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第14話

始業式を無断欠席して次の日。 教室に入ると、なんだかいつもと様子が違っていた。 いつもならザワザワとした喋り声の中に笑い声も聞こえるが、しゃべっているやつ自体が少ないし、全体にどこかピーンと張りつめた空気がある。 自分の席にカバンを置くと、オレはいつものように壁際一番後ろの灰谷の席を見る。 まだ来ていない。 遅刻かな。めずらしいな。 いつも灰谷の席にたまってるヤツら、竹中や斎藤は?と見れば、二人共自分の席についたまま、机に顔をふせている。 なんだなんだ? 視線を感じてふり向けば真後ろの席の中田がオレのことを心配そうに見つめている。 ん?なんなのその慈愛に満ちた目は。マザーテレサか。 「真島~マジマジックリーン!」 登校した佐藤が、かけ寄って来た。 そのダサイあだ名、本当にヤダ。 「お前大丈夫かよ~」 「声デカイって」 佐藤はムダに声が大きい。 中田も佐藤も大丈夫大丈夫って一体なんなんだよ。 「なんだよ、その首の湿布。ダッセぇ。追突事故にでもあったか?」 瞬間、周囲の空気がピリッとしたのを感じる。 なんだ? 「ちげえよ」 「昨日来ねえから心配したぞ」 「ああ、ワリぃ」 「コレ、母ちゃんからお弁当。しっかり食べてねだって」 紙袋を渡される。中からはプンとニンニクの匂いがした。 やっぱ唐揚げだな。 「ありがとう」 「おお。中田もほれ」 「ああ。ありがとう」 「いやぁ、しかしもうさあ~ビックリしたなあ中田」 「やめろよ、佐藤」 「だって真島んちの帰り道に見た事故がさあ~まさか…」 「佐藤、やめろ!」 中田が大きな声を出した。 「え?何が?」 「その話はいい」 「なんでだよ。真島に話してやんねえと」 「やめてよ佐藤くん」 近くにいた女子のグループから鋭い声が飛んだ。 見れば輪の中心にいたクラス委員の女子、七瀬が机に顔をふせていて、その肩が小さく震えていた。 「ホント無神経。信じらんない」 「佐藤、サイテー」 佐藤が女子たちから次々と口撃を受ける。 「いや、だってさ。オレと中田…」 佐藤と女子のグループがモメはじめた。 何何?なんでモメてんの? その時、本鈴のチャイムが鳴り、「席に着け~」と担任が入ってきた。 みなバラバラと席につく。 担任は教室をくるりと見渡すと、オレに目を止めた。 「真島、熱は下がったか」 熱?そういうことになってんのか。 「お前一人暮らしなんだから体調管理しっかりして、具合悪いときはすぐに病院行って学校への連絡も早めにしろよ」 「はい」 「それと中田、お前はいきなりいなくなるな。真島の様子を見に行くなら行くで、声をかけてから行け」 「すいません」 中田が返事をする。 迷惑かけちゃったみたいだな。あとでなんかオゴろう。 「あー…」 担任が口ごもる。 「…灰谷のことだが、明日、十時から告別式が行われる。登校した後、クラス全員でお別れに行くことにする」 告別式…。 「気を落とすなと言っても無理だろう。先生もつらい。だが人の死というものは…」 担任がまるで青春ドラマのように生や死について語りはじめた。 こんなこと言うヤツだったっけ。 クラス中が沈んで見える。 灰谷…告別式…人の死…。 なんかよくわからないけど…なんでもいいや。 いまオレの中にあるのは、早く灰谷に会いたい。それだけだ。 灰谷。 灰谷。 灰谷。 胸の中で灰谷の名前をつぶやいてみる。 ぽわんと幸せに包まれる。 灰谷がオレのカラダにつけた〈しるし〉の一つ一つが発光してぽわんと熱を持ち、うずく。 そこにいてもいなくても灰谷はオレを幸せにする。 灰谷。 灰谷。 灰谷。 心の中でくり返す。 『真島…真島…真島…』 灰谷のあの、かすれた声が蘇る。 ヤバイ。カラダが反応してしまう。 気をまぎらすように窓の外に目を向ける。 オレの席は窓際で校庭がよく見える。 夏の日差しが照りつけて明るく白い。 今日も暑くなるな。 頬杖ついてぼや~っと眺めていたら担任の声もいつしか遠ざかり…。 ふわり。 あれ…なんだ?瞬間的に映像が浮かんだ。 そして音が聴こえた。 たっ たったったっ ふわり ドスッ。 走り高跳び。 走り高跳びだ。 走り高跳びの背面跳び。 左から右へ灰谷がバーに向かって走っていく後ろ姿が見える。 バーの上を背中から宙に舞って跳び越え、マットの上にストンと落ちた。 ああそうか、これはあの時だ。 灰谷と同じクラスになって間もない頃、体育の授業の時。 走り高跳びをやった。 バーの高さを少しづつ上げていき、クラスの男子全員で、どの高さまで跳べるかを競わされた。 早々に引っ掛けて抜けたオレは、長いこと他のやつが跳ぶのを眺め続けた。 はさみ跳び、ベリーロール。 その中でひときわ美しく目をひくフォームがあった。 それが灰谷の跳ぶ背面跳び。 足を引きずるようにも見えるクセのある助走。 そして一転、空にふわっと浮かび上がって、背中から宙を舞いストンと落ちる。 バーはピタリと動かない。 キレイだな。そう思った。 見ているオレの心も灰谷のカラダが宙を舞う度にふわりと浮かんだ気がした。 いつまでも見ていたい、と思った。 それくらいキレイだった。 その時、突然自覚した。 オレは灰谷のことが好きなんだ…と。 その夜、はじめて男で…灰谷でヌイた。 ふわりふわりと跳ぶ灰谷を想像してはヌイた。ヌケた。 それからオレは灰谷を見つめ続けた。 見ているだけで幸せだった。 それをいま、思い出した。 その日、オレの脳内スクリーンの中で何度も何度も灰谷は美しいフォームでふわりふわりと宙に舞い続けた。

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