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41.交接※
ぶわっと吹き出すかのような、発情の匂いが、身を包みこむ。
ひどく濃密な、匂い、気配────
鼻は蒼の雪灰の発情以外嗅ぎ取れない。耳も煽情的な息遣いと声以外拾おうとしない。目に映るのは美しい蒼の雪灰のみ。
森の奥、枯れ葉を寝床として横たわり、共に夢中になって互いを味わおうとしている。
不安はない。
強者の匂いを纏う俺たちに近寄る獣など、いるわけが無いのだ。
蒼の雪灰の首元を噛み、甘露を味わって身の内に漲るものを感知した。それから変わっている。俺と、蒼の雪灰、互いの気配がより強者のそれへと変わっている。
交尾をするのは初めてだが、なにをどうすべきか分かる。どうすれば子種を活かすことができるか、本能が命じている。その通りにすれば事は成される。
しかし甘い匂いに誘われ、本能が命じないこともしてしまう。
人狼らしく筋肉の発達した両足を持ち上げ、その太ももに鼻をすり寄せた。肌は今まで感知したことのない特別な匂いを漂わせている。
舌を出してペロリとその肌を舐める。
ああ、なんという味わい。舌が歓喜し、喉が鳴る。太ももを甘噛みし、えもいわれぬ幸福感に包まれながら、甘い発情の香りをまき散らす蜜壺へ、そそり立つ雄を押し当てる。
「んっ……」
蒼の雪灰が両腕を上げ、俺を誘う。抗わず身を寄せた。濃密な匂いに煽られるまま、先ほど甘露を味わった噛み痕に舌を這わせる。牙の痕は塞がって、もう甘露……血は流れていない。
「あっ……ふぅ……」
あえかな声が耳に響く。
紅潮したその肌は、肌から昇り立つ甘い香りは、俺を滾らせ、本能の声を響かせる。
命じるまま腰を進める。火を吹きそうなほど熱を持ったものが、肉の狭間に入り込んでいく。狭いそこはとても熱く、蜜に塗れて濡れた音を立てつつ俺を締め付ける。
「んっ」
眉を寄せた蒼の雪灰に怖れを覚え、本能の声をねじ伏せて腰の動きを止める。
はぁ、はぁ、愛しい番の息は甘い。全てが甘い。塗れた密壺も、おそらく甘いのだろう。
「……くっ」
そんなことばかりが脳を走る。動きを止めているのがひどく辛い。しかし、なにがあっても、俺は番を傷つけない。
「痛むのか」
「うん……」
汗の滲んだ額を、こめかみを、ぺろぺろと舐める。汗も甘い。白い手が両頬を挟み、持ち上げる。鼻先が愛しげに擦りつけられる。俺も擦り、思う存分、番の匂いをこの身に染みこませる。
「ゆっくりやろう。無理せずに」
「うん。でも……」
鼻を擦り続けながら、愛しい番は、はあ、と息を、熱の籠もった息を、漏らす。
「……早く、欲しい」
この。
愛しい生き物は……なんという誘惑をするのか。
「分かっている」
しかし俺は、幼い頃からずっと見ていたのだ。成長を見守り、触れたい匂いたいという欲望を押し殺し続けてきたのだ。
全ては、傷つけることを恐れたがゆえに。
「俺も、同じだ」
そして今、とうとうこの腕にかき抱くことができた。思う存分匂い、舐めることができた。この歓びに勝るものなど無い。この期に及んで愛しい者を傷つけるなど、今までの努力を無にするものだ。
ゆえに。
俺も早く押し込んでしまいたいと、内からの欲望の声が叫び、早く子種を植え付けたいと、仔を成さねばならぬと、本能の命じる声が脳に鳴り響くのを甘受しつつ、耐えている。
「……我慢してる?」
「ああ、そうだ」
「しないで」
「しかし、痛むのだろう」
「いい」
汗を滲ませ、番は言った。
「必要なこと、だから」
笑みを浮かべたその顔 は、内なる光を発したように輝いて、俺を魅了する。
「来て。ぶち込んで。俺の中に、あんたの子種を」
身の内が燃え上がった、ような気がしたその瞬間。
克己心ははじけ飛び、身体が動いていた。
「ぅぁああっ……ぅく……」
一気に最奥まで突き込んでしまったと自覚したときには、蒼の雪灰が歯を食いしばるようにして、俺の背を掴んでいた。
「す……まん」
歯を食いしばって己を律し、動きを止める。
押し込んだ場所はひどく心地良い。
いや、心地良いというのは湖での水浴びとか、満月の夜の遠吠えとかであって、今覚えている感覚とはまったく違う。背筋をゾクゾクさせる、これは今まで感じたことの無いもの。
克己心をすりつぶし、腰が、身体が、勝手に動こうとするのを助けようとするもの。
蒼の雪灰の目は潤みきり、涙が溢れている。はぁはぁと胸を大きく喘がせ、しがみつく指が震えているようだ。いかん、我が事よりも番だ。
「すまん。痛いのだな」
目尻に残る涙を舐める。
ああ、涙ですら甘露だなどと、これだけでまた背筋が疼き、動けば良いのだと本能が命じる。しかし番が痛みで涙ぐんでいる。
いったいどうしろというのだ。頭が過熱していく。
「ちがう……」
微かに震える声。
はあっと息を吐き、しがみつく腕を宥めるように撫でながら鼻を擦りつけた。いいのだ、これだけでも、今まで望んで得られなかった事なのだから。
「違わない。泣いているではないか」
というか、すでに根元まで埋め込んでしまっているが。このままじっとしていても子種は出るのだろうか……。
「違う、違うんだ」
変わらず潤みきった美しい蒼の瞳が、まっすぐに俺を見て微笑んだ。
「……あんたと、一緒になれたんだって……それだけで」
言ってるそばから、目尻に涙が溜まる。
「……嬉しいんだよ」
ぐるるる、と。
喉奥から唸りが漏れる。
「ねえ……アウルム・アイス……早く……」
克己心は弾け飛んだ。
「……っ、馬鹿者が……っ!」
怒鳴りつけながら、本能に身を委ねる。
「ああっ、……んっ、アウル……ム・アイ、ス……うれし……っ」
涙を流し、甘い声を上げる、我が番。
抗いがたい悦楽に包まれ、本能が、内なる声が、歓声を上げる。これで良いのだ。これが正しいのだ。促されるまま動けば良いのだ。
打ち付ける腰。肉の打ち合う音。番が声を上げ、涙をこぼし、しがみついてくる。それをかき抱き、鼻を擦り合わせ、荒い息を交歓し……
蜜を纏った肉の狭間に突き込むものは、今にも弾けそうに昂ぶる。
「あっ、あぁっ、アウルム……アイ、スッ……ああっ」
「う、くっ……!」
奥まで突き込んだ。そのまま動かない。動かずとも、どくんどくんと脈打つものが番の内奥を責め続けている。その都度甘い締め付けを返すから、それが分かる。
「ああっ、く、来る……っ」
顎を上げ、絶え入るような声を上げて、俺にしがみつく手に力がこもる。愛しい。愛しい。誰にも傷つけさせない。この身体を、この身の内に宿る命を…………この、郷を────
番と共に、感じ取る。森の全てを感知する。
眠る準備を整えた栗鼠から、巨大な熊や鹿の王まで、獣たち全て。
草や木や、虫や鳥や、漂う全ての小さな生き物たち。
郷の人狼、老いた者から幼狼まで全て。……そして精霊たち。
「……うっ……」
「く…ぅ……はぁぁ……っ」
そしてなにより強く、番を感じる。
共に高みへ駆け上る。この一体感。この歓び。
何物にも代えがたい──────
Wow oh oh oh oh oh oh……ohn
森に、二匹の遠吠えが響く。
それは、郷の人狼のみならず、森の全ての生き物の耳に届き……
新たな支配者の誕生を、森の全てが肯 った。
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