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花見〜新任歓迎会〜【2】

 そんな二人のやり取りを見ていた翼はこの三人が何をしに、ここにきたのかを把握した。  西野先生の新任歓迎会を兼ねた花見をするために、買い物に来たようだ。  翼は教師陣とそんなやりとりをして就寝時間が迫っているのを思い出して、必要なものをせっせとそろえて、カゴに入れると、レジへと向かう。  教師陣も買い出しにきて品物を取り揃えたのか、翼の後を付いてきていた。  レジへとたどり着き、買い物カゴを店員に手渡すと、和彦が自分が持っているカゴも店員に手渡し、「こいつも纏めて会計してくれ」と言った。  自分の買い込んだ品と勝手に纏めてくれ、と和彦が言い出したのを聞いて、翼はもしかして支払いはこっちが全部させられるのかと思い、財布の中身を慌てて確かめる。 「ああ、金の心配ならいらねーぞ。敦が全部支払ってくれるかんな」  しれっとした顔でまるで当たり前の事のようにそう言い切った。  場にそぐわない手塚先生がコンビニに来ていたのはそういった理由でか!と翼は思い彼を見遣る。  手塚先生は財布係として連れてこられたらしい。  翼が、自分の財布から万札を抜いて、せめてワリカンにしようと手塚に手渡そうとしたが、手振りでそれを制される。 「いえ、大丈夫。気にしないでください俺が支払いますから」  と優しげな笑みを浮かべてそう言う手塚の瞳の奥は笑っていないように見えた。 (美空君の分はいいとして、和彦先生にいままでおごらされた分はそのうち体で返してもらいますからね)  という内心がほんの少し顔に出ていたのか、その笑顔がなぜか、恐ろしく感じた翼が、やや引き気味になりつつも礼の言葉を述べる。 「あ、ありがとうございます」 「いえ、いえ。どういたしまして」  翼と手塚がそんなやり取りをしているうちに会計が済んで、和彦が手塚の下へと手を差出して金を渡すように促した。  手塚は不必要なくらい満面の笑顔で財布から万札を数枚引き抜いて、和彦に手渡した。     和彦は手塚から受け取った現金で支払いを済ませる。  支払いが済んだ品物が入れられたビニール袋を受け取るとその中の一つを翼へと手渡した。 「自分が選んだもんがちゃんと入ってるか確認しな」  とぶっきらぼうに翼に言うと酒類が入った自分達の分の袋を持って、自動ドアへとさっさと向かって先に出て行ってしまった。  途中、和彦の後を追いかけてきた西野にも3つある袋のうちのひとつで比較的軽そうな方を持たせていた。  翼は受け取った袋の中身を見て、ちゃんと自分が選んだ品物が入れられているかを確認した。  特に入れ忘れられているものも無かった。  確認が済んで、手塚と共にコンビニの自動ドアから出ると和彦が酒類の入れられた袋を地べたにおいて、不良座りでタバコをだらしなく、ふかしながら待っていた。  風下側に立って待っている空太郎へとタバコの煙がぜんぶ流れているらしく、空太郎は植木の近くでゴホゴホと咳き込んでいた。  和彦は翼と手塚が自動ドアから出てきたのを視認すると、タバコを地べたに投げて、靴の裏で踏んでもみ消し、荷物を無造作に抱えて立ち上がる。  西野も咳き込んでなみだ目になりながら、翼と手塚の下へと向かう和彦の後に続こうと歩を踏み出した。  が、西野が持っていたビニール袋は植木の枝に引っかかっており、彼が歩き出し、引っ張られる力で裂け、破れてしまい、中身のビールやチューハイの缶が落ちて、鈍い音を立てて、あちらこちらに散り散りにゴロゴロと転がってゆく。 「わああああっ! 中身がああぁーーっ!」  そう叫んでパニクって慌てて散らばった缶を拾い集めようとした西野は足がもつれて、躓(ツマズ)いて転んでしまい、また額と鼻頭を擦りむいた。  西野先生のドジっぷりはオンオフ関係なく健在のようだった。  翼は半ば呆れながらも自分の足元に転がってきた缶ビールを拾い上げた。  和彦もまたか、と言うような呆れた表情で、面倒臭そうにそこかしこに散らばった、酒類の缶を拾い集めて、自分が持つビニール袋に押し込んでいた。    荷物を持たずに手ぶらで手が空いていた手塚が倒れ付したままの西野の元へと駆け寄り彼を助け起こして声をかける。 「西野先生! 大丈夫ですか?!」  手塚に助け起こされて、声をかけられた西野は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げてしたたか打ち付けた鼻頭を抑えながら、コクコクと頷いた。 「あっ、うぅ! ら、らいじょうぶれひゅ……」  それを見ていた翼と和彦は顔を見合わせて、二人して溜め息をついた。  西野先生はこんな調子で明日からの学園生活をちゃんとやっていけるのだろうか?と翼は些か心配になってきた。  ただでさえ、問題のある生徒が多いこの学園でも特に変わり者の多い一年G組を西野が上手くまとめられるのか等、不安要素が満載だった。 「くーちゃんよお。おめー、いい年して、荷物もろくに運べねえのか?」  和彦が呆れ顔で、西野の元へゆき、彼の額に出来た、たんこぶを買ったばかりのビール缶を押し宛てて冷やしながらそうぼやいた。 「あああ、すみません、すみませんーーっ!」  西野は和彦にそう言われて泣きながら謝って、手塚の肩を貸して貰いつつ、ふらふらと立ち上がる。 「額が赤く腫れてやがるからしばらくコレで冷やしておけ!」  和彦にそう言われて、冷凍してあるペットボトルの緑茶を手渡されて西野は受け取ってそれを額に宛てた。 「やれやれ……西野先生、一人で歩けそうですか?」  手塚は起き上がらせた、西野のスーツについた、砂土を払ってやりながら、立ち上がったばかりの彼に優しくそう声をかけた。 「あああ、本当に自分はどうしてこういつも人様に迷惑ばかりを……!」  西野がそう言いながらペコペコと頭を下げて、和彦と手塚に平謝りした。 「もういいから、さっさと花見に行くぞ!」  和彦は苦笑しながら、そう言って、さっさと荷物を両手に持ったまま先を歩いていってしまう。  そういえば、西野先生の新任歓迎会を兼ねた花見だったんだっけ?  翼はそう思いつつ、手塚に手を引かれてとぼとぼと歩く西野を見遣る。      来た道を戻りながら、空を見上げれば欠けた月に輝く星。  一定の感覚で植えられた桜の木々が、さわさわとやわらかな風にそよいで、薄桃色の花弁を散らしていた。  照明はあまり多くないが、ふんわりと舞い降りてくる青白い月明かりに照らされて、不思議と明るい遊歩道を歩き、突き進んでいくと、一本の桜の古木がある場所へと辿りつく。  さっき通った時にも見かけたが、ここの桜が一番風格があり、鮮やかで、とても美しかった。  一足先を歩いていた和彦がその桜の古木の下へと腰を下ろして後からくる三人に自分がいる場所へと来るように手招きをした。 「相変わらず、この桜はこの学園にある中でも別格に美しいですねぇ」  地面へと根をうねらせ、太い幹から枝を、四方八方に伸ばして、大きく広がり、重たそうなくらいに、沢山の花を咲かせて、風に揺れ、花弁を散らせている、その古木を見上げながら、手塚が感嘆の息を付き、そう呟いた。  翼と西野もそれを聞きながらその桜の古木を見上げて、花見を堪能する。  ゆったりと流れる時間の中、夜桜を楽しむというのも悪くないと翼は思い、教師陣三人にしばしの間付き合う事にした。  手塚におごってもらったという手前もありさっさと自分一人だけ離脱して帰るというのも、気が引けて出来なかったというのもある。  和彦が腰を下ろした場所にはビニールシートが敷かれており、ちゃっかり場所取りがされていた。  その場所へと翼と教師二人も、靴を脱いであがり込んで、適当な場所へと腰を下ろした。  翼は手にしていたビニール袋の荷物を置いて、正座をして座る。  和彦が自分が運んできた袋から、酒類を取り出して並べて、その中の一つを翼の手元へとほうり投げて渡す。  翼は慌ててキャッチして、それを受け取った。  その缶に入っている飲料は、アルコールも炭酸も入っていない、カクテルのようなものだった。  多分酒が飲めない西野が、後から追加しただろう品だ。 「せっかく、ここまで来たんだから一本飲み終わるくれぇまでおめーも付き合えよ」  と和彦に言われて、翼は頷いて、受け取った缶のプルトップを開けて、口をつける。  アルコールの入っていない、甘いカクテルを飲みながら、桜と月と星を教師三人としばし眺める。  どうしてこうなったかとかは、この際深くは考えない事にして、花見を楽しもうと翼は思う。  今日一日でいろんな事があって、今ここでこうして、教師三人と自分を合わせた四人で顔を見合わせながら、古木の下で桜を見上げ、花見をしている。  普通にしていれば、こんな機会はあまりないだろうシチュエーションもたまには悪くない、と翼は珍しくそう思っていた。

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