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21.オメガ

「オメガは精霊に好かれる」 「俺、好かれてる……?」  それで番じゃないのにアルファと……子作り?  なんだそれ。なんなんだよそれ? 精霊かなんか知らないけど、勝手に……! 「だからオメガになって? それで強い仔産めって?」  勝手に好いて、勝手に俺のこと変えようって? なんだよそれ! 「違う」 「なにが違うって!?」 「精霊は、仔を産めなんて思わない」 「……あ」  盛り上がった怒りが、いきなり消された。  股間からガンマの手が離れ、また耳を舐められた。やっぱりピクッとしたけど焦りは無い。  ガンマはまた耳元でフフッと笑う。 「精霊は自由。掟もなにも無い。好きなものを好く。それだけ」 「自由……」  ひと族の里で“自由”を楽しもうって思って、でもなんか分からなくて……ひと族と同じことしても心から楽しいなんて思えなくて、……“自由”のどこがいいのか、ひと族のことも、俺にはやっぱり分からなかった。  分かったのは、ひと族は違うもんなんだってことだけ。  なら……精霊が自由なもんだっていうなら、精霊のことなんて俺に分かるわけない。 「ガンマは精霊のこと分かるの?」 「分からない」  あ、そうなんだ。  精霊師ってくらいだから、分かるのかと思った。 「けど好かれてる。ものすごく」 「もの、すごく……?」 「そういうのが、ガンマになる」  えーと……。 「オメガがいなくなったら、アルファは役目を終える」  さっきからガンマの言うことが、いちいち教わったことと違い過ぎて混乱する。  ともかく、今のアルファはオメガを失ったわけで、だから役目を終える……てこと? でも俺がオメガになれば続けられるのか? だから俺が必要ってことなのかな?  え、じゃあ失われたオメガ、俺の親は、……アルファがアルファになるために、無理矢理オメガになった?  今の俺みたいな、わけ分かんないことになって……混乱したよな。だって半人前のルウな俺でもこんなに混乱してるんだ。親はシグマとしてちゃんとした階位も得ていて、なのにいきなり……なんかひどい。ひどいなそれ。  しかもオメガがいなくなったら次のオメガが必要? 郷のために? それもなんかひどい。  ……え、ちょっと待て、じゃあ…… 「アルファがいなくなったら、オメガは……」 「ここに来て眠る。身体も、心も、精霊に捧げる」  ……ということは。  あのアルファが死んだら俺は……いなくなる、のか……?  なんかオメガばっかりひどい。ムカムカしてきた。 「怒るな」  すぐ近くでニコニコしてるガンマにもイラッとする。 「怒るよ! だってひどいよ!」 「ひどくない。心地良い」  あ、そうなんだ。  ガンマはまた、ぴちゃりと耳を舐める。 「……好かれすぎると、こうなる」  そう呟いてフフッと笑った。  しばらく寝床で舐められたり撫でられたりしてた。  けど、ガンマが小さいからかな、飴を欲しがる子供みたいに思えて、髪を撫でたら抱きしめられた。  自分より小さな身体に抱きつかれるのが、子狼にじゃれられてる感じでなんだかほっこりして抱きしめ返したりして。  いつのまにか眠ってしまったらしい。  目覚めたとき、体に力が戻ってた。  ベータと逢ってから、薬なしでは眠れなかったし食欲も無くなってたのに、ぐっすり寝ていたし腹も減ってる。  ここは心も身体もすごく落ち着く。ずっとモヤモヤしてたのがスッキリしてるし、身体もあまり熱くならない。ガンマは精霊が集まってるって言ってたけど、そのせいかな。  ガンマはもう一つの寝床で寝てたから、森に行ってなんか取ってこようと洞穴の外に出た。シグマ・セカンドはいなくて、荷車もなくなってた。  なんか肉を食いたいと思わなくて、果物や木の実を採って戻ると、ガンマはあの不思議な飲み物をカップで飲んでた。俺にも飲めって差し出してくるから、今日も同じカップで回し飲みしながら、種なしパンと一緒に食事した。  ガンマは、鳥がついばむより少ないんじゃないかってくらい、ほんのちょっとしか食べなかった。  食ったらガンマはふらふら寝床に近づいて、もそもそ横になった。でも俺は元気になってたので、あんまり眠くなくて、汲み溜めてあった水で埃だらけのカップや皿を洗い、積みあがってたものを片付けた竈に薪を組んで湯を沸かした。  棚の隅っこに茶葉があったのでお茶を入れて、台も片付けて拭き、一緒に飲もうよってガンマを誘ったけど、ふるふる首振って眠ってしまった。  ガンマは若く見える。けどいくつなんだろう?  子狼(ガキ)の頃、こんな毛はいなかった。真っ白で一房だけ青灰色なんて、こんな目立つ毛してたら、絶対覚えてる。つまり同世代じゃない。  でも親の世代だとしたら若すぎる。肌も匂いも毛も、ぜんぜん衰えてない。老いたものの匂いなんてまったくしない。  不思議でたまらなくて聞いたら、フフッと笑ってガンマは言った。 「俺は前の前の、もっと前の、オメガ」 「え?」 「好かれ過ぎた」  クックッと笑って、ガンマはやっぱりすぐ寝てしまう。  しかたないので部屋を掃除したりしたけど、俺もすぐ疲れて眠くなって、寝床に潜り込む。  起きて、寝て、食って、飲んで、寝る。  ガンマはたまに起きて、棚にある書物をぜんぶ読めとか言う。他にやることも無いから読んで、分かんないトコ聞きたいときはガンマを起こす。  ……そんな風に過ごしてて分かった。  ガンマが極端に体力が無い。  高いところの書物を取っただけで疲れてフラフラするし、話すのも疲れるみたい。少し話すと眠くなるガンマと二人だとヒマだったので、掃除したり、書物読んだり、元気になってきてからは森に出て木登りしたりして過ごした。  元気になってきたらどんどん腹が空くんだけど、ここにはあまり食べ物がない。カラカラに乾いた種なしパンが少しあるくらい。  普通ならどの棲まいにも置いてあるはずの木の実や干し肉、果物を干したものも無い。  ガンマがあんまり食べないからだろうなと思うと、食い尽くしたらまずいかなって遠慮しちゃうし、いくら落ち着く場所だって言っても、やっぱり太陽や月の光を浴びたくなる。  ここにある書物を色々読んで、少しずつ話を聞いて、なんとなく分かった。ガンマはあくまで精霊の立場でものを言ってる。そして郷のみんな、アルファのことでさえ下に見てる。  元オメガって言ってたけど、ガンマって本当は精霊とかなんじゃないのかな。  だって綺麗すぎる。  肌が白すぎだし、産毛の生えた頬なんて肌触りが良すぎるし、薄桃色の唇はコケモモみたい。薄灰のまつげの影が玻璃みたいな灰色の瞳に落ちて、笑うときや楽しいときは瞳がキラキラして、……なんか生き物じゃないみたいだ。

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