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それぞれの過去~真澄×龍之介編~【2】

 真澄は龍之介を心配そうな顔で見ている翼を静かに睨みつけていた。  真澄に睨まれた翼は蛇に睨まれたように固まって冷や汗をかき、恐怖感で何も言うことが出来なくなる。  龍之介が自分以外の人間に興味を持つことが許せず、狂おしい程に歪んだ愛情を彼に注いでいる真澄は、翼を敵視していた。  素直で自分を偽ることを知らない龍之介の好き嫌いは行動や表情に表れるため単純でとても解りやすい。  龍之介が明らかに翼に対して好意を抱いているのが目に見えて解る。  真澄がまだ幼くか弱い少女だったころに龍之介は『俺が本当の家族になってやる』と約束をして指切りをした。  天上院家の庭園のはずれにある秘密の花畑で指切りを交わした。 『結婚ってのをすれば、ずっと一緒にいられるんだってさ! だから、俺がお前をお嫁さんにしてずっと一緒にいてやるよ!』  そういって龍之介は、満面の笑みを浮かべて、真澄の額に口付けをした。    その数日後に真澄は手術を受けるために海外へと引っ越していった。  真澄はその頃からずっと龍之介との約束だけを心の支えにして、人と違う自分を奇異の目で見るような他人の冷たい視線にも耐えて生きてきた。  病弱で体力があまりなかった幼い真澄は手術を受けるために、日々、体を鍛え辛いリハビリにも耐え抜いた。  いつか龍之介とまた再会できる日を夢見て――  女だと思っていた自分は実は男で、外的に見てもちゃんとした男に見えるように手術を受けなければならないと、親に初めて聞かされた時の真澄はまだ幼くて意味がよく解っていなかった。  ただ、自分は人と違う病気だから、治すために手術を受けなければならないのだと思っていた。  女の子として育てられたが真澄は手術を受ける前からちゃんと精神も男であった。  それをちゃんと自分でも自覚していた。  だから、弱かった体を鍛えて強くなり手術を受けられる頃には全てを理解した上でそれに同意して臨んだ。  真澄は見た目が少女だった頃から、龍之介を同じ男として見ていた。  男として彼を好きになり、手術を受けてちゃんとした性別を得てから、彼と再会した。  しかし、数年後に日本に帰って来てやっとの思いで再会した龍之介は、男になって戻ってきた真澄を見ても誰だかわからなかった。     背が自分より遥かに高く、しなやかな筋肉に覆われた、艶やかな黒髪に、とび色の瞳を持つ、美しい少年が真澄だとは思わずに通り過ぎようとした。  真澄は通り過ぎようとする龍之介の腕を掴み引きとめた。    龍之介と再会するために、体を鍛え、体力をつけるためのリハビリに耐えて手術を受けて帰って来たことを告げた。  自分は幼い頃に龍之介と結婚すると指切りをして約束したあの少女だと。     身体的にも男になって帰ってきたことも全てを包み隠さずに彼に話した。  彼ならば、きっと解ってくれるとなんの疑いもなく信じていた。  それを聞いた龍之介の反応は、予想外に冷たいものだった。  あくまでも、女であったころの真澄が好きだったと彼は言い張り゛約束゛は無効だと言った。  結婚の約束も、真澄が女だと思っていたからしただけで、男だとわかっていたらそんな約束はしなかったと言い放った。  真澄はそれを聞いたときに、頭の中が真っ白になり絶望感で何も考えられなくなった。  ずっと思い続けてきた相手も結局は真澄の上辺だけしか見ていなかったのだと解り、失望もした。  けれど、どうやっても嫌いになることはできず、狂おしいほどの愛情は歪んで捩れ、全て龍之介へとそのまま向けられた。  彼は所詮、人間を上辺だけでしか見ることが出来ない、そこらじゅうに溢れている量産型の者達となんら変わらないモノだった。  真澄は狂おしい程の愛情と、憎しみを自身の中に抑えることが出来ずに全てをぶつけるように、握り締めた拳を龍之介の腹部へと叩き込んだ。  そのまま気を失った龍之介を抱えて、数年ぶりに帰って来たばかりの邸宅へと連れ込んだ。  龍之介を荷物のように肩に抱えて天上院家の長い廊下を突き進み自室へと向かう。  自室へと向かう途中でバケツを片手に窓を拭く作業をしていたメイドとすれ違った。  真澄の身の回りの世話をしているメイドロイドのミリアだ。  彼女に声を掛けられて真澄は振り返った。 「真澄様、お帰りなさいませ……その方は?」  彼女は真澄の肩に抱えあげられた赤髪で小柄な少年に視線を移す。 「君にだけは話したことがあったよな。 例の約束を僕と交わした少年だ」 「龍之介様……真澄様のフィアンセですわね」 「ああ。 ここから先の自室へ誰も入らないようにしてくれ」 「……かしこまりました」  ミリアは瞼を伏せて少しだけ眉根を寄せて何かを思案してから、真澄に命令された事に恭しく頷いた。  会釈をしてから去る彼女の後姿を見送って真澄は自室へと向かった。  昔から自分の真の理解者は彼女だけだった。  かつての自分と同じ、両方の性をもつ希有な存在。  両性具有者。  しかし、彼女の場合は人工的に造られた存在だった。  真澄の真の理解者足りえる従者として造り上げられた。  ミリアだけはほかの者達と違い、本当に心から真澄のことを思い考え、時に彼に意見することさえある、それを許された唯一の存在。  それが彼女だった。     真澄の両親は天上院家を統べる存在として多くの使用人や、社員を抱え忙殺される毎日で、彼に構ってやれる余裕はなかった。  真澄がまだ幼かった頃は特に多忙で、娘のいる自室にたまに顔を出すことすらなかった。  幼少時代の真澄は上辺だけで、金づるとしてしか自分を見てはくれない多くの使用人に囲まれて何不自由なく物的にも誰より恵まれた暮らしをしてきた。  高くて綺麗なドレスもお人形もなんでも買ってもらえた。  真澄の部屋には親や使用人からの贈答品で溢れ返っていた。  だが、真澄が真に欲しいものは一つも入ってはいなかった。  彼は、多くの人に囲まれ、敬われながらもずっと孤独であった。 □  ある日、珍しく娘の自室へと やってきた父に『誕生日に何が欲しいか』と聞かれた。  真澄はあまり父が好きではなかった。  父は世間体を気にして真澄に幼少時代に女であることを強要した張本人だった。  実の子供よりも周りからどう見られるかの方がこの父にとっては大事なのだ。  だから、真澄は父に無理だとわかっているプレゼントを要求した。 「……お友達が欲しい。何があってもどんなときでも、わたしとずっと一緒にいてくれるお友達が欲しい!」  それを聞いた父は少しだけ驚いたような顔をして、押し黙る。  顎に手を宛てて何かを思案しているような父を見て、真澄はほんの少しだけ憂さが晴れたような気がした。  自分をほったらかしにしている父を困らせてやったと心の中でほくそえんだ。 □  そして、真澄の誕生日に彼女は本当にやってきた。  真澄の自室のドアがノックもなしに開かれて父が入ってきた。  父の背後に若い女性が立っていた。 「真澄、メイドロイドのミリアだ。 これからは彼女がずっとお前の傍にいて身の回りの世話をしてくれる」  父は隣にいる腰より長い金髪を一つの大きなみつあみに束ねた、青瞳を持つ女性の肩を叩いた。 「真澄様。はじめまして、ミリアと申します。」  ミリアに手を差し出されて真澄は目を白黒させる。  本当に友達をプレゼントされるとは予想だにしていなかった。 「ミリアは真澄様の味方です」  そう言って幼い真澄と視線が合うように、膝を付いて、安心させるように柔らかく微笑んだ。  真澄は恐る恐る彼女に差し出された手を取り握り返した。  その日、孤独だった真澄に初めて友達が出来た。  彼女だけは何があってもずっと真澄の味方であると、約束してくれた。  この時の真澄はまだミリアが人工的に造られた存在で人間ではないと聞かされても、理解できなかった。  その日からミリアは真澄の唯一の理解者であり友人として、時に父として母として姉として兄として、厳しく、優しく、彼に接してきた。    □  龍之介を肩に担いで自室へと辿りついた真澄は扉を乱暴に開けるとそのまま寝室へと向かった。  腹部に打撃を食らって気絶したままの彼を起こさないようにそっとベットへと横たえる。  真澄が留守にしている間も部屋は先に日本へと帰国していたミリアによって片付けられ、塵一つなく清潔さが保たれていた。  ベットのシーツも今しがた、取り替えられたばかりなのだろう。  かすかに陽の温もりが残されている。  ミリアが真澄が帰宅する前に丁寧に清掃を済ませたばかりだった。  真澄は彼女と両親以外を自室へと入れるのは初めてのことだった。  ベットに横たわる龍之介を見つめる真澄はまるで能面をつけたかのように無表情だった。  表情とは逆に内心は決して穏やかではなかった。  失望と怒りとそして狂おしいまでの愛情とすべてが彼の中で混ざり合って渦巻いている。  あどけない表情で気絶したままの龍之介の額にかかる前髪を優しげな手つきで梳く。  俺が本当の家族になってやると無邪気にそして無責任に幼い頃の真澄と約束をした少年だ。  ゛結婚をすればずっと一緒にいられる゛  ゛だから俺がお前をお嫁さんにして、ずっと一緒にいてやるよ゛  確かにあの時はそう言っていた。  けれどその言葉もすべて、龍之介にとってはたいした深い意味を持たないものだったのだろう。  ただ、いつも一人きりでままごとをして遊んでいる寂しげな少女をかわいそうに思って元気付けようとしていっただけなのかもしれない。    それでも、真澄はなんの疑いもなく龍之介なら自分の事を理解してくれると、勝手に思い込んでいた。  彼は自分にとって特別な存在だから、彼にとっての自分もそうなのだと――  その想いも結局はただの独りよがりで、龍之介にとっての自分は、今は男だからと簡単に切り捨てられる程度の存在でしかなかったのだ。  上辺だけでしか物事を見ることができない人間は真澄がもっとも嫌う部類の存在だ。   龍之介も例に漏れずその多くの者達と同じ、見た目にだけ惑わされるような取るに足らない存在だった。  いっそ嫌いになれればよかった。  けれど日本を離れている間もずっと想い続けていた相手だ。  嫌いになろうと思ってすぐに嫌えるようなものではない。  狂おしいまでに膨れ上がった愛情は今や歪み捩れて、すべて龍之介へと向けられようとしていた。  どこに怒りをぶつければいいのかわからない。  真澄は内側からこみ上げてくる衝動のままに、いまだ目覚める気配を見せない龍之介が着ている制服からネクタイを抜き取り、両手を、一纏めにして、ベットの柱へと固く縛り付けて逃げられないように拘束した。  まだ目覚める気配を見せない龍之介の額にそっと口付ける。  真澄は幼い頃、見た目が女子にしか見えない頃から龍之介を同じ男として見ていた。  龍之介がたとえば女の子だったとしても自分の愛情は変わらないと思う。  龍之介が龍之介であればそれで構わない。  けれど自身の内面が男であることに変化はなく、どちらにしろ龍之介のことを男として愛している。  だから、こうやっていつかは彼に触れたい、自分のものにしたいと思っていた。  龍之介はきっと女である真澄を抱きたかったに違いない。  真澄は 龍之介に女として抱かれるつもりは毛頭なかった。  自分の気持ちを偽ることなく、素直に彼に伝えようと思って帰国した。 男になるか女になるか選択を迫られた時に真澄は迷うことなく男であることを望んだ。  自分の性別を死ぬまで偽って生きるなど生きていても死んでいるのと変わりがないじゃないかと思う。  生きながらに屍になってまで女でいてなんの意味があろうか。  そう考えていた。  しかし龍之介に受け入れられなかった今は、その選択が果たして正しかったのかが解らなくなってしまった。  龍之介としたあの約束を果たすためにだけ生きてきた真澄は男である自身を彼に否定されてしまったのだ。  あの約束に固執してしがみ付いて生きてきた自分はこれから、一体、何を支えにして生きてゆけばいいというのだろう。  規則的に呼吸を繰り返して上下する龍之介の胸に手の平で触れる。  形と感触をを確かめるように、白いシャツの上から、彼の薄い胸板を撫でて、袂のボタンに手をかけた。  ボタンを一つまた一つとゆっくり外していき、シャツの袂を左右に開いて、隠されていた素肌を露出させる。  龍之介の健康的で血色のいいみずみずしい肌が真澄の眼前に曝された。  いきなり外気に曝されたせいか、胸の先にある桜色の突起がつんと固く勃ち上がって上を向いていた。  生意気そうにきゅっと尖っているその桜色の粒に人指し指で触れて、指先で弾くように転がしてやると龍之介の唇から無意識に甘い吐息が零れた。 「……んっ」  意識がないままでも感じているのだろう。  両方の乳首を親指と人差し指でぎゅっとつまんで押し潰すように捏ねると龍之介の薄く開いた口から喘ぎが漏れる。 「ふあ…ぅ、んんっ」  どれくらい行為を進めれば龍之介は目覚めるだろうか?  幼い頃に約束を破ったら針千本飲むといっていた彼に違うものを飲んでもらおうと思った。  そうすれば少しくらいは憂さも晴れるのではないかと。

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