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第6話
授業以外の時間のほとんどを図書室で過ごすことが日課になったぼくが、その違和感を覚えたのは五月がはじまってすぐのこと。
各学年に一クラスしかないちいさな学校なので、自然と一年生の顔と名前、悠深がいる二学年の生徒はなんとなく覚えられるようになっていたけれど、三年生についての情報はまだ持っていなかった。
現に高月先輩は三年生で、国立の大学に進学することを望んで一生懸命勉強に励んでいた。その傍らにはミハルがいて、うんうん頷きながら彼のノートを眺めていた。どこにでもあるような光景。なのに。
彼らがいる場所で、怯えに似た、不安に揺れる強い感情が渦巻いていた。
その想いの出所が何かはわからなかった。けれど、そのままにしておくことはできないと、ぼくは声をかけていた。
* * *
「一迦はむかしから他人が発信する深い、深すぎる感情に影響を受けやすかったもんね。成長する過程で自制することはできてきたみたいだけど、それでもお節介を働くことは何度かあったよね。お隣の小谷さんの奥さんが旦那さんと喧嘩した夜に『止めなきゃ自殺しちゃう!』って慌てて乱入して行ったり、学校で起きた修学旅行費の紛失事件も疑心暗鬼になっていた級友たちの前で『大丈夫、先生が居酒屋で忘れただけ』って言ってギョっとさせたり……」
「いつの話だよ。もうそんなことしてないってば」
そのせいで周囲の人間に奇異の目で見られていたこともあったから、特別に親しい人間を作らないでいたのだ。事情を知る家族と悠深をのぞいて。
けれど。高月先輩とミハルのことは、言い訳できない。あれは単なるお節介だ。
「まあ、高月先輩はそのことに感謝しているみたいだから結果的には良かったのかもしれないけど」
「……でも、ミハルはそれでも恋しかったら逢いに来い、なんて言ったのよ。高校を卒業したら、なんて勝手に約束作って」
それを真に受けて二年間、じっとしていたぼくにも非があるのかもしれない。
「だから逢いに行って確かめるんじゃないのか?」
繋がれたままの手が、するりと解ける。
「悠深?」
不安そうなぼくの前で、悠深は怒った声で、その想いを口にする。
「僕は一迦のことがすきだけど、一迦の想いを無理矢理せき止めるような真似はできないのだから」
ぼくがミハルと想い合っていることを知っているから、彼はその手を放そうとする。
「違う!」
だから、その言葉を否定する。ぼくとミハルが想い合っていたのは事実で、いまもこの気持ちは変わらない。けれどだからといってもう、ぼくはミハルと一緒にはいられない。
「その想いを浄化するために、ぼくは悠深を頼りに来た……だってミハルは」
「言わなくていい」
突き放されて、抱き寄せられる。
悠深が心の底から強く欲しているのは、ぼく自身。それが理解できるから、何も言えなくて、おとなしく瞳を閉じてしまう。
あたたかい唇が冷え切った顔に注がれていく。彼の、想いが、結晶のように凝って、ぼくの心に舞い降りていく。
言葉で想いを通じ合わせただけのミハルとは違う、悠深だからできる、ぼくへの愛し方……
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