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第5話
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来年、すずは元服して名を改めることが決まった。
すずという幼名も使い納めだ。
長年、すず、と呼ばれて皆に可愛がられてきたから、いざ名を改めるとなると、なんだかさみしさもある。
けれども、すずには、それ以上の喜びがあった。
ちいさくてかわいいすずから、やっと卒業できるのだ。
名前ひとつでなにかが大きく変わるわけではないが、心持ちは変わるし、元服後の名前に相応しい一角の男になろうと決意も新たになるし、なにより、元服したら、「おすずさま」という愛らしい呼称ではなく、「若様」と呼ばれることになる。
大人の仲間入りができる。
すずには、それが大切だった。
形からでもいいから、すずは早く大人になりたかった。
好きな人に、一人前の男として見て欲しいからだ。
すずは、アケシノのことが好きだ。
それは、すずがシノオに抱いた幼い初恋とも、ネイエに抱いた憧れとも違う。
出会った頃は、「おしのちゃんの子供! すずも仲良くなりたい! 是非お友達に!」という子供らしい純粋な気持ちだけでアケシノを慕っていた。
でも、アケシノはちっともすずと遊んでくれなくて、傍にいることも許してくれなくて、時々、あの水浴び場で顔を合わせたら話をしてくれる程度で、素っ気なかった。
水浴び場以外の場所で会ったら、目も合わせてくれなかった。
すずの周りには、アケシノみたいな人がいなかった。
すずの周りにいる人は、笑っている人が多かった。
シノオですら、ネイエと一緒にいるようになって、はにかむような笑顔を見せてくれる。
ネイエとシノオの間に生まれた双子ですら笑うようになったのに、アケシノだけが笑っていなかった。
アケシノに笑って欲しくて、……笑ってくれなくてもいいから、せめて、すずが一緒にいる時くらいは肩から力を抜いて欲しくて、そう思って傍にいるうちにアケシノから目を離せなくなった。
だってアケシノはどんどん一人になっていくから、怖かった。
まかみの原の大神の数がだんだん減っていって、アケシノの家族が少なくなっていくのが気がかりだった。
まかみの原の大神は、病気や寿命などで、目に見えて数が減っていた。
アケシノとシノオを含めて十四匹しかいないのに、それがもっと減っていった。
それに対して、すずの家は兄弟がたくさんだし、家族もいっぱい。
数の多さが幸せの多さだとは言わないが、アケシノの傍にいる人がすこしずつ減っていくのは、つらかった。
シノオが、「一緒に暮らさないか」とか「せめてもうすこし近くに来ないか?」とか「それが無理なら、せめて顔を見に行く」とアケシノのもとへ通っていた。
食べ物を持って、雨の日も、風の日も、雪の日も通っていた。
シノオにとっては、双子同様アケシノも可愛い息子だ。
アケシノは、そんなシノオすら避けていた。
アケシノには守るべき群れがあるからシノオたちとは一緒に暮らさない。まかみの原とまかみ岩がアケシノの縄張りだからそこから離れない。親に毎日顔を見に来られては大神惣領としての威厳が保てない。餌は自分で確保するから不要。
そう言って追い返していた。
時には恫喝のように吠えたて、シノオを威嚇した。
シノオはそれしきのことで怯んだりせず、「まるで反抗期の思春期だ」とアケシノの傍から離れずにいたが、アケシノは余計に意固地になった。
アケシノは、見た目こそ十六、七歳だけれども、精神年齢は十二、三歳くらいだから、それこそ本当に、ちょうど反抗期なのかもしれない。
大人びた考え方のできる十二、三歳っていうのは厄介だ。
子供なのに、子供じゃない。
けれども、大人でもないから、無理が出てくる。
生まれてまだたったの六年なのに、見た目年齢と精神年齢と実年齢がそろっていなくて、ちぐはぐで、心と体の整合性が取れていない。
しかも、アケシノはまかみの原の赤大神の惣領だ。
大神の群れのてっぺんは、いつも孤独だ。
すずは、そんなアケシノを見るたび悲しくなった。
この人は、ずっとこうして一人で生きていくのだろうか……。
そう考えただけで、じわじわと涙が滲んだ。
アケシノがどんどん一人ぼっちになっていくようで、自分から一人になることを選んでいるような気配もあって……、でも、すずはずっとアケシノの傍で黒い毛玉みたいに丸まって、じっと寄り添うしかできなくて、無力だった。
アケシノは、自分の心のうちをすずに打ち明けてはくれなかったけど、時々、そうして隣で丸まることは許してくれた。
血色の尻尾に、墨色の尻尾を絡めることを許してくれた。
すずは気が長い。
アケシノが一人じゃないと思えるようになるまで、ずっと傍にいようと決めた。
アケシノを守れるくらい強くて大きい子になろうと決意した。
だから、元服するのは、すずにとって喜ばしいことだった。
ひとつ大人になれるということだから、嬉しかった。
早く大人になったら、それだけ早く自由が増えるから。
できることが増えるから。
すずは、アケシノに頼ってもらえるような一人前の男になりたかった。
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