」 「…ッ、それは…」 警察という単語に躊躇する彼女に、別の提案も投げ掛けてみた。 「いっそ本当に新しい彼氏のフリもしようか?」 「でも…トモ君にまで暴力振るったりしたら、私…」 「香名さんがこれ以上傷付くよりいいよ」 「良くないよ。それだけは絶対に嫌」 キッパリと拒否されて、じゃあ…と隣で環慈が手を挙げた。 「だったら俺も付いてく。男2人相手ならあっちも無茶できないでしょ」 「…それはそうだけど…」 香名は迷ってるようだ。 何よりもまず彼等の身を案じているのだから仕方のないことだろう。 しかし彼女とあの男を二人きりで会わせることは絶対にいけないのはもちろんで。 とりあえずは男から連絡が無い限りそっとしておくということ。 そして、もし会うことになったら灯唯と環慈が立ち会うということでその場は決まった。 会社も怪我を理由にしばらく休むことにしたらしい。 かなり心配だったが、香名が大丈夫だと言うのでこの日は解散となった。 「何かあったらすぐ連絡してね」 「うん、分かった」 「じゃあ」 「2人共ありがとね」 「気にしないで」 「じゃあまたね、香名さん」 「うん、またね」 施錠の音を確認して、2人はマンションを後にした。 しばらく歩いてから環慈が低いトーンで言う。 「このまま何にもないといいな…」 「おぅ」 頷くことしかできない。 どこか不安が付きまとって、モヤモヤした気持ちは眠るまで消えなかった。

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