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9.掟
アルファと番うのは絶対に嫌だ。
いきなりオメガだと言われたって、納得なんてできない。でも郷にいたらアルファの決定には従わななきゃならない。だから発作的に逃げた。
けれど一人の時間が増え色々考えるようになって、気付いたんだ。
郷から逃げたってことは、アルファに従わないって言ってるようなもの、掟を破ったことに外ならないんじゃないか?
いずれ戻ろうと思ってた。けど、あのアルファが死んでから戻ったとして、郷は掟破りを受け容れるのか?
“あいつ ”が次のアルファになるだろうと、みんな言ってる。一番強い雄だからだ。
でも掟を絶対に守るあいつがアルファになったなら、俺はどうなるんだろう。
気付けば、郷を出てから半年ほど経っていた。
もうすぐ十八、成人だ。
そうなればもう一匹の雄としての働きを求められる。
掟に対してもそう。成人前にやらかしても許されることが、成人した雄には許されなくなる。
郷にいた頃は、成人したら立派に狩り を勤めるんだと思っていた。その自信もあった。
成人の儀式。
一週間ほどかけて行われるもの。
本来、発情は春に来て、仔は冬に産まれるけれど、かつて稚 い雄たちは季節問わずに発情し、雌たちは癒し が作った薬を飲んで、無理矢理発情した状態になり、子作りした。少しでも早く子狼を増やさねばならないと、アルファが指示したのだと聞いてる。
だから俺たちの世代までは季節外れ がけっこういて、成人する時期はバラバラだ。けれど成人の儀は、本来の時期、冬のさなかに行われる。その年成人した者は、それまで待って儀式を受ける。
儀式を終えると、みんなそれまでとは厳然と違うなにかを身につけ、纏う雰囲気も変わって、しばしば匂いすらまったく変わって、戻ってくる。
その姿は郷のために働く成獣 そのもので、少し前まで一緒に遊んでいた者たちなのに、まったく違って見え、かっこよかった。
だから子狼はみんな憧れる。早く大きくなって立派に成人し、郷のために働けるような力を得るのだと。俺もあんな風になるのだと。
俺だって儀式を終えて狩り として認められるようになったなら、郷のために働くんだと思ってた。そしてできるなら番を捜す旅に出る許しを得ようと思ってた。唯一の番に出会えば、きっと素晴らしく幸せになれると、信じていた。
……本当に俺が番と出会うことなんてあるんだろうか。
郷に番がいなくて、同じような番無しと一緒になるやつはいる。それは悪いことじゃない。子供ができるのは良いことだ。
番がひと族のやつだっている。
そういうのは郷を出て、ひと族の里との間に居を構え、郷のものをひと族の里に運んでカネを得て、郷へ必要なものを運ぶ『商人』という仕事をしている。
人狼は畑で作物を作るのが苦手で、麦も麦の酒も作れない。大工 の使う釘や金槌、のこぎりなどの工具は郷で作れない。機織り では薄い服に使う布が織れない。なのでひと族から購う。癒し や語り部 は本や地図、ペンやインクを良く頼んでた。良く切れるハサミやナイフなどの刃物、きれいな首飾りや髪飾りなど番への贈り物を頼むやつもいる。
郷の序列には入らないけど、大切な仕事だし話が面白い。だから『商人』が来ると、子狼たちは集まって珍しい話をせがんだ。俺がひと族の村や町でなんとなくやってこれたのも、『商人』の話を聞いてたからだ。
いなければ困る役割なのに、序列に入っていないとダメだとか、番が人狼で無いからダメだとか、ひと族と付き合うと人狼の力を失うとか悪く言うやつはいる。
考えたこと無かったけど、俺も運命がひと族と繋がってたら『商人』になるのかな。そうなってあんな風に言われたらいやだな。ひと族の番に優しくするって掟を作れば良いのに。
アルファが作った掟には皆従わなくちゃならないんだから、俺がアルファならそういう掟つくって、みんなに言うこと聞けって言うのに。
だいたいあのアルファが勝手なことを言うから、こんなことになったんだ。俺は掟を破りたくて破ったんじゃ無いのに…………、え?
ちょっと待って。
え、……なら、なら…………俺が、
アルファになれば──────?
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