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第3話
森の中は、枝が空に蓋をしてしまって、暗くなるのが早い。それもどうやら雨が近いようで、絨毯のような雲が早足に空に集まってきていた。
これじゃあ、中に入るしかない。兄たちはこんな天候になると知っていて、今日を選んだのだろうか。レナードは兄たちの用意周到さを本気で恨みながら、目の前の幽霊屋敷を睨み据えた。
どこにでもある、いや、どこにでもあるというには多少、質素すぎるかもしれない、装飾も何もない、あまりに素っ気のない建物だった。だいたい、門から玄関までの間ですら、気の利いたものがいっさいない。
ただ、人が並んで通れる幅に木が切ってあるので、それがかろうじて道のようになっている。だからその幽霊屋敷は、体のほとんどが木に覆われて、おそらく長方形だろうとは思わせても、はっきりと、どんな姿をしているかということは知れなかった。
玄関は両開きの扉の上に、三日月を伏せたような形のひさしがついており、胴まわりの膨らんだ柱が二本、その下を支えている。
玄関の右側は比較的土地がひらけていて、六角形が八角形くらいの部屋の、カーテンこそ閉めきってはいるものの、建物の他の部位に比べて装飾的なのが見えている。
左側はそのほとんどが枝と葉に隠れており、二階建てだということの他には何も分からない。山形のひさしのついた窓がいくらかあって、なかにはカーテンの開いたものもあったが、遠目にのぞいてみても、室内の様子は葉かげに遮られて暗いのだった。
レナードには、幽霊を見るとか、声を聞くとか、そういったいわゆる霊感といったものはなかった。だから、この館が出そうとか、出なさそうとか、そういうことは分からないし、これが普段のことなら、普通の建物以上の感想抱くことはなかっただろう。
しかし、幼い頃からの刷り込みが、彼を必要以上に怖がらせているのだった。
兄たちは、ここの幽霊屋敷はいんちきで、絶対に本物なんかじゃないから、と何度も馬車で繰り返した。本当に危ないような場所に行かせたりしないから……でも、レナードの物心つく前から、この館まわりの恐ろしい話を聞かせ続けたのも、他ならぬこの兄たちなのだ。
やがて、夜がきたのか、雨雲がすっかり覆ってしまったのか、空が暗くなった。
髪のあいだに水滴を感じて、レナードは仕方なく、玄関のひさしの下へもぐりこむ。枝を鳴らして、雨が降り始める。降り始めてからは早い雨で、見るまに夜が白くなる。レナードの唇が少し動いたが、雨音に遮られ、自分の耳にも届かない。
レナードは強まる雨風に押されるようにして、扉の中へ入った。トランクはちょうどひさしの下までエドモンドが運んでいたので、一緒に引きずるようにして中に入れる。
扉を閉めると、雨が遠くなった。
レナードはそれだけでちょっとほっとして、肩で息を吐き出した。
「…………」
玄関の中は、意外にも少し暖かく、無人とは思われないほど小綺麗だ。すぐ右手が壁になっていて、その上に両開きの扉が一枚、レナードから見てすぐ手前にある。
壁沿いの奥は裾のおうぎ型にひらいた階段で、足元に小さなタンスが置いてある。左側は、廊下が続いていた。
荒れた様子もなければ、埃すら積もっていない。レナードはまだ人の去った家というものを知らなかったが、それでもこんなに片付いているものだろうかと不審に思った。
「と、とにかく……まずはどこかへ……」
どこか、休める場所を探そう。そこで荷物を広げて、そして明日の朝がくるまで、できる限り閉じこもっていよう。
レナードはそう考えて、恐る恐る足を踏み出した。
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