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16.狩り

 気づいたら背中で揺れていた。 「起きたか」  狩り(ルー)のトップの背中に背負われてる。走ってる背中に。 「起きたなら自分でつかまれ」  慌ててトップの背中にしがみついた。支えてた腕が離れる。 「背中(そこ)でおとなしくしてな」  すぐ横から声がかかった。狩り(ルー)のセカンドだ。サードもいる。 「急ぐからな。しんどくても耐えろよ」 「……急ぐって、どこに」 「郷に決まってるだろ」 「……え。……シグマは?」 「あいつが俺らに追いつけるはずないだろ。ちんたら馬車で戻ってくるとさ」  やっと頭がハッキリしてきた。  気楽な感じで喋ってるけど、新月近いのにすごく早いし、三匹とも息ひとつ乱れてない。  たぶん、満月で俺が走るよりずっと速く走ってるのに。  狩り(ルー)のなかで最も優れた三人。これが本当の狩り(ルー)……スゴイんだな。  トップは七つ上だし、セカンドは五つ上だから、経験とかで違うのかと思ったけど。でもサードは二年前に成人したばっかり。  子供の頃は良くかけっこしたし、足が速いのは知ってたけど、こんなに違うなんて。 「しっかしあの薬、最悪だったな」  トップが苦笑気味に言った。 「やっと感覚が戻ってきた。ホッとしたよ」  セカンドが続けて、「いやホント、怖かった」とサードが呟く。 「飲んでても臭くてうるさくて、しんどかったけどな」  なんだかがっかりした。あの薬を飲んでも感覚を殺しきれないくらい、本当の狩り(ルー)はすごいんだ。俺がひと族の町で過ごせたのは、そこまで感覚が鋭くなかったってことなんだ。 「もう絶対にあんなもの飲まないぞ俺は」 「俺だって二度とごめんだよ」 「安心しろ、ひと里に行くことなんてもう無いだろうから」 「……ごめんなさい」  俺が逃げたから、だからこんなに優れた狩り(ルー)が、感覚を抑えてひと里に来た。抑えなければ、ひと里には近寄れないから。  トップが笑った気配がした。 「気にしすぎない程度に気にしてくれ」 「ひと族はみんな、あんななんだろ? よく生きていけるよ」  走りながらトップとサードが喋ってると、セカンドが「ほれ」と干し肉をくれた。 「え? いま食うの?」 「腹減ってるだろ。固いから良く噛めよ」 「え、でも走ってるのに」  背負われてる俺だけ食べるなんて、走ってるみんなに悪い……と思ったら、三人とも腰に付けたポーチから干し肉を取り出して、足を止めることなくモグモグ食ってる。 「行儀悪いんじゃない? 俺たちと狩りに行くとき、座って食べてたよね」 「そりゃ、あんときはおまえら(ガキども)に仕事教えてたんだし」 「いつもと同じにはなあ」 「えー……」  なんとなく騙された感じがした。だって俺は狩り(ルー)としてちゃんとやれるって、かなり自信あったのに。  干し肉を食い終えると、セカンドがラムーの実をくれた。 「喉渇くから、こいつをくちに入れてろ」  ドングリより少し大きいくらいで、郷近くの山になってる実だ。すごく酸っぱいけど、取って帰ると褒められる。なにに使うのかって思ってたけど…… 「くちに入れてたら唾が出てくるから、それ飲め。止まってるヒマ無いからな」 「え、どうしてそんなに急いで……」 「おまえのせいだろ。シグマに言われたからな」 「え、俺……?」 「そうそう、とにかく急げって」  トップがチラッと俺を振り返った。 「よく分からんが、アルファとシグマが言うなら俺らは従うさ」  そうだよな。  それが人狼(おれたち)だ。それが群れだ。  町にいた時、“自由”とか言われたけど、どんどん苦しい感じになるばかりだった。  やっぱり俺は人狼で、郷の一員なんだ。 「ガンマも慌ててたな」 「そうだ、戻ったら真っ直ぐガンマのところに連れて行くからな」  精霊師(ガンマ)はあまり郷に顔を出さない。いつもどこかにいて、祭事の時やお祝いの時だけやってくる。  そして低い声でぶつぶつなんか言うんだ。良く聞こえないけど、ガンマがそうすると気配がとてもスッキリして、みんなすごく元気になる。  そういえばシグマは、これからガンマと協力とかなんとか言ってたような気が……ああ、そっか。  俺、オメガなんだ。もう逃げられないんだ。そうしないと郷が困るなら……俺だって従うしかないんだろう。 「ああそうだ、これ言っとけって言われてたんだ。ベータは郷にいないから安心しろって」 「え?」  ベータが? どういうことだ? 「あいつイヤだとか大騒ぎしてたな」 「それでガンマがさあ」 「ああ! 声裏返させてたな」 「えっ?」  ものすごく興味が湧く。 「あれは笑った。あんな声してるとは」  え? ガンマってどんな声してるんだ? いつもぶつぶつ呟いてるばっかりで…… 「初めて聞いたけど」 「あんな甲高い声だったなんて!」 「まじで? 俺も聞きたい!」 「いいからおまえはラムー食っとけ」 「うわ、すっぱぁ!」  高速で走り抜けながら、俺と三匹は笑った。いや俺は背負われてるだけだけど。  まだ新月から何日も経ってないのに、俺は満月後に三日走り続けただけで倒れちゃったのに、びっくりするほど速く走ってるのに、三匹とも息の乱れもなければ汗ひとつかいてる様子もない。まるでお茶を飲みながらおしゃべりしてるみたいにリラックスしてる。  俺はぜんぜんだ。なにもできない。  トップの背中にしがみついたまま、落ち込んできた。  三匹はかわりばんこに背負い合って短く眠り、昼も夜も足を止めずに走り続けて、三日経った。  ここまで来れば分かる。もうすぐ郷のある森だ。そういう匂いがする。  三匹に疲れた様子は見えない。むしろ月が満ちるに合わせて、走る速度は早くなってる。  というか、背負われてるだけの俺の方が疲れてきて、必死にしがみついてる。  今まで一緒に狩り(ルー)の仕事してて、その時もじゅうぶんスゴイと思ってたけど、想像できないレベルで凄まじいんだなと、しみじみ思う。  俺は自分の能力とか、周りの能力とか、全然分かってなかった。 「やっぱり俺は、狩り(ルー)には成れなかったんだな……」 「なに言ってる、成人前が分かったようなことを」 「鍛えてんだよ、俺らは」 「成人してから鍛えないと、使えるようにはならんよ」 「え」  成人って十八歳になるってだけじゃないのか?  不思議に思って聞くと、三匹とも笑った。 「違うよ。成人の儀式を超えると変わるんだ。大人の身体に」 「階位(クラス)に合った身体になるんだよ」 「それから鍛えるってこと」  そうなんだ……成人って、ひとつ年取るだけじゃないんだ……。 「まあ、別格なやつもいるけどな」 「ベータとシグマはすごいよ」 「俺が成人したとき既にベータだったから、そっちは知らんけど、シグマは最初から凄かった」 「ああ、あいつもすぐトップになったからな」 「走るの遅いくせにな!」 「木から落ちるしな!」  足を緩めることなく、三匹はまた笑った。

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