34 / 152
それぞれの過去〜馨&和成編〜【7】
和成は前の席の男子が言っていたことを聞いていたが、今一、意味がよく解らなかった。
新しいターゲット。
お遊び。
夜道で刺される。
等の不穏な言葉の羅列が和成を不安にさせる。
馨が自分に近付こうとするのは、陥れるためとかそういうのじゃないかという猜疑心に苛まれる。
信じたい気持ちと、裏切られるんじゃないかと言う気持ちがせめぎあっている。
この臆病な性格は、和成が捨て子だったことから起因している。
生後一週間にも満たない赤子の時に、置き去りにされ、当時、和成の父の和彦が、勤め先の病院からくたくたになり帰宅すると、マンションのドアの前に、プラスチック製の籠に、素肌に直接タオルを巻きつけた状態で入れられた赤ん坊が放置されているのを見付けた。
何の書き置きもなく置き去りにされ、捨てられていたのを発見した和彦が男手一つで育ててきたという過去から根付いているものだ。
当時の和彦は行きずりの女達と遊び呆けており、誰の子供かはその時はまだはっきりとは解らなかったが、確実に自分の血だけは引いていると、和成がある程度成長して顔つきがしっかりとしてくるにつれて認めざるをえなかった。
自分と同じ珍しい銀髪と金色の瞳。
そして、生き写しであるかのように整いよく似た顔立ち。
明らかに自分の遺伝子を受け継いでいる子供だというのが見た目だけでわかるようになっていき認めざるを得なくなった。
それからしばらくして、和成は自分が捨て子だったという事実を知ってしまった時に自分は不要なものであると思い込んでしまった。
幼い和成は『自分はいらないから捨てられたんだ』と考えて、いずれ捨てられるくらいなら最初から一人でいたほうがいいと考えるようになり、他者と付き合うのが怖くなっていった。
和成は施設から引き取られてきた義妹とは血の繋がりはまったくないが、父親とはちゃんと血が繋がっている。
DNA鑑定をしてきちんと判明している事実だ。
その実の父親にもいつか愛想をつかされて捨てられるのではないかと日々、猜疑心に苛まれ続けていた和成は、必要以上に家のことをするようになり、いつの間にか料理以外の家事は全て自分がするようになっていった。
反面わずかな時間に自宅にいる時の父親は煙草を吸い散らかしてだらけていた。
和彦は若草学園の診療所に飛ばされる前は、市内の総合病院に勤めており、携帯に緊急で連絡が入ったりと当時はかなり多忙だった。
医者と言う激務をしている父親のためにと、義妹が栄養のつく料理のレシピを考えて調理したりして、家族同士の絆はそれなりに深く互いに協力し合って生活してきた。
その一方で、和成の家族以外の他人に対する猜疑心は強くなるばかりだった。
同年代の子供達が集まって手を取り合って笑い、遊ぶ姿をいつも遠くから眺めていた。
一人で買い物に出かけた時に母子二人が楽しそうに会話をしながら手を繋いで、和成のすぐ横を通り過ぎていった。
「今日の晩ご飯は何がい~ぃ?」
「はんばーぐとかれー!」
「それじゃぁ、両方をとってハンバーグカレーにしよっか?」
「やったぁ! ママ大好きっ!」
小さな女の子がはしゃいで母親の腕にしがみ付いて甘えていた。
一人きりでいる自分がすごく惨めに思えて買うものも買わずにその日の和成は店を飛び出した。
それ以外にも辛かったことはたくさんある。
自分には父親がいて義妹もいる。
恵まれているはずなのにどうしてこんなにも惨めな気持ちになるのだろうか?
心の奥底ではずっと寂しいと叫んでいた。
その叫びは誰にも聞こえることなく空しく自身の内部で反響する。
こんな自分を必要としてくれる誰かを本当はずっと求めていた。
けれど、自分から家族以外の他人に話しかけるのも、接するのも無理だった。
゛どうしたら自分が嫌われないか?゛
いつもそればかりを考えてしまう。
自分から人の輪に入る勇気が無かった。
家族以外の人間と関わるのが怖い。
こんな情けない自分を好きになってくれる人なんて居る訳がないと思っていた。
一人でいる方が気が楽だと、何度も自分に言い聞かせて思い込もうとしながら、いままで生きてきたが、ふいに寂しさがこみ上げてきて、涙することも少なくなかった。
寂しさを埋めてくれる人の温もりが恋しくなり、誰かに必要とされたいという気持ちを強く持つ反面、いつか飽きられていらなくなったら捨てられるという恐怖感が邪魔して家族以外の人と係わり合いを持つことに極端に臆病になり上手く付き合うことができなかった。
和成はそんな過去の経験をいろいろと思い出して沈黙していた。
俯いたままでずっと黙り込んでいる和成を見て馨は声を掛ける。
「和成君、大丈夫かい?」
馨にそう声を掛けられて和成は俯いていた顔を上げると彼の目をじっと見返した。
空色の瞳は淀みがなく澄んでいるように見える。
昼休みに馨に酷いことをしてしまった負い目から、彼の願いを聞き入れて頷いてしまった。
屋上でどんなことを言われるのか怖くて仕方が無いけれど、このままこうしてここでうじうじ考えていても仕方がないと思い、和成は馨が差し出したままの手は取らずに席を立つ。
「それじゃ、そろそろいこうか?」
馨が再度そう言った言葉に頷いて先を歩き出した彼の少し後ろを和成がついていく。
馨と和成が二人して教室を出て行くのを和成の前の席の男子は無言で見送った。
廊下をまっすぐに突き進み、突き当たりにある階段を黙々と上がっていくと屋上へと続く扉がある場所へと辿り着く。
馨は淡い緑の塗装がされた鉄製の扉を開いて屋上へと出て行く。
外へ出て行った馨に続いて和成も彼の後を追いかける。
馨は街が一望できる場所にあるベンチへと腰掛けた。
暖かな春にはここから見える景色を眺めながら昼食を食べる生徒や、放課後にこのベンチで花見をしながら談笑する生徒らがいたりするのだが、さすがに真冬に冷風吹きすさぶ屋上に来る生徒はなく、馨と和成の二人きりだった。
馨は自分が腰掛けた隣に和成が座るように手振りで促した。
馨に促されるまま彼の隣に和成は恐る恐る腰掛けた。
一体、自分なんかに何の用があるのだろう?
そう思いながら俯いている和成を見る馨の表情は優しかった。
「さすがに真冬の屋上は冷えるね~」
自分でこんな場所に呼び出しておいて、馨はそんなことを呟きながら掻き抱くようにして体を摩った。
「この学校で今の時期に確実に人目につかないような場所はここくらいしか思いつかなくってさ」
そう続ける馨の言葉に和成は無言で頷いて耳を傾ける。
「あまり長居すると風邪引いちゃうかもしんないから手っ取り早く言うけど、いいかい?」
神妙な顔をして馨がそう言うのを聞いて和成は無言のまま頷いた。
「…………」
一体何を言うつもりだろう?と和成は緊張して身を固くした。
昼休みにしでかしてしまったことで責められるんじゃないかと和成は思っていた。
しばらくの沈黙の後に馨の口から発せられた言葉は和成の予想外のものだった。
「和成君。僕はどうやら君に一目ぼれしてしまったようだ。という訳で付き合って下さい!」
と、物凄い勢いで両肩を掴まれて、捲くし立てる様に言われて、和成は勢いに釣られて頷いてしまった。
無言で目を白黒させながら頷く和成を見て馨は目を見開いて驚いた。
「えっ! マジで、付き合ってくれるの? まさかオッケー貰えるとは思ってもみなかったよ!」
馨は念願かなって有頂天になってはしゃいで和成の手を取った。
和成はいきなり両手をがっしり掴まれて顔を真っ赤にした。
内心しまったと思ったが、既に頷いてしまった後だった為、間違いでしたとは言えずに俯いた。
一目ぼれというと、どういうことなのだろうと和成は考え込んでいた。
男同士だし、付き合うと言う意味が男女のそれとは違うのかもしれない。
和成は始めのうちはそんなことを考えていた。
しかし馨が言う付き合うとは、一緒にご飯を食べたり、デートをしたり、手を繋いだり、キスしたりと男女のそれと変わらない意味での付き合いであるという事だった。
想いを言葉で伝える事の大切さを教えてくれたのは今頃は新しい土地で生活しているだろうここには既にいない少女だ。
雪華は昔の自分に似ている彼の寂しさを埋めてあげて欲しいと言った。
『思い切って告白しちゃえばいいのよ』と後押ししてくれた彼女に馨は改めて感謝した。
今まで広く浅く、来るもの拒まず、去るもの追わずで、ふらふらとしてきた自分だけど、これからはずっと和成の傍にいることを今はこの学校に既にいない彼女に誓った。
□
遠く離れたかの地で雪華がくしゃみをしていた。
新しい土地で新居の荷解きをして室内の整理もあらかたし終えて落ち着いてきたところだ。
「っくしゅ!」
「…………」
くしゃみをして鼻を啜りあげる雪華を見て彼女の兄である雪那が無言でポケットティッシュを差し出した。
「お兄ちゃん、ありがと。
やだ、もう。誰かが私の噂してるよ」
ティッシュを受け取った雪華は雪那にそうぼやいてから鼻を噛んだ。
今頃、あいつはどうしてるだろうか?
例の彼とうまくやってるかな?
雪華は今、一枚の手紙をしたためていた。
和成が雪華の存在を忘れた頃に嫌がらせで送りつけてやろうと思う。
住所は調べれば解るし、いつぐらいに送りつけるかとかもまだ決めていないけれど。
”拝啓、羽瀬和成様。
いろいろと出だしの面倒な部分ははしょります。
お調子者だし馬鹿だし変態だけど、アイツはすごくいいやつだから、きっと和成君の寂しさを埋めてあげられると思ってる。
私も一番寂しかった時にアイツが笑って、傍にいてくれたことがすごく嬉しくて、救いになっていたから。
だから、もう君は大丈夫。
もう、ひとりぼっちなんかじゃないから……。
ねえ、君は今、馨の事どう思ってる?
私はずっと馨の事が好きだったからいなくなる直前に想いを伝えました。
もちろん、振られちゃったけど。
アイツ女の子に興味ないもの。
私も男の子だったらよかった。
君は私に想いを伝えることは出来なかったけど、後悔したかな? 馨の事がもし好きになってたら、ちゃんと言える時に思いは伝えなきゃダメだよ。”
雪華はそこまで手紙を書き終えてふとペン先を止めた。
彼は今頃、なにをしているだろう――?
そんなことを考えながら。
□
馨は今にも雪が舞い落ちてきそうな空を見上げていた。
彼女とさよならをしたのもこの場所だった。
そして、今は和成君が僕の隣に座っている。
馨は自分の体温で彼の冷たい両手を暖めるように無言で摩る。
これからはずっと僕が君の傍にいる。
ともだちにシェアしよう!