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18.狩り

 ふっ、と気づいた。  かなり激しく揺れている。 「起きたか」  聞こえたのは狩り(ルウ)筆頭(トップ)の声。  腰を腕で支えられ、俺は背負われてる。ひどく揺れるのは、背中の主、トップが走ってるから。 「起きたなら自分でつかまれ」  慌ててトップの背中にしがみついた。支えてた腕が離れる。 「背中(そこ)でおとなしくしてな」  すぐ横から声がかかった。狩り(ルウ)次席(セカンド)だ。三番手(サード)もいる。 「急ぐからな。しんどくても耐えろよ」 「……急ぐって、どこに」 「郷に決まってるだろ」 「……え。……シグマは?」 「あいつが俺らに追いつけるはずないだろ。ちんたら馬車で戻ってくるとさ」  やっと頭がハッキリしてきた。  気楽な感じで喋ってるけど、新月近いのにすごく早いし、三匹とも息ひとつ乱れてない。  たぶん、満月で俺が走るよりずっと速く走ってるのに。  ルウのなかで最も優れた三人。これが本当のルウ……スゴイんだな。  トップは七つ上だし、セカンドは五つ上だから、経験とかで違うのかと思ったけど。でもサードは二年前に成人したばっかり。  子供の頃は良くかけっこしたし、足が速いのは知ってたけど、こんなに違うなんて。 「しっかしあの薬、最悪だったな」  トップが苦笑気味に言った。 「やっと感覚が戻ってきた。ホッとしたよ」  セカンドが続けて、「いやホント、怖かった」とサードが呟く。 「飲んでても臭くてうるさくて、しんどかったけどな」 「もう絶対にあんなもの飲まないぞ俺は」 「俺だって二度とごめんだよ」  軽い調子で話してるルウたちの声を聞いて、なんだかがっかりした。  あの薬を飲んでも感覚を殺しきれない。それくらい、本当のルウはすごいんだ。俺がひと族の町で過ごせたのは、そこまで感覚が鋭くなかったってことなんだ。 「安心しろ、ひと里に行くことなんてもう無いだろうから」 「……ごめんなさい」  俺が逃げたから、だからこんなに優れたルウが、感覚を抑えてひと里に来た。抑えなければ、ひと里には近寄れないから。  トップが笑った気配がした。 「気にしすぎない程度に気にしてくれ」 「ひと族はみんな、あんななんだろ? よく生きていけるよ」  走りながらトップとサードが喋ってる。セカンドが「ほれ」と干し肉を差し出した。 「腹減ってるだろ。固いから良く噛めよ」 「え、でも走ってるのに」  背負われてる俺だけ食べるなんて、走ってるみんなに悪い……と思ったら、三匹とも腰に付けたポーチから取り出した干し肉を、足を止めることなくモグモグ食ってた。 「行儀悪いんじゃない? 俺たちと狩りに行くとき、座って食べてたよね」 「そりゃ、あんときはな」 「ガキども(おまえら)に仕事教えてたんだし」 「いつもと同じにはできんよ」 「えー……」  なんとなく騙された感じがした。だって俺はルウとしてちゃんとやれるって、かなり自信あったのに。  干し肉を食い終えると、セカンドがラムウの実をくれた。 「喉渇くから、こいつをくちに入れてろ」  ドングリより少し大きいくらいで、郷近くの山になってる実だ。すごく酸っぱいけど、取って帰ると褒められる。なにに使うのかって思ってたけど…… 「くちに入れといたら唾が出てくるから、それ飲め。止まってるヒマ無いからな」 「どうしてそんな急いで……」 「おまえのせいだろ。シグマに言われたからな」 「え、俺……?」 「そうそう、とにかく急げって」  トップがチラッと俺を振り返った。 「よく分からんが、アルファとシグマが言うなら俺らは従うさ」 「……そっか」  そうだよな。  それが人狼(おれたち)だ。上が命じ、下は従う。それが群れだ。  町にいた時、“自由”とか言われたけど、どんどん苦しい感じになるばかりだった。やっぱり俺は人狼で、郷の一員なんだって思う。 「ガンマも慌ててたな」 「そうだ、戻ったら真っ直ぐガンマのところに連れて行くからな」  そういえばシグマは、これからガンマと協力とかなんとか言ってたような気が……ああ、そっか。  俺、オメガなんだ。もう逃げられないんだ。そうしないと郷が困るなら……俺だって従うしかないんだろう。 「そうだ、これ言っとけって言われてたんだ。ベータは郷にいないから安心しろって」 「え?」  ベータが? どういうことだ? 「あいつイヤだとか大騒ぎしてただろ」 「それでガンマが声裏返させて」 「ああ! あの声な!」 「えっ?」  ものすごく興味が湧く。 「初めて聞いたけど」 「あれは笑った。あんな声とは」  え? どんな声してるんだ? 「あんな甲高い声だったなんて!」 「まじで? 俺も聞きたい!」 「いいからおまえはラムー食っとけ」 「うわ、すっぱぁ!」  高速で走り抜けながら、俺と三匹は笑った。  いや俺は背負われてるだけだけど。  ルウの三匹は、かわりばんこに背負い合って短く眠り、昼も夜も足を止めずに走り続けてる。けど息の乱れもなければ汗ひとつかいてる様子もなく、まるでお茶を飲みながらおしゃべりしてるみたいにリラックスしてる。  まだ新月から何日も経ってないはず。びっくりするほど速く走ってるのに、俺は満月から三日走り続けただけで倒れちゃったのに、三匹はまるで平気に見える。  こんなに違う。  俺はぜんぜんだ。なにもできない。  トップの背中にしがみついたまま、落ち込んできた。  今まで一緒にルウの仕事してて、その時もじゅうぶんスゴイと思ってたけど、想像できないレベルで凄まじいんだなと、しみじみ思う。  トップやセカンドはともかく、サードは……子狼の頃から足は速かったけど、こんなに差があるなんて。  自分の能力とか、周りの能力とか、全然分かってなかった。 「やっぱり俺、ルウには成れなかったんだな……」 「なに言ってる、成人前が分かったようなことを」 「鍛えてんだよ、俺らは」 「成人してから鍛えないと、使えるようにはならんよ」 「え」  成人って十八歳になってクラスが決まるって事じゃないの?  不思議に思って聞くと、三匹とも笑った。 「違うよ。成人の儀式を超えると変わるんだ。身体が成獣に」 「階位(クラス)に合った身体になるんだよ」 「それからさらに鍛えて、やっと使えるようになるんだって」  そうなんだ……成人って、ひとつ年取るだけじゃないんだ……。 「まあ、別格なやつもいるけどな」 「ベータとシグマはすごいよ」 「俺が成人したとき既にベータだったから、そっちは知らんけど、シグマは最初から凄かった」 「ああ、あいつもすぐトップになったからな」 「走るの遅いくせにな!」 「木から落ちるしな!」  足を緩めることなく、三匹はまた笑った。

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