31 / 152
それぞれの過去〜馨&和成編〜【4】
根が優しくて、頼みを断れない和成に甘えすぎてると馨は自分でも思っていた。
和成は馨と付き合っていてそう言う風に徐々に変わっていったというだけで、元来は、余り親しくない他人に何かを頼まれたとしてもそれを聞き入れた上で、積極的に馴れ合ったり、関わり合いを持つような性格ではない。
特定の人物には甘い部分もあるが、それは家族なんかのごくごく身内に対してだけのことだった。
和成がクラスメートの白髪の少女に片思いをしていたのには同じクラスに在籍していて、彼を見続けていた馨は気付いていた。
和成の視線の先にはいつもその少女の姿があり、傍から見ていても彼が彼女を意識していたというのは明白であり、わかりやすかった。
和成は片思いをしている少女を見続けているだけで、特に自分から話しかけたり、係わり合いになろうという素振りを全く見せなかった。
彼は誰とも馴れ合わず、孤立していて、自分の意見を言うことも、自分から行動することもない目立たない存在だった。
銀髪に金色の瞳を持つ彼は容姿だけは一際目立っていたが、白髪の彼女や、金髪の馨がいたせいか余り注目されることも無かった。
馨はずっと窓際の席で頬杖を付いて外を眺めている和成の横顔がなんとなく寂しげに見えて、気になっていた。
上手く人の輪に加わることが出来ない不器用な彼をほっておけなくて、度々、声をかけたりしていた。
声を掛けても、遊びに誘っても和成の返事はいつもそっけなく、余り快い返事はもらえなかった。
クラスにいるほとんどの生徒と打ち解けて、親しくしている馨でも和成の心の壁を壊すことはなかなか出来ずにいた。
常にクラスの中心的存在で目立っていた馨とはある意味、真逆の性格をしていた和成のことが気になって仕方なく、クラスメートの少女に片思いしている彼に馨もまた片思いしていた。
和成が片思いをしていた彼女--月城雪華は馨とは小学校から腐れ縁であり気心の知れた仲だった。
馨は彼女とは女友達のような悪友のような付き合いをしていてそれなりに親しかった。
馨はさりげなく雪華に和成のことを聞いてどう思っているかなど探りを入れたりしていた。
雪華にとっての和成の印象は、
『なんだか寂しそうな目をしている子。
彼は不器用で人と上手く付き合えないんじゃないかと思う。
人を傷付けるのも自分を傷付けられるのも極端に恐れているような、そんな気がする……。
私ね、彼の義理の妹さんと仲がいいから、結構、話もするし、それで、いろいろ聞いて、勝手にそう思っただけなんだけど……』
という感じだった。
彼女は天然に見えてなかなかに鋭く、的を射ているような印象を抱いていた。
――初雪が降り始めて、寒さが厳しくなりだした、中学二年の冬のある日。
放課後になって雪華は同じクラスにいる馨の席へと向かった。
「馨、ちょっと時間ある?」
席に座っている彼の肩を叩いて声をかけると、屋上へと続く扉前の人気がない場所にまでついてくる様に言った。
雪華はどんどん先を歩いていき、後をついて来ていた彼を振り返ると告白をした。
「私、馨の事、好きだよ」
いきなり振り返り様にそう言われて馨は唖然とした表情で固まって思考を停止させた。
ずっと腐れ縁で女友達のような関係だと思っていた雪華に異性として告白されるとは夢にも思わず。
「そんなに意外だった?」
いつもよく喋り、騒がしい馨がだんまりを決め込んで固まっているのを意外に思い寂しげな表情で馨の前に立ち、彼女はこちらの様子を上目使いでじっと伺っていた。
しばらく見つめあった後で、雪華は
「告白、出来る時にするだけしといた方が、やっぱり、スッキリするもんだね」
と言って大きく息を吐いて伸びをした。
馨は真っ白になりそうな思考を奮い立たせるように頭を左右に振って困ったような表情をして、額に手を宛てる。
「ごめん、雪華の気持ちは有り難いけど、僕は女子には興味がないんだ」
「うん。知ってる。あんた自分で男が好きだって堂々と言ってたもん。
私だけじゃなくて、この学校の関係者は多分、みんな知ってる」
それをわかっていてあえて告白してくるとは……。
今までもそういう女子はいたにはいたけれど、まさか雪華にまで告白されるとは夢にも思っていなかったのだ。
「ねぇ、馨? 仮にだけどもし私が男の子だったとして、今の告白を聞いた場合、どうする?」
「いや、そうは言われても実際には雪華は女の子だし……」
「だから仮にだってば~!」
ほんの少しだけムッとした表情になった雪華にそう聞かれて、彼女が男だった場合を想像してみる。
雪華はこの学校でも1、2を争うほどの美少女として有名で、清楚で神秘的に見える見た目に反して、洒落っけのない普通っぽい素朴な性格で、天然ボケ気味な所も可愛らしいと男子に絶大な人気を誇っている。
この学校のアイドル的存在と言っても、いいくらいだ。
そんな彼女が男の子だった場合、かなりの美少年になるだろう。
いや、見た目的な部分で言えば完璧だし、決して悪くはない。
寧ろ、今までの馨であれば軽い気持ちで付き合っているだろう。
けれど、本当に好きな相手が出来た今はそんな気も起こらないだろうと思う。
和成のあの寂しげな横顔ばかりが頭に浮かんで過ぎるのだ。
こんな状態で他の男と付き合った所で上手くなんていかないだろうとも思った。
馨が顎に手を宛てて考え込んでいる間に、雪華は目前にまで接近しており、彼の表情を覗き込むようにして見上げていた。
唇が触れ合いそうな距離にまで顔を寄せ、紫の大きな瞳が揺れ、馨の姿を映しているのが解るほどの至近距離だった。
ハッと我に返った馨は眼前にまで迫っていた雪華と視線を合わせると、慌てて彼女から逃げるように身を離して口を押さえた。
「うぼあぁっ! な、なな、何のつもり!?」
半ば悲鳴に近い声を上げて、いきなり至近距離まで詰め寄っていた雪華を問い詰める。
「たくっ! 失礼しちゃうわ。
馨ったら相変わらず、女の子に接近されると拒否反応が出るんだね」
「こればっかりは、自分でもどうしようもないんだ……」
「相変わらず、平気なのは母親のレイさんだけ?」
「……まあ、僕のママは常に男装してるから見た目イケメン男子だからね」
女の子とある程度離れていれば普通に会話できるし、日常生活を送るのには特に不自由はない。
ただ、今みたいに、自分が気付かない間に女子に接近された場合、拒絶反応が起きて、鳥肌が立って、吐き気がするのだ。
相手にしてみれば失礼極まる状態だろうが、馨はそれどころじゃなく発作に苦しむ事になる。
自分でもなんでコレほどまでに女子が苦手なのかはわからない。
「それにしても、遊び人で軽薄そうな馨がそこまで考え込むなんて、よっぽどその子の事が好きなんだね」
雪華は寂しげな微笑を浮かべる。
見た目が綺麗な男の子なら、来るもの拒まずといった感じで、広く浅く軽い気持ちで付き合ったりしていた馨を見て、知っていただけに、雪華は一人の相手にそこまで、のめり込む彼が想像できなかった。
「和成君の事、どう思ってるか、馨に聞かれた時に、もしかしてとは思ってたんだけどね」
自分ひとりで納得したようにうんうんと頷き、慌てて身を離した時の格好のままで硬直して、壁に張り付いたままの馨を見て苦笑した。
「雪華は、和成君の事どう思ってる?」
馨は改めて雪華に和成のことをどう思っているのかを聞いてみる。
彼女の答えが和成にとって色よいものであれば二人の事を、祝福しようと馨は思っていた。
雪華と和成が両想いであれば、自分は潔く身を引くつもりでいた。
和成が幸せであればそれで良い。
「どうって……前にも答えたとうりだよ」
「なんだか寂しそうな目をしている、とか言ってたあれかい?」
「そう。私にとっての彼は、それ以上でも以下でもないよ。
まともに会話したことすらないんだもん」
「…………」
雪華のその言葉を聞いて、ホッとしたような、残念だったような、複雑な気持ちになった。
和成が、雪華に好きだと告白したとしても、失恋することになるのだから。
俯いていた顔を上げると、雪華は階段を駆け上がり、屋上へと続く扉を開いて外へと向かう。
雪華は白い息を吐きながら、いまにも雪が舞い落ちてきそうな、暗雲に覆われた空を見上げる。
馨も急に外へと飛び出した雪華を追って、扉を開いて屋上へ向かう。
扉が開いて、馨が姿を現したのを見て、雪華が微笑を浮かべた。
「なんかさ、うじうじしてるのってあんたらしくないんじゃない? ダメ元で和成君に思い切って告白しちゃえばいいのよ」
と雪華に言われて馨は困ったような顔をして、首を左右に振った。
「いや……普通に話しかけても避けられてるくらいだから無理っぽいと言うか――」
「何回でも懲りずに、根気よく声掛け続けてみなさいよ。 馨だったらきっと出来るよ」
「そう? 彼みたいなタイプは正直、初めてでどう接したらいいか、わからないんだけどね」
「避けられてるってだけではっきりと言葉で拒絶された訳じゃないんでしょ? だったらまだ望みはあると思う」
雪華にそう言われて馨は苦笑しながら頷いた。
雪華は女の自分では馨と付き合うことは不可能だとわかっているからこそ、彼が好きな人と両思いになってくれればいいと思う。
ともだちにシェアしよう!