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それぞれの過去〜馨&和成編〜【5】

    雪華は空を見上げて、今しがた舞い落ちてきたばかりの雪の結晶を手の平で受け止める。 「あーー……とうとう降り出しちゃったか」  馨も大粒の雪が舞い降る空を見上げてそう呟いた。 「午後から吹雪になるって天気予報でいってたもん」 「こんな寒いときに屋上に来る様なやつは雪華くらいだよ」 「私、昔からなんでか雪が好きだったから。  今日の午後から雪が降るって天気予報で言ってたし、馨と最後に見ておきたかったんだよ」  彼女がそう言った言葉を聞いて馨は、引っかかる部分に気がついた。 「最後にって……どういう……」  馨がそう言い掛けたのを聞いて雪華は寂しげな笑顔で「私、今日、この町からいなくなるから」と言った。 「うえ、えっ!? いくらなんでも急すぎるよ!」 「あはは、びっくりした? でも半年前くらいからそうなる予定だったんだよ」 「こんなギリギリになってから言うなよ!」 「ごめん、でも、本当は誰にも何も言わずに、いなくなろうと思ってたんだけど、どうしても馨にだけは、気持ち伝えてからじゃないと、引っ越してからも、もやもやしそうだったから……」  雪華は苦笑しながらそう答えて、唇に人差し指を立てて内緒だよ、と馨にこの話は二人だけの秘密にしてほしいということを伝える。 「私ってほら、両親いないじゃない? 年が離れた義理のお兄ちゃんが仕事で転勤することになっちゃって、家事とか何にも出来ない人だから、私がついていってあげないといけないの」 「お兄さん……いや、雪那(セツナ)さんはそのことについてなんて?」 「雪華がしたいようにすればいいって言ってくれたし、だから私がわがままを言えばこの街に残ることも出来たと思う。  でも結局、悩んだ末に私もついていくことに決めたから」  雪華は悩んだ末にこの街を離れる選択をした。  本当は誰にも何も告げずに去ろうと思っていた。  この学校に友人はたくさんいる。  けれど、雪華の表面的な部分を見て接してくるような、上辺だけの関係でしかない者ばかりだった。  雪華の本質を解っていて、気軽にわだかまりなく話せる相手は馨しかいなかったのだ。   「私にとって今、一番大切な人は、義理の関係だけど家族のお兄ちゃんだけだから。あんたを除いてだけど」 「…………」  雪が降りしきり、視界がどんどん白く染まっていく中で見た彼女の笑顔は寂しげだった。  吹雪が強くなって凍えそうな中で積もり始めた雪をかき集めて雪華は雪球を作り、手の平でぎゅっと押し固めた。  そして無言で彼らしくない真剣な表情の馨の顔面めがけてその雪球を投げつけた。     「ぶっ! ちょ、いきなり何する……!」  完全に不意打ちで、雪球をもろに顔面に受けた馨がそう叫ぶのを見て、雪華は無邪気に笑った。 「あはっ! あははっ! ごめんね。でも小学生の時、雪が積もった時はこうやって二人で雪合戦したよね」  昔を懐かしむように言う雪華を見て当時を思い出す。  白髪である彼女と金髪である自分は小学生時代はクラスでも浮いていて、特に雪華はその容姿から思春期の男子にイジメを受けていた。  イジメというよりは、好きな子をつい虐めてしまうという思春期の少年にありがちな行動だったのだが、そんなことはわからない雪華はおおいに傷付いていた。  そんな中でみながグループを作り、男女で分かれて行動する者が多い中、普通に雪華に話しかけてきたのは馨だけだった。  彼は女子に対して恋愛感情を抱くことがないため普通に接していただけだったのだが、当時クラスで孤立してしまっていた雪華には涙が出るほどに嬉しかったのだ。  その時から雪華は馨にずっと片思いしてきたのだ。 「ねぇ、馨? 和成君のことなんだけど……」 「なんだい?」 「彼は昔の私に似てると思うの」 「…………」 「だから、馨が彼の寂しさを埋めて、隣にいてあげて。馨にはきっとそれができるから……」  そう呟くように口にした雪華は泣き笑いのような表情で馨の頬に手を伸ばした。  すっかり凍え切ってしまった冷たい手の平で愛しげに触れてくる。  ひとしきり馨の頬に触れて彼の体温を手の平に移してから雪華は彼に手を振って、一言だけの別れの言葉を白い息とともに吐き出した。 「さようなら」  そう言って、馨から身を離して、彼女は踵を返すとそのまま振り返る事なく走り去り、屋上の扉を開いて、室内へと消えていった。  馨は彼女の気持ちを汲んで、後を追うことはあえてしなかった。  別れが余計に辛くなるだけだから。  雪が降りしきる白い世界に馨一人が取り残される。  見慣れた街を屋上のフェンス越しに見下ろす。  いまはまだ寒さに眠っている桜の木々に雪が積もり華が咲いていた。  馨はその光景をしばらくの間、眺めていた。  冬にだけ咲く、雪の華――  これから先、冬が来るたびに木々に咲く雪の華を見て彼女を思い出すだろう。  馨のことを思い身を引いてくれた彼女に申し訳なく思いながら、自分の想いを彼に伝えるよう後押ししてくれた彼女に感謝した。  馨はひとしきりその光景を眺めてから、雪が降り積もり真っ白になったその場所を後にした。      雪華が去ってからも、馨は和成に朝の挨拶をしたりそっけない態度を取られても気にせずに積極的に一緒に昼食を食べようと誘ったりし続けた。  そうして、一週間が過ぎた頃に昼の休み時間に、いつもどうり窓際の自分の席に座り、頬杖をついて、窓の外の景色をぼんやりと眺めている和成に声を掛ける。 「和成君! 一緒にお昼ご飯食べよう!」  そう声を掛けられた和成は、またかといったような顔をしてそっぽを向いた。  うーん、やっぱり、なかなかに手強い。  馨はそう思いながらも和成の前の席に後ろ向きに座り、そっぽを向いた彼を見つついなくなった雪華の事を考えた。  彼女は孤立していた、昔の自分に似ている和成の寂しさを、埋めてあげて欲しいと言っていたのだ。  雪華が引っ越した翌日に学校でクラスの担任にその事実を知らされてから、得に和成は元気がないように見える。  和成は彼女に話し掛ける事すらないまま彼女に会えなくなった事にうちひしがれて馨に声をかけられても上の空だった。 「和成君! 購買部で朝買ってきたパンとか牛乳とか沢山あるからここで二人で一緒に食べよう」  馨は黙り込んでそっぽを向いたままの和成の机に、朝に購買部で買ってきた、カツサンドとタマゴサンドと牛乳を勝手に置いた。 「……いらない」  馨が勝手に和成の机にサンドイッチやら牛乳やらを、並べ出したのを、呆れ顔で見ながら、彼は首を緩く左右に振った。 「ああ、代金の事なら気にしないで! 僕の奢りだから気にせずに食べちゃっていいから、さあ、どうぞ、今すぐに!」  馨はそうまくし立てるように、カツサンドの包装を、ビリビリと破り、中身を取り出すと彼の口元に押し付けるように突き付けた。  和成は無理矢理突き付けられたカツサンドを鬱陶しげに振り払った。  振り払ったその衝撃で机がガタガタと揺れて、牛乳とタマゴサンドも落ちて床へと叩き付けられた。  床へとこぼれて、白液の水溜まりがどんどん広がってゆく。  ストローを飲み口に挿して、和成の机に置いていた牛乳は、振り払われた時に飛び散って、馨の顔面や制服をも汚してしまっていた。  それを見た和成は、驚いたように目を見開いてから、どうしたらいいのかわからないというような不安げな表情になった。  目尻には涙が浮かんでいた。 「あー……大丈夫、大丈夫! 無理矢理食べさせようとした僕が悪かったんだし、気にしないで……」 「…………」  床に零れて広がった、牛乳をポケットティッシュやハンカチを取り出して拭きながら、和成を安心させようと優しげな笑顔で言う馨を見て、和成は無言で目尻に浮かんだ涙を制服の袖で拭っていた。

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