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13.俺のオメガ
とっちらかってボウッとしそうな思考を、必死でかき集める。
だって今、俺が、こいつ のオメガだ……って、……言ったんだよな?
目尻から頬へ、指をなぞるように動かす。
頬は少しザラザラ。髭は柔らかい。
ドキドキする。
金の瞳を見上げて指が触れてるだけでドキドキする。
身体が熱いのは少し収まってる。息も苦しくはない。汗も引いてきてる。けどドキドキしてる。さっきとは違う、ドキドキ。
────けどやっぱり、頭の中はとっちらかったまま。
どういうことだ? オメガって、……アルファの番……だよな?
じゃ、え? 『俺の』って言った……よな? って……、ベータの番、は、オメガって言わない、よな? じゃ、……え? どういうことだ?
だって……さっきからのドキドキとかゾクゾクとか、色々怖かったのに、今はぜんぜん怖くなくて、それどころかもっとずっと、見つめてたい、見つめられてたいって……それにすごく、ドキドキする。匂いを嗅いでたい、触ってたい、ずっと近くに居たいって……これが『ビビッとくる』ってやつ、なのかな? これが番なのかな?
だって、でも、こいつの匂いも気配も目も声も肌も、ぜんぶが俺をおかしくする。けど俺の『番』がこいつ ならって、それならこれが自然なのかなって……そんな感じもする。だって成人前だけど、このまんま子作りできるんならしちまいたいって、そんな感じもあるんだ。……なのに
「青の雪灰」
目を細めて俺を呼ぶ、低く掠れた声にドキッとする。こいつなら俺をこう呼んでもいい。こいつに呼ばれると、なぜだか……飛び跳ねたくなるほど嬉しくなってる。
おかしいよな? さっきまでこんなじゃ無かったのに……?
「おまえを迎えに来た。郷へ戻ろう」
ベータの目の辺りに触れたままの指は、まだ少し震えてたけど、その指をベータの大きくて節立った手が包んで
「……あ……」
冷えて震えてた指先が、ベータの手に包まれて温かくなって、なんだか幸せな気分になる。触れられただけでゾクゾクが止まらないのに、ずっと触れてたい。ずっと見てたい。聞いてたい。これがビビッとくるってことなんだよな? ベータが俺の番なんだよな?
……でも。
ベータの番をオメガとはいわない……よな?
ていうか、アルファじゃないやつが雄と番うなんて聞いたことない。
え? じゃあどういうことだ?
「青の雪灰」
揺るぎない低い声に、身体の奥が疼くような感覚がまた来る。
「安心しろ。なにがあろうと、命に代えても、俺はおまえを守る。こんなところ は、おまえに良くない」
指が髪を撫でる。地肌を擽る感覚がひどく心地よい。
けど混乱する。どういうことだ? 問う目を向けると、ベータはフッと目を細め、笑んだ。
「次のオメガはおまえだ」
──────え?
ベータの金色の瞳に、アルファの鈍銀 の瞳が重なった。
『おまえが、次のオメガだ』
今の今まですっかり忘れてた、アルファのしわがれた声が蘇る。
身体の奥で疼くようだった熱が、スウッと冷えた。
「精霊の祝福を受けたるオメガは、郷にとって宝」
郷の……オメガ、……だから?
……だから守るって?
─────────番だから、じゃ無くて?
信じられないことを言ってるのに、ベータの声で俺はやっぱりゾクゾクした。でも瞳を見ていたくなくて、目を逸らす。
アルファの目が、声が、蘇る。ベータの瞳を見てると、アルファが重なる。それが嫌で、俺は目を閉じくちを引き結ぶ。
いままでこんなことなかった。オメガになるのは嫌だったけど、悪口だって言ったけど、アルファのことは普通に尊敬してた。
なのに、今はなんだか絶対に思い出したくない。ひどく嫌だ。アルファが嫌だ。
嫌なんだ。ベータにアルファが重なる気がして、すごく。
ベータにずっと触れてたい。ずっと声を聞いてたい。髪を撫でる指が心地よい。もっとやって欲しくなる。すぐ近くにある気配、息遣い、匂い……すべてがもっと欲しい。もっと強く、もっと深く、ベータが欲しい────
目を閉じたまま、俺は歯を食いしばった。
「……離れて」
歯の間から、軋むような囁きを絞り出す。
「蒼の……」
「頼むから……離れて、俺に、触らないで……」
「………………分かった」
息を呑む気配の後、それは少し遠くなる。
はあっと息を吐いた。
のろのろと身体を起こし、自分の手を見下ろす。ゆっくりと握り、開く。大丈夫みたいだ。いける。動ける。
寝台から窓まで、一足で飛べた。
「蒼の雪灰……っ!」
「来るなっ!!」
全裸のまま窓枠に足を掛け、俺はベータを睨む。
「来るな! 絶対に来るなっ!」
窓枠を蹴って屋根に上がった。
さっきより身体が軽い。さっきより早く動ける。
なにがなんだか分からない、けど────ここに居ちゃダメだ……
一瞬、気配が追ってきた。けど無視して屋根を、飛んで、走る。
ベータは追ってこなかい。
来るなって言ったから?
だからなのか?
違う? 俺があんたの番じゃ無いから? だから……?
ベータの気配から離れたら、匂いや音や、いろんなものが襲ってきた。嫌な汗が噴き出る。
「……くっ、なんで……」
うまくコントロールできない。全部感じ取ってしまう。たくさんの気配が、寝静まったひと族たちの息遣いが、匂いが、襲ってくるようだ。ベータの気配も、まだ感じる。
足が、身体が、────ベータの所に戻りたいと言っているよう。ベータの気配の方へ、そっちへ行こうとする。それを必死で止め、行きたい方と逆へ走る。
さっき俺は、このままずっとそばにいたいって、ずっとって、そう思った。
なのに、なのにあいつは……
俺の番はあいつだよな? なのに、あいつは違うって? 郷のオメガ、だから? 祝福? 郷の宝? なんだよそれ? なに言ってるんだ?
アルファと番えって? そう言うのか? ベータが?
よりによって、ベータが、
俺の『番』が、言うのか?
そんなのないだろ? そんなのないよな?
なんなんだよ?
俺どうしたらいいんだよ!?
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