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二人だけの秘密〜狂人と凡人〜【前編】
ホワイトボードに書かれた部屋分け表を見てみたら、翼と別々だった。
最悪、翼と同室のヤツの息の根止めてでも部屋を変えてもらおうと思う。
そして、俺がいる大広間へと、ちょうど翼と同室の佐藤とか言うやつがのこのこと入ってくるのが見えた。
俺は、気配を殺して佐藤のヤツの背後に回り首に腕を食い込ませ引っ掛けてから、肩を掴む。
「!?!」
いきなり羽交い絞めにされた、佐藤が目を見開いて驚愕の表情で俺がいる背後を首を回して振り返る。
俺はそのまま、佐藤の肩を掴んで引きずって行き、人気の無い玄関口から左奥の離れにある、物置へと連れ込んだ。
そうして、首にかけていた腕をどけて、肩を開放すると背中を蹴り飛ばしてやった。
背中を蹴り飛ばされた佐藤はつんのめって、転びそうになり膝を付いて何処に連れ込まれたのか確認するためにか、辺りをきょろきょろと見回す。
佐藤のヤツは何がなにやらわからないというような顔をして背後の扉にもたれかかり、腕を組んで見下ろしている俺を見やる。
「あ、あの……僕に何か御用ですか?」
おそるおそる俺の顔色を伺うように見上げる、佐藤の瞳が不安げに揺れる。
「寮室の部屋分け表はもう見たか?」
佐藤は首を横に振りながら、俺の質問に慌てて答えた。
「い、いえ! まだ見てませんけど?」
「佐藤の部屋番号は44号室だ」
「あ、はい、そうなんですか?」
「そして、お前と同室のルームメイトは俺の弟の翼だ」
「美空君ですか?」
「そうだ」
「……ええっと、僕はどうすればいいんでしょう?」
「俺の部屋とかわれ」
「べつに、僕は構いませんけど、先生に聞いてみないことにはどうとも言いづらいというか……」
「貴様に拒否権はない。 俺と部屋をかわるか、死ぬかの二者択一だ」
「わあ、部屋変わるしか生き残れる選択肢がないんですね」
佐藤は、立ち上がると俺の方を見て「いいですよ。 変わってあげても。 そのかわり僕と付き合ってくださいよ」
と言った。
突き合う?
アイスピックなりナイフなりで殺陣で突き合うんなら、俺は負けない自信がある。
「ああ、望むところだ!」
と答えた俺を見て、佐藤が嬉しそうに抱きついてきた。
翼以外の人間にべたべたされるのは気持ちが悪い。
眉をしかめてえづきそうになった俺の顎を、佐藤が掴んで引き寄せてきた。
そうしてそのまま、覆いかぶさるように口付けられた。
いきなりのことで反応が遅れてしまったが、佐藤にキスされたのだと気付いた瞬間に俺は、胃から込み上げてくる嘔吐感に堪えられなくなり、内容物を吐瀉した。
「うっわ、きったねーーッ!」
佐藤は、いきなりゲロを吐き出した俺から慌てて、飛びのいてとばっちりのスプラッシュを喰らうのを逃れてホッと一息つくと、額に滲む汗を手で拭った。
「礼二様大丈夫ですか?!」
佐藤はそう言ってズボンのポケットからハンカチを取り出して、差し出してきたが俺はその手を振り払う。
大丈夫も何もおまえのせいでこうなってんだろうが!
「…………」
俺は無言でゲロまみれになった上着を脱いだ。
いきなり脱ぎ出して上半身裸になった俺を見て佐藤が驚いていたが、俺はそのまま佐藤の肩を掴んで逃げられないようにガッチリホールドしてやった。
「ちょっ! タンマ! 僕、受ける側はちょっと勘弁……」
そう何か言いかけた佐藤に、俺は吐瀉物まみれの上着を握り込んだ拳で、顔面に右ストレートを食らわせてやった。
キラキラと吐瀉物とシャツと共に佐藤が吹っ飛ぶが姿が、まるでスローモーションのように見えた。
本当はぶっ殺してやりたいところだが、汚物にまみれにしてやってから、転がすだけで済ませてやる事にした。
殺すなら計画的にかつサツにバレないようにヤるべきだろう。
捕まったらそれこそまた翼と離れ離れにされるだけだからな。
そもそも翼よりか、ふたつ年上のハズの俺がこうしてこの学園に入学する事になったのは、隔離病棟へ入れられてから二年間、入院生活を余儀なくされたせいなのだ。
隔離病棟から出たすぐ後に全寮制である、この学園へと入学させるための、試験を受ける事を条件に、俺は隔離病棟から退院させてもらったのだ。
わざと試験に落ちるようなマネをすれば、また、くそ親父に隔離病棟にぶち込まれるだけだろう。
そう思った俺は黙って、親父の言う事を聞き、この学園の試験を受けて、入学する事になった。
この学園へ来てすぐにクラス分け表を見て、同じクラスに実弟と同じ名前の生徒を見付けた。
まさかとは思っていたが本当に思いがけず、翼と再会出来る事になるとは想像出来ずにいた俺は、はやる気持ちを押さえて、翼に気付かれないように、近寄って正面からぎゅっと抱きしめた。
ふわふわとしたひよこの産毛のような金髪の手触りと、甘い匂い。
数年ごしにやっと翼と再会出来たのに、また引き離されるようなハメになるのはごめんだ。
そもそも、俺が隔離病棟に入れられたのは、2年前の深夜に実の父親の息の根を止めようとして、寝込みを襲ったら、親父は半分起きてて、気付かれて逆にふん縛られて少年院に突き出される変わりに、隔離病棟にぶち込まれた。
――それから退院出来るまでの、約二年間が長かった。
いろいろカウンセリングを受けさせられたりなんだりで……真夜中になればどこかしらから、奇声や叫び声が聞こえ、廊下を汚物を撒き散らしながらはいずる奴やら、鉄製の扉をガンガンと叩く音やらで、酷い環境だった。
自分がなんで、こんな狂った奴らだらけの場所に放り込まれなけりゃならないんだかまったく理解出来なかった。
しかし、二年間、大人しくしていたら、うまく更正させられただのなんだの言われてやっと退院出来る事になったのだ。
だから、殺しをやる場合は計画的かつ完全犯罪でなければならない、という事を学んだ訳で……
ということで、俺の唇を奪った佐藤にはそれなりの制裁を加えてやって絶対服従するようになるまで躾てやる必要がある。
俺が吐瀉した胃液やら消化しかけの食物の粘液やらを、思いっきり浴びた上に正面から拳を喰らった佐藤はさっき俺に渡そうとして弾かれたハンカチを拾ってとりあえず真っ先に顔を拭いていた。
目に胃液が入ったらしく、瞼の周りをとくに念入りに拭いていた。
眼球に入った胃液が染みるのだろう。
佐藤は玉葱を切った時のように、目をしきりにしばたたかせて涙を零していた。
「ううっ! 失明したらどうするんですか! もう……」
そう言って佐藤は立ち上がると、吐瀉物を浴びてべたつく服が気持ち悪いのか上着を脱いで汚れていない部分で滴る汚液を拭き始める。
「いきなり、この俺相手にキスかましてくるとはなんのつもりだ!」
俺はべたつくゲロを念入りに拭いている佐藤に人差し指を突き付けて、なんでいきなりあんなマネをしたのかを問い掛けてみる。
あのタイミングで何故キスされねばならんのか、まったく理解出来ん。
「なんのつもりって、付き合ってくれって言ったら礼二様が望む所だって言われたから、だから嬉しくてそれで、キスしただけですよ!」
「なんだと?! 突き刺し合うのとキスするのとがなんの関係があるというんだ?」
「突き刺し合うんじゃなくて付き合うですよ!」
「俺は、アイスピックや釘や針で突き合うんなら、いつでも受けて立つと言ったのだ」
「……誰が好き好んで、そんな死闘を繰り広げたがるんですか……」
なにがなにやら訳がわからん!
とにかく、まあこれで、俺に逆らったら痛い目見るということは佐藤に解らせる事は出来ただろう。
「そういえばこの物置き部屋って鍵がかけられるんですよ。 完全な密室に出来るんです」
上半身を拭き終わった、佐藤が何やら、気味の悪い笑みを浮かべながら、俺の方を見る。
「礼二様って以外と肌が白いですよね」
佐藤がそう言って俺の剥き出しのままの胸を懲りずに触ってきた。
「ぬあ!? 気安く触るんじゃねえぇーー!!!」
慌ててその手を振り払う俺の腕を佐藤が掴んできた。
よりによって、シャーペンを突き刺して、穴があいた、手厚く包帯が巻かれている左手も乱暴に掴まれる。
俺は痛みには強いほうだが、まったく痛くない訳ではなく、半分以上はやせ我慢だ。
佐藤に弱みを見せる訳にはいかない俺は、痛くない風を装うが、じわりと首筋に油汗が伝うのを感じた。
「礼二様には是非、僕と同じ痛みを受けて頂こうかと思うんです」
そう言いながら、微笑む佐藤の目の奥は笑っていなかった。
――多分、怒っているのだろう。
俺の包帯が巻かれた傷口に立てられた爪に明らかにさっきよりも、ギリギリと力が入っている。
佐藤は相変わらず嫌な笑みを浮かべながら俺の左手に巻かれた包帯を解く。
よりにもよって、さっき縫って塞いで貰ったばかりの、剥き出しになった傷口に、直接爪を立ててきやがった。
「……っ!」
鋭い痛みに思わず顔を歪ませる俺の表情を佐藤がうっとりと陶酔したような目で見てくる。
「苦痛に歪んだ表情も素敵だ……」
佐藤はそう言いながら俺の手首を掴み包帯で縛り始める。
左手首と左足首。
そして右手首と右足首を包帯できつくまとめて縛り上げてきた。
身動きが取れん!
躾てやるつもりが逆にふん縛られた!
親父の寝込み襲った時も逆にふん縛られたし、また今回もか!
俺はそんな事を考えながら、佐藤をギッと睨みつけて威嚇するが、直接的なダメージは0だから無意味だ。
しかし睨みつけるくらいしか抵抗する手段がなくなってしまった俺はそうするしか出来ない。
佐藤はそんな俺を気にするでもなく倉庫の扉へ向かい、内側から鍵をかけると俺がいる場所へニヤニヤとしながら、戻ってきた。
身動きがとれずにM字に足を開かされた状態で縛られた俺の前に佐藤が膝を付いて俺と視線を合わせて、気色が悪いくらいにそっと優しく触れた頬を手の平で撫でる。
「入学式が終わって教室に戻った後、クラスのみんながみんな、礼二様の話題で持ちきりだったんですよ」
佐藤はそんなことを言いながら、俺の額に落ちる前髪を掻きあげて目を見る。
「入学初日から、アレだけみんなの印象に色濃く残る行動が出来るなんて、ある意味うらやましいですよね」
なにが言いたいのか全く解らん。
教室で俺がした行動……イスぶん投げてガラス叩き割ったことか?
翼があの担任教師にばっかり構ってるから気に食わなくて、手っ取り早くHRが出来るようにするためにやっただけだ。
特に何か特別な意味があってのことじゃない。
注目を集めるのに騒音を出すためにやっただけだ。
「僕なんて、物心ついたときから、普通だ普通だ言われ続けて、挙句、個性が無い。記憶や印象に全く残らない。なんて散々言われ続けてきたんですよ」
あーーーーー!!!
もう、なにこいつ、うぜええぇぇっ!
どうでもいいんだよ、どうでも!!!
お前のことなんて、本当、どうでもいい。
死ねよ、死んでくれ、マジで。
俺はそんなことを思いながら、今、目の前にいる存在が突然死してくれればいいと念じて呪う。
「だからですかね、僕、男相手に何かしたいと思ったことって初めてなんですよ」
何かって、何だよ?
マジでわけわからん。
こいつ、頭に虫でもわいてんじゃねーの?
「みんながみんな、礼二様みたいにやりたいことだけやって生きられるわけじゃないんですよ」
お前に俺の何がわかるってんだよ?
まあ、解ってもらいたいとも思わんがな。
やりたいことだけやって生きられるわけじゃないだと?
そうしようとしたって、唐突に、引き離されることだってある。
だから、俺は、俺と翼以外の人間は全員死ねばいいと思うし、翼が俺自身も必要無いと言えば俺も俺自身に存在価値を見出せなくなるから、死ねばいいんだ。
「礼二様みたいな人って、どこから、どこまで理解できてるんですか?」
佐藤が相変わらず、煮え切らないわけのわからない事を言いながら、俺の剥き出しの胸や脇腹を手の平で押すように撫でた。
―――何がだ?
どこからどこまでって?
そもそも、一体なんのことを言ってるのかが言葉が足りないせいで、さっぱりわからん。
日本語でおK?
「例えば……そうですね。 赤ちゃんのつくりかたとか」
「はぁ?!」
いきなりそんな事を聞かれて俺は半開きの目で呆れたように佐藤を見上げた。
こいつ、俺を馬鹿にしてんのか?
んなもん、保健の授業で習ったとおりだろ。
なんかわからんが男女別だったのだが、ちゃんと先生の話は聞いてたぞ。
女の膣内で射精して精子が子宮までたどり着いて、卵子の中に入ってうまい具合に着床すれば妊娠すんだろ。
「馬鹿じゃねーの?」
そう言ってから盛大に肩を竦めて小馬鹿にするような、見下すような目で俺は佐藤を見上げてため息をつく。
そんな俺の様子を見て佐藤は、口端を吊り上げるような気味悪い笑みを貼り付けたまま、両手で腰を掴んできた。
「子作りのやり方くらいは一応、理解出来てるんですね。 じゃあ、男同士でSEXする時にどこ使うかとか知ってます?」
と聞かれた。
―――は?
男同士で……使うか?
何ゆってんだこいつ?
わけわかんねえぇ!
「んなもん知るかよ!」
俺は吐き捨てるようにそう答えた。
聞いた事がないもんは知らんしわかるか!
佐藤は膝立ちで俺の腰を掴んだままで、クックと喉を鳴らすように、さもおかしげに笑いはじめる。
うわ、こいつマジで狂ってやがんな。
嫌だなぁ、こういう、頭おかしいやつと関わるの……
そんな事を考えていたら、ふいに下方に撫で下ろすように腰を掴んでいる手を俺のズボンの隙間に差し込むように両手を突っ込まれた。
「礼二様、腰骨だけでスラックス穿いてるんですね。
下手したら、そこらへん歩いてる女の子よりか腰細いんじゃないですか?」
そんな事をいいながら、ズボンの両端に手を差し込んで掴んだまま下着ごと引き下ろそうとしてきやがった。
両手両足縛られたままで、首を振るか身をよじるか、言葉を発する事くらいでしか、抵抗出来ない俺は、慌てて佐藤がズボンと下着を脱がそうとしているのを、止めようとした。
「ちょっ! 待て! なんでいきなり俺のズボンと下着を脱がすんだ! 全裸になっちまうだろが!」
いや、手足とズボンの裾をまとめて縛られてるからほぼ全裸くらいか?
とにかく、ズボンを下着ごとずりさげられたら、ほぼ全裸にされてしまう。
「なんでって穿いたままだと汚れそうだから脱がしてあげようとしてるだけですよ。
ちょっとだけ、腰浮かせてくれます?」
と、言われて素直に従う馬鹿がいるか!
「まあ、言われた通りにするような人じゃないですよね、礼二様は」
佐藤はそんなことを言いながらズボンと下着掴んで、差し込んだ手で俺の腰を力任せにちょっと浮かせたと思った瞬間に、ガバッと一息にズボンと下着を纏めて引きずり下ろしてしまった。
「ぬあにすんだあぁぁぁっ!!!」
俺は怒り任せにそう叫んだのだが、佐藤は妙に優しげな目で俺を見て、耳元に唇を近付けると、囁くように小さな声で耳打ちした。
「大声出さないほうがいいんじゃないですか?
礼二様が僕ごときに、こんな風にされてるの誰かに、見られたいんですか?」
こんな風に――って、今、俺は佐藤に足の間に割り入られてて、縛られてて、M字に足をひらかされてて、そんで、ほぼ全裸で下半身丸出し状態だ。
多分、この状態は人に見られるのはきっと恥ずかしいのだろうか?
俺は、いまいち、そういう感情はよくわからないのだが、きっと見られたらいけないのだろう。
しかし、佐藤にわけわからん事をされるままになってるのも釈だし、嫌だ。
「礼二様は、美空君……いや翼君の事が好きなんですよね?」
唐突にそんな事を聞かれて俺は目を見開いた。
俺は確かに翼が大好きだ。
――というよりか、翼が俺の全てだ。
翼がいるから、俺は今、ここに存在していて、生きている。
彼がいない世界なんて、消えてなくなってしまえばいいとさえ思う。
「―――ああ」
俺は佐藤に聞かれた言葉に、何故だか、素直に頷いた。
「ねえ、礼二様。 翼君に今の状態を見られたらって考えてみたらどんな気持ちになりますか? 恥ずかしいって感情、あります?」
佐藤は俺を試すように、楽しげに、そして物珍しげにそう聞いてきた。
「……特に何も感じないな」
俺は特になんの感情も込めずに、無表情でそう答える。
小さい頃に一緒に風呂に入ったりもしてたし、翼に裸を見られたところで、特に恥ずかしいとも思わない。
というよりか、そもそも、そういった気持ちが、わからないのだが――
「裸を見られる事うんぬん自体よりか僕に押し倒されてて、こうして足を開かされてるのを翼君に見られたら、多分、嫌われるんじゃないですか?」
嫌われる?!
翼にか?!
俺が嫌われるのか!?
「他の男にこんな事されてる礼二様を翼君が目撃したとする。
そしたら、翼君に礼二様、嫌われちゃいますよね?
だから、静かにしていた方がいいと思いますよ?」
にこにこと微笑みながらそう言って佐藤が、俺の開かされたままの太股をそろりと撫でてきた。
「じゃあするなよ。……気安く俺に触るなっつってんだろ」
俺が、特になんの感情も込めずに抑揚のない声で、静かにそう言うのを無視して、佐藤は、俺の首筋や鎖骨辺りに口をつけて舌先でなぞる。
そしてそのまま、歯を立てて、甘噛みした後で、吸い付いてきた。
佐藤が唇を離すと、吸い付かれた場所が赤くなっていた。
「礼二様は肌が白いからキスマークが綺麗な色で残りますね」
嬉し気にそう言う佐藤を俺は黙ってされるがままに、見上げる。
なんで、こんな場所で、こんな事になってるのか、もうわけわからなくなって、俺はちょっと混乱状態に陥る。
なんでだ、なんでこんな事されてるんだ?
佐藤が俺に何をしたいのかすらわからないのに、なんで、大人しくされるがままでいるんだ?
翼に見られたら嫌われるから、嫌われるのが嫌だから、だから、大人しく言いなりになってるのか?
確かに、確かに俺は翼に嫌われたら、死ぬしかないけど、だけど、でも――
「あうあうあーー」
考え過ぎて、なんだかもう、なにがなにやらわけわからなくなってきた。
だから俺は特に意味を成さない声を発して、ふるふると首を左右に振りたくっていた。
手足をきつく包帯で縛られているから、爪をたてた指先でバリバリと頭や髪を掻き回す事すら出来なくて、混乱状態が余計に悪化する。
そんな俺を見下ろしている佐藤が、何故かやたらと楽しそうな様子なのが、なんかわからんが腹が立つ。
「礼二様ってやっぱり見ていて飽きないですね。 それに、すごく、かわいい」
なにゆっとるんだこいつわ。
「小さな子供のまま体だけ大人になったみたいな感じなんでしょうね、きっと。
純粋で綺麗なままなんですね、僕達みたいなのと違って――」
そう言って俺を見る佐藤の表情は穏やかだった。
□
固体である意味もなく、意思もなく、ただ人形のようにその他大勢の人間と同じように生きて、そして死んでゆく。
そこにいても、いなくなっても特に何も気にされない、誰の心にも残らない、取るに足らない存在。
普通であるが故に固体として気にされる事のない存在である自身へと常に抱いてきた疑問。
自問に自答そして葛藤。
悩み、そして考え抜いた末に、結局結論が出る事はなく、普通である自分に嫌気がさしているのに、それでも自らが造り上げた仮面を外して、本当の自分を見せる事で、周囲の人間に嫌われるのが怖くて、孤独になるのが嫌で、退屈な日々を、過ぎ去るままに、流されゆくままに、ただ、ただ生きていただけの存在。
そして、誰の心にも印象にも残らない、取るに足らないそんなちっぽけな存在でしかない、自分に苛立ち、劣等感をずっと抱いていた。
そして、そんな自分の前に現れた、牛山礼二という存在。
ただ、周囲の人間の注目を集め、黙らせる為だけに、教室の備品の椅子で、ガラスを叩き割るという暴挙に出たその人――
自分には決して、できないであろう後先考えない突拍子のない行動に、無垢であるがゆえの身勝手でかつ残酷さを兼ね備えた言動。
入学式が終わって教室へと戻った牛山礼二のクラスメイトである生徒達は口々に彼の事を話題にして楽しげに会話をしていた。
「最初、驚いたけど、面白いよなーーあの人!」
「なあ、あだ名とかどうする?」
「牛山 礼二だから、ウッシーとか?」
「それだとありきたりで普通過ぎるじゃん! あの人そうとう変わってると思うぞ」
「入学式初日から窓ガラスを椅子ぶん投げて叩き割るとか ”クレイジー”だよな?」
「「「それだ!!!」」」
そんな話で盛り上がっている生徒達を見ていた。
大勢の人間の印象に色濃く残り、そして、退屈な日常をぶち壊してくれる、その存在に気付けば、惹かれて、いつの間にか、みんなが夢中になっていた。
きっと、あの人といれば、ずっと退屈しないだろう。
という思いを数多くの人間に抱かせたその人。
正直、うらやましく、そして妬ましく、思っていた。
自分が思うままに、偽る事をせずに、周りの人の目も、世間体も何も気にせずにありのままに生きている”牛山礼二 ”という、その存在に。
自分もそんな風に生きられたら――
という気持ちにさせられた。
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