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37.覚醒
黄金の
暖かな
光────
そして……怯え……怖れ……
感じる。
「あ、……あお」
消え入りそうな声。
ああ、この声。
まつげが震えた。
ゆっくりと目を開く。
「……蒼の……雪灰……?」
泣きそうな顔。
心配そうな金の瞳。
ああ、頬の髭が伸びてる。銅色の髭。
毛も前よりずっと伸びて……
少し痩せた? ううん、精悍になったのかな。
見つめ合ったあの夜。
黄金の雄がいた、あの一瞬。
あれから……どれくらい経ったのかな。
「め……ざめた……のか」
どうしたの。
そんな慌てて。
……ああ、心配だったの。そうか、ごめんね。
俺は大丈夫だよ? だってこんなに気分が良い。
心配そうに覗き込んでいる金色の瞳を見返す。
微笑んでいる自覚も、手を伸ばした自覚も、無かった。
気づいたら指先が、髭に触れていた。
金色の瞳が見開かれる。
「……アウルム・アイス……」
なんて愛しい響き。
手のひらで頬を覆う。伸びた髭のごわごわとした手触り。
じいん、と。……胸が熱くなる。
ああ、やっと触れられた。
精悍な顔がくしゃっと歪み、震える薄い唇が声を漏らす。
「ずっと……」
軋むような掠れた声。
「……知ってるよ?」
うん、ずっと呼んでくれていたよね。感じてたよ。
噛みしめるくちびるに、指を伸ばす。
もういいよ、我慢しなくて良いよ。
ずっとずっと、呼ぶ声がしてた、響いてた。
どこにいても追ってくる声が怖かったときもあった。でも今は分かる。
あんたがどれだけ俺を好きで、どれだけ我慢してたのか。
いまもそこでずっと、見ててくれたよね? そばにいてくれたよね?
「蒼の雪灰……」
逞しいてのひらが俺の頬を覆う。
指先が髪を梳く。ああ、少し震えてる。
怖がらないで。大丈夫。俺は「……大丈夫」少し笑んで言った。
「蒼の雪灰……っ」
「うん」
手が、首の後ろに回る。残る手が、肩から背へと回る。
「……っ、あお、のっ……!!」
がしっと、音がしそうな勢いで抱きしめられた。
震えてる。
俺よりずっと逞しくて大きな、俺の金の銅色が……震えてる。
気づくと俺の手も背に昇っていた。逞しい背中。
あったかい。
あんたの腕の中は、なんて心地良いんだ。
少し腕が緩み、ほう、と吐く息に顔を上げる。
見下ろす瞳が潤んでる。
金色が輝いてる。
なんて綺麗なんだ。
「金の、銅色……」
ああ、精霊たちも喜んでる。
見なくても分かる。
俺とあんたの周りを囲んで、嬉しそうに瞬いてる。
俺が嬉しいから、みんな喜んでる。
嬉しい。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。
逢いたかった。
ずっとずっと、ずっと逢いたかった。
震える指が俺の頬に触れた。
指は目元まで滑る。
……ああ、涙を拭いてくれたの。
「俺、泣いてた?」
金の銅色は小さく頷く。
なんでかな。こんなに嬉しいのに。
だって優しい。ああ……愛しい。
「待っていた」
低くてささやかな掠れた声。
ああ、なんて心地良い声。
「……うん」
嬉しい。
俺を見てる。美しい金色の瞳が、俺だけを見てる。
「ずっと待っていた」
「うん」
「おまえが目覚めるのを」
「うん……」
知ってる。
ずっとここにいてくれた。
分かってる。
「やっと触れられる。おまえは……」
目元に唇が触れる。
嬉しげに緩むくちびるに見とれる。
「俺の、オメガだ」
「分かってる」
もう不安は無い。
俺は教わった。
────精霊に。
この郷ができる前から、ここで生きて失われた人狼たち。そのいくつかは精霊となって、この苔に宿っている。
彼らはさまざまを俺の中に注ぎ込んだ。
丸くなり、身体が変わっていくのを感じながら、次々もたらされる想いを、知恵を、知識を、ただ受け止めていた。
俺の親のことも、その前に何があったかも、俺は知った。
そしてつとめを……俺の成すべきつとめを知った。
ああ、可愛い金の銅色。
俺の匂いで発情しかかって、必死に抑えてる。
可哀想。
俺のことを少し恐れてる。
心配しなくて良いよ。怖がることなんて無いよ。
どんなことがあろうと、俺はあんたを守るよ。
けれど
「子作りは少し待って」
金色の瞳が見開かれ、すぐに恥じたように逸らされた。
まだ早い。まだ準備が整っていない。
「分かっている」
うん、分かってるよね? 俺から発情の匂いは出ていないでしょ?
「おまえの身体が落ち着くのが先だ」
真摯な光が、金の瞳にある。
嘘の無い、正しい……それが俺の、金の銅色。
「なによりおまえが大切なのだ」
「待っていてくれてありがとう。あんたがいて、嬉しかった」
「そうか」
安堵した表情。
────可愛い。
なんて可愛い、俺のアルファ。
「でも今は、一度戻って。俺は大丈夫って、みんなに教えて」
「ああ。分かった」
しっかりと頷いた、頼もしい金の銅色。
スッと腕を伸ばし、太い首に回す。
鼻を彼の鼻に擦りつける。
瞬時目を瞠った後、金の銅色も鼻を擦りつけてくる。嬉しそうに目を細め、はにかんだように頬を赤らめ。
鼻を擦りつけ合う。人狼 が愛しい相手とだけ交わす仕草。
ああ、可愛い。愛しい。俺の、金の銅色。
「俺はガンマの所に行かなくちゃ」
「ああ、そうだな。身体のことなど、きちんとしてもらえ」
「うん」
ようやく互いから腕を放し、俺たちは立ち上がった。
共にガンマの洞穴まで歩いて、そこで別れる。ここからなら、金の銅色だけでも道が分かる。帰ることができる。
逞しい背中。
堂々とした歩き。
でも少しだけ、寂しい匂いもする。ちょっとだけ不安も感じている。
可愛い、可愛い、金の銅色。
俺の────アルファ。
安心して。
あんたは、俺が求めたアルファだ。
俺が求め認めたから、精霊たちはあんたを認めた。
あんたが俺のものだから、あんたはアルファなんだ。
感じる。
シグマが、ルウたちが、カッパやフィーやイプシロンや……郷のみんな。健やかな気配。
でも案じている。俺や金の銅色や……どうなっているのか、分からないからだろう。
心配しなくて良いよ。俺は大丈夫。
もうすぐ金の銅色が、そっちへ行って話すから。
俺のアルファが、話すから。
背後に爽やかな気配がした。
振り返る。
地に蹲ったガンマがいた。
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