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続。疑惑と痕跡

    寝息をたてている兄の表情を覗き込んで、ふいに、彼の首筋に視線をうつして、何か異変に気付いて、ハッとした表情で翼は固まった。  ……あれ?  なんだ、この虫さされのあとみたいな、赤い斑点……。  その赤い点々は、よくみれば、ずいぶんとたくさん、そして一部の箇所に密集している。  虫さされの痕にしてはなにか、おかしい。  まるで、キスマークみたいな……。  ま、まさか、そんなわけ、ないよな。  だって、兄がいなくなる前に広間で見たときには首筋にこんな痕なかったはずだし。  翼はそう思いながら、寝ている兄には悪いと思ったが、ジャージの前のチャックを下ろして袂を開き、上半身を裸にして確認してみた。  首筋に鎖骨に胸に赤い点々が散らばり真っ白な肌に浮き出して見える。  まるで花びらのように散らばったそれを見て翼の頭は真っ白になりかける。  思考を停止させて考えることをやめたい。  よくよく見れば目元が赤くなり泣きはらしたような痕跡もあり、なにより、胸の先にある桜色の突起が……。  乳輪まで酷く弄られたようにぷっくりと腫れあがって、勃起したままで戻らなくなったような、痛々しい乳首が見ていて、目に毒だった。  兄が誰かと何かをしてこうなったのは明らかだ……しかし、一体誰と?        入学式が終わって兄が左手の平に穴をあける大怪我をして保健室へ行って治療を受けていた時には首筋にキスマークは無かったはずだ。  そして治療が終わって、寮館へと向かい、部屋分け表の前に立っていた兄を見た時にも、キスマークはまだ無かった。  となると、その後に兄がいなくなった一時間弱―――  何かあったとすればその間しかない。  となると、兄に引きずられて何処かへと連れ込まれたと言っていた佐藤が一番怪しい訳で……  いや、でも、佐藤は普通にいいやつだし、とても兄相手に何かをするようには見えない。  兄の目元に酷く泣き腫らした痕がある以上、同意の上で何かした訳じゃないのがわかるだけに相手が誰なのかが気になってしょうがない。  兄が癇癪を起こして大泣きしてるのを取り押さえて無理矢理何かするような奴だ。  そして翼は、上半身裸のままの兄の首筋や胸や腹部から何か甘い匂いがするのに気付いた。  香水か何かをふりかけてあるのか……?  兄が気分が悪くなって吐いたと言っていたから、胃液の匂いを消す為に佐藤がかけたのかもしれない。  それにしたって服を着てる時に吐いたのであれば吐瀉物は殆ど衣服に吸われて直接肌にかかって匂いが残るとは思えない。  こんなにきつく匂う程に香水をかける必要はあまりないハズだ……と思う。  翼は訝しい表情で顎に手を宛てて、そこまで考えてため息をついた。  誰かと何を何処までしたのかが気になってしょうがないのだが、確かめる術はない。  いや、あるにはあるのだがそこまでするのはさすがに気が引ける。      しかし、父親に兄の面倒を任された以上は、兄のことを把握しておく必要はある……と思う。  この学園は全寮制の男子校で、特別な催しがあるとき以外は男しかいない。  となると、兄に何かしたであろう相手は自然と同性ということになる。  兄を背負って連れ帰ってきた佐藤が一番怪しいのだが、そうは思いたくない。  佐藤は、いいやつだからそんなことはしないと信じたい気持ちがあるのだ。  結局、翼は思い切って兄の下穿きと下着を纏めて引っつかむとそのまま脱がせて彼の下半身を見て直接確かめてみることにした。  閉じられた足を掴んで持ち上げて、そっと開かせ、双丘を割り広げてその場所を見やる。  兄の秘所は明らかに、性交をした痕跡が残されて腫れぼったくなり赤くなっていた。  ふちがめくれあがり、閉じきらない穴から内部の薄赤い粘膜が見えて呼吸にあわせてピクピクと息づいていた。  翼は兄の痛々しいその部分を見たままの状態で固まった。  兄が、誰かと、寝たというのは、もう確定的だった。  男同士でそう言う行為をするやつがいるのは知っていたし、愛し合っているのならそういうのもありだと思っていた。  しかし、まさか自分の身近にいる存在がそう言うことになるとは夢にも思ってはいなかった。  ましてや血の繋がった実の兄がそっちの道に走るなどということが誰に予測できただろう?  いずれにせよ、兄の目元に泣き腫らした痕がある以上、無理矢理誰かにやられたのではないかと思う。  兄が、男同士でする行為を知っていたかどうかは解らないが、翼はその兄を汚したであろう相手にひどい嫌悪感を抱いた。  胸の辺りがズキズキして痛いのは、きっと気のせいじゃない。  兄にこんな酷いことをしたやつを見つけ出したら、鼻の軟骨へしおれるくらいまでは殴ってやらないと気がすまないと、そこまで憎く思うのは、はじめてだった。

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