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それぞれの過去~真澄×龍之介編~【11】
龍一郎と久しぶりに夕食を一緒に食べられる嬉しさから、龍之介は父との会話に夢中で、真澄と千鶴が話していることを全く聞いていなかった。
父親とじゃれあっている龍之介の手を取り、真澄は彼を自分の方へと向かせる。
「龍之介君。君の母君に許可は頂いたから明日から一緒に登下校をしようか」
箸を持っていた右手を真澄に掴まれたままの状態で、それを聞いて龍之介がきょとんとした顔で静止した。
「許可を貰った? いったいなんの話だ?」
龍之介は首をかしげていぶかしげな表情で真澄を見返した。
「僕が君に毎日、勉強を教えてあげる件についてだよ」
そう言われて龍之介はハッとしてちょっと前に真澄に言われたことを思い出した。
そういえばそんな話をしたっけなぁ~と思いつつ龍之介は白を切った。
「父ちゃん、麻婆豆腐も俺が作ったんだぜ!」
龍之介が麻婆豆腐が入った皿を真澄に掴まれていない方の手で取り、龍一郎に手渡した。
「龍之介君。人の話は最後まで聞きたまえ」
「味は感想は?! うまいだろ!」
龍一郎は苦笑しながらも龍之介に差し出された皿を受け取り、レンゲで麻婆豆腐を自分の取り皿に入れて口へと運んだ。
辛いものが好きな龍之介が作っただけあって、かなり刺激が強いが食材のうまみを消さない程度の辛さで、ほんの少しの甘さもある。
前に作った時の物より格段に腕が上がっているようだ。
「うまいか!?」
瞳を輝かせながらそう聞いてくる龍之介に龍一郎が答えた。
「ああ。これだけ飯がうまく作れるならいつ嫁に出しても恥ずかしくないな」
龍一郎が何に気なく口走ったボケに龍之介が鋭い突っ込みを入れた。
「俺は男だッ!」
「ははは! すまん、つい口走っただけで深い意味はないんだ」
そう言い合いをする父子のやりとりに真澄が割って入って話しを余計にややこしくした。
「龍之介君を僕にください」
真澄は目の前に座る龍一郎の手を取って、そんなことを言った。
「……嫁に?」
真澄が言った言葉の意味を探るように龍一郎が聞き返すと真澄は静かに頷いた。
真澄の顔や体つきはどこからどう見ても男で、龍之介も男だ。
ということはつまりは、そういう……。
「真澄! な、なな、何勝手に父ちゃんに変なこと言ってんだッ!」
「別に変なことじゃない」
「変な事以外の何物でもないだろがッ!」
龍之介は真澄の胸倉を掴み上げてそう叫んだ。
真澄はしれっとした顔で龍之介の手を軽くいなして外すと彼の額にデコピンを食らわせて黙らせた。
「はは、はははっ!」
「ふふっ!」
そのやりとりを見ていた龍一郎が突然、吹き出して口に手を宛てて笑い出した。
隣の席に座る千鶴も同様にクスクスと笑う。
龍之介は両親が笑い出したのを見て、デコピンを食らった額を涙目で押さえながら頬を膨らませた。
「君になら龍之介を任せても大丈夫そうだ」
龍一郎は笑ったせいで涙に濡れた目元を指先で拭いながら真澄を見てそう言った。
「ふふっ! よかったわねぇ、龍之介、年の近いお兄ちゃんが出来たみたいで」
千鶴は目を細めて微笑みながら、龍之介が幼少時代に男の兄弟が欲しいからとクリスマスになる少し前に
さたんのおっちゃんえ
おれはきょうだいが
ほしいので
おとーとをくさい!
というクレヨンででかでかとした赤い文字で書かれた手紙が枕元の靴下の中に入っていた。
それを見た千鶴は龍之介がすやすやと寝ている横で、吹き出しそうになり堪えるのが大変だったことを思い出した。
何が欲しいか書いた紙を靴下に入れて枕もとに置く様に言ったのは龍一郎だった。
千鶴が龍之介が寝ている隙にその紙を取り出して、今年は息子がプレゼントに何を欲しがっているのか確認してから、龍之介にないしょで買いに行く手はずになっていた。
千鶴は取り出した紙を次の日に早朝に残業を終えて帰って来たばかりの夫に見せ、やはりそれを見た龍一郎も、口を押さえて声を出して笑いそうになるのを、必死に堪えて、頬を紅潮させて、肩を震わせていた。
誤字が酷すぎるのがツボに入ったらしい。
サンタを間違えて゛さたん゛になっていて悪魔にお願いしていることになるし、弟をくださいが゛おとーとをくさい゛になっていてなにがなにやらだったのだ。
結局、プレゼントには千鶴がおもちゃ屋で選んで買ってきた、龍之介が大好きなヒーローの武器で、光る剣の玩具を与えた。
光る剣を与えられた龍之介は、ぬいぐるみや怪獣のフィギュア相手に一人でちゃんばらをして暴れて修行だと言って遊んでいた。
その後、龍一郎と千鶴の間に子宝は恵まれず、男の兄弟が、少々乱暴じゃないかと思えるふざけあいで、どつき合いながら戯れているのを、年末に毎年やっている゛大家族スペシャル゛をテレビで見て、うらやましがっていた幼い頃の龍之介の願いは叶わなかった。
それが数年の時を超えてこんな形で叶ったのだ。
「今までうちの龍之介とこんな風にやりあえる相手はいなかったんだが、真澄君になら安心して任せられそうだ」
龍一郎が言う事に千鶴も笑顔で頷いていた。
「私が言うのもなんだがうちの龍之介は正義感が強くて、それでいて空回りして暴走するタイプなんだ。
そんなヤツでよければよろしく頼む」
龍一郎は笑いで緩む口元を隠しながら真澄にそう言って軽く頭を下げた。
千鶴は龍一郎の隣で、微笑を浮かべて目を細くしてそんなやりとりを見ていた。
俺が欲しかったのはちゃんばらをする時に怪獣役をしてくれる弟であって別に年の近い兄が欲しかったわけではない。
それに真澄の誕生日などはまだ知らないが、自分よりも年下の可能性もある。
それを弟と決め付けるのはどうかと龍之介は思った。
本人は自分が童顔だという自覚がないためだれがどう見ても真澄よりも自分が年下に見えるとは気付いていなかった。
「俺が弟だってなんで決め付けるんだよ! 当の本人を無視して勝手に話を進めるな!」
「龍之介君の意思はどうでもいい。君の両親に僕が君を頼まれた訳だし」
真澄の目的は龍之介の両親を懐柔して龍之介との仲を認めさせることだった。
その計画の第一段階は特に難なくクリアーできた。
嫁に欲しいといった言葉の真意を龍之介の両親は重く受け取らずに軽く考えているようだが、それはおいおい少しずつでも理解してもらえるようにしていけばいいと真澄は考えた。
「明日からみっちり仕込んでやるつもりです」
真澄は千鶴に目配せしながらそう言った。
「ありがとうございます! 龍之介! 明日からしっかり勉強するのよ!」
千鶴は笑顔でそう答えてぐっと拳に力を入れて龍之介を見た。
「龍之介はお父さんの血を引いているんだから、できるできる! やれるやれる!」
つい素がでてしまい熱くなってそう言う千鶴を見て、真澄は龍之介の熱くなりやすい性格は母親似だったのだなと苦笑した。
「龍之介、あんたはやる気がないだけなのよ! お父さんもお母さんも学生時代は勉強はできるほうだったのよ! だから明日からやる気を出しなさい!」
母親にそう意気込んで言われて龍之介はうんざりだとでもいいたげな分かりやすい、嫌そうな顔をした。
それから真澄は、小林家に毎日、通うようになった。
龍之介は真澄に勉強をみっちりと教え込まれたかいもあってか、彼が行こうとしている学園に合格できるまでのレベルの学力を手に入れた。
龍之介はテストの点が悪かった時に仕置きと称して、真澄に手酷く何回も抱かれて、それに懲りたのか必死で勉強をするようになった。
初めてテストで80点台のいい点を取った日に答案用紙を両親に見せた時、二人してとても喜び、よくがんばったと努力を認められ褒めてくれたのがかなり嬉しかったようだ。
真澄が行こうとしていた若草学園は全寮制の男子校で、外界から閉鎖された空間だった。
長く辛かった受験勉強から開放され、高校に受かってからの龍之介は再びまったく勉強をしなくなり、遊びに夢中になり羽目を外すようになっていった。
入学試験に受かり、合格通知も無事に自宅へと届き、龍之介は晴れて来年の四月から若草学園へと通うことができる。
その安心感からか、勉強を強制されてずっとお預けを食って物置に積み上げられて未開封のまま放置されていたRPGや格闘ゲームをプレイしたり、映画を見に行った帰りにカラオケ屋に入り浸って散々遊び呆けて受験勉強で溜まっていたストレスを発散していた。
無論、本人は、真澄には内緒で遊び呆けていたつもりだったが彼にはすべてばれていた。
龍之介の行動や言動などわかりやすくて単純であるためすぐに誘導されて根が素直で嘘がつけない性格の為、ぼろを出して自分で白状してしまうのだ。
特に遊びに行くときに外出時、真澄ではなく、龍之介が物心ついた時から近所に住んでいて、弟分だった幼なじみの同級生の男子と一緒に映画を見に行ったりカラオケやゲーセンに行ったことが真澄は面白くなかった。
真澄はその龍之介の幼なじみと初対面時に
「必要以上に龍之介君にべたべたしないでくれたまえ。
もし龍之介君に手出ししようなら、その時はこの世のありとあらゆる苦痛を味あわせられた後に、息の根を止められる覚悟をしておくといい」
と半ば脅す様な形で釘を刺しておいたはずなのだが……
龍之介の幼なじみの少年は、癖の強い奔放に跳ねた金髪で後ろ髪をゴムで束ねていて、大きな青い瞳をしていて小動物を思わせるような容姿をしていた。
その幼なじみの少年の名前は、鏑木 虎次郎(カブラギ コジロウ)といい、物心ついたときから龍之介と仲が良くガキ大将だった彼の後をついて回っていたようだ。
龍之介の過去はミリアに調べさせて、彼の人間関係から家族構成、彼を取り巻く環境などすべて把握していた真澄はその幼なじみの存在と名前は前もって聞き知っていた。
その少年は背が低く、龍之介よりもさらに小柄で、細くて、見るからに弱々しくてイジメにでも合いそうな雰囲気を醸し出していた。
龍之介と初めて一緒に中学へと通う時に、龍之介の家の前で彼に出くわしたのが初対面だった。
毎朝、龍之介を呼びに彼の自宅前へとやってきて、一緒に登校するのが幼なじみの少年の日課であるという情報を、あらかじめ知っていた真澄はすぐにその少年が゛鏑木虎次郎゛であることに気がついた。
真澄は自分が龍之介と出会う前から彼と親しいというその少年を敵視して憎々しげに睨みつけた。
見知らぬ背の高い、黒髪の美少年に親の敵とでも言わんばかりの目で睨まれて無言の圧力をかけられ、涙目になった虎次郎は小林家の正門にあるインターホンを押そうとしていた手を止めて震え上がった。
そうこうしているうちに身支度を整えた龍之介が姿を現し、虎次郎に朝の挨拶をして彼の肩をばんばんと叩いて、歯を見せて屈託のない顔で笑った。
「おはよぉぉうっ! コジロー」
「ごほっ! りゅーちゃん……おはよぅ」
背中をばんばん叩かれて咽ながら、虎次郎は龍之介に挨拶を返した。
龍之介は気安く虎次郎の肩に腕を回して、彼とともに学校へと向かう通学路を歩いて先へと行こうとして、真澄の姿を見つけて、笑顔だった表情がみるからに嫌そうな表情へとわかりやすい変化をした。
「龍之介君。 君は今日から僕と一緒に登校する約束をしただろう?」
真澄にそう話しかけられて龍之介は虎次郎の肩に回していた腕を外して、彼を自分の背後へと守るように隠した。
龍之介と虎次郎が仲がいいというのは情報としては知っていたが、実際に見ると、余計に面白くなかった。
真澄は不機嫌などす黒いオーラを全身から放出させて虎次郎を威嚇していた。
自分以外の人間が龍之介にべたべたすることが許せない。
そんな真澄の様子を見て、龍之介の背後にいる虎次郎は余計にガクガクと震え上がった。
「コジローを必要以上に怖がらせるなよッ!」
龍之介は虎次郎を明らかに敵視している真澄を恐れることなく、強い眼差しで見返した。
彼は正義感が強く、そして空回りするタイプだと彼の父親である龍一郎から聞いていた。
見るからに小さく、か弱そうに見える虎次郎は、幼い頃にまだ少女だった真澄と同じく彼の保護欲をそそる存在なのだろう。
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