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第6話

 ちょうどテーブルに並べた時、ふと背後に気配を感じて振り向いた。同時に、浩汰がはしゃぎ声を上げた。 「おとうさん! ごはんだよ」 「高嶺先生」  夕飯の匂いにつられて出てきたらしい。ようやく対面だ。食事しながら打ち合わせができるかも。  そう喜んだところが――。  入谷はカウンターのすぐ脇に立つ人物を凝視して言葉を失った。何度も瞬きして目をパチクリさせた。  そこには、記憶にある高嶺とは別人かと見紛うムサ苦しい男が立っているのだ。  男は怪訝なようすでボソリと口を開く。 「……誰だ?」 「って……」  そりゃこっちのセリフだ。驚いた。我が目を疑った。  絵具のはねたヨレヨレのTシャツに、どうでもいい感じのジャージのズボン。櫛など通ってないと思える伸びっぱなしの髪はボサボサで、少なくとも一週間は剃ってなさそうな無精ひげ。  まるで家宅侵入した不審者かと思うような風貌だが、うっとうしい前髪を上げたひげのない顔を想像してみると、その面差しは確かに高嶺。大学時代とは変わり果てただらしのない姿だけど、間違いなく彼は高嶺一志だ。  よほど根をつめて疲れているのか、高嶺は気難しい表情で目元をすがめ、じっと入谷を見る。 「げ、月刊ミュージィの入谷です。先日、電話でお話しさせていただきました。今日は連載の打ち合わせをするお約束でしたでしょう」  高嶺の眉間が寄って、深いしわを刻む。 「ああ……忘れてた」 「忘れてた?」  低くこもる声でまたもボソリと言われて、今度はアングリしてしまった。  創作の邪魔をしちゃいけない、キリのいいところで出てきてくれるだろうと、遠慮して待っていたこの二時間はなんだったというのか。無意味な気遣いだったと知って、ちょっとムッとする。 「そ……そうですか。集中してるところを中断させちゃ悪いと思って、出てきてくださるまでお待ちするつもりだったんですけど。じゃあ、忘れてたならさっさと声かければよかったですね」  少しばかり嫌味をこめて言ってやったが。 「無視するがな」  悪びれずさらりと返されて、ささやかな意趣返しは霧散してしまった。  三か月前に電話で連載の依頼を受けてくれた時は、歯切れよく普通に喋っていた。先月になって改めて電話をかけた時も、手短ではあったが礼儀正しかった。打ち合わせの都合を訊いた入谷に、今描いている絵が終わる頃がいいからと、日時を指定したのは高嶺だ。それなのに絵は完成してないし、ようすが違いすぎだ。  入谷が呆れていると、高嶺はユラリとダイニングキッチンに入り、なぜか当然のような顔でテーブルに着く。  チャーハンが出るのを待っているらしい。  仕事相手との初会談だというのに挨拶なし。子供の相手をして夕飯まで作っているというのにそこにも触れず、無遠慮で傲岸な態度。いったいどういう人なんだかと、神経を疑ってしまう。  しかし、今後の円滑な仕事のためにも穏やかに会話するためにも、ここは彼の意向に沿っておいたほうがいいだろう。入谷は気を取りなおし、チャーハンとスープを皿に盛ってテーブルに置いた。  ところが。緩慢な動作でスプーンを手にした高嶺は、ひと口食べるなり。 「まずい」  またもボソリと言い放った。  脳裏に大学時代のショッキングなあの日がよみがえり、既視感と眩暈を覚えた入谷の頭がクラリと揺れた。 「え~? おいしいよぉ?」  浩汰はスープをズズッと飲み、チャーハンをパクパク口に入れる。 「ご飯がベタベタで間抜けな味だし、スープは塩入れすぎだ」  辛辣で忌憚のない感想である。  あの日もこんなふうにボーッとした難しい表情で、素描を見るなり『ヘタクソ』と言い放った。そして今、同じような表情で『まずい』とかましてくれた。  大学当時はラフでもそれなりに高級感の漂う隙のない服装で、髪もきちんと整え、容姿端麗、頭脳明晰を体現しているように見えた。誰もが惹きつけられたであろう完璧な人だった。それが、いつからこんな公園のベンチにでも寝転がってそうな風貌に変わり果ててしまったのか。なぜ、そんなにも不機嫌なのか。  いや、考えてみたら……大学時代とグダグダな現在とでは、中身はそれほど変わっていないのかもしれない。そもそも、高嶺とは接点がなく密かに見ているだけだった。  完璧と言われた当時は実は外面がよかっただけで、自宅で画業に専念するようになって憚らず素になっているのだと思う。憧れてやまなかったあの高嶺は、幻だったのだ。

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