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それぞれの過去〜龍之介×虎次郎編〜【1】
虎次郎と初めてあった日からずっと真澄は一方的に虎次郎を敵視し続けて、遭遇するたびに彼を鋭い眼光で睨みつけて威嚇して萎縮させていった。
虎次郎は真澄に睨まれて威嚇されるたびに龍之介の元へと擦り寄って背後に逃げ込んで、隠れたりして彼は彼なりに身を守ろうと必死だった。
だがそれをするたびに、余計に真澄の怒りを買っているということに気がつかない虎次郎は、龍之介の背後にしがみ付いたり、服の袖を掴んだりをし続けた。
龍之介は龍之介で正義の味方気取りで、自分がか弱いものを庇護しているという感覚に酔っているのだろう。
怖がって助けを求める虎次郎にすがりつかれるのをまんざらでもない様子だった。
そんな真澄と虎次郎と龍之介の奇妙な三角関係は龍之介が卒業するまで続いた。
虎次郎は、卒業した後の冬休みの間中、龍之介に携帯で呼び出されては彼の羽を伸ばすための遊びに付き合わされた。
けれど虎次郎はそれがとても嬉しく、決して断ることはしなかった。
龍之介と遊びに出かけて、ファーストフード店で軽く腹ごしらえをして、真冬の寒さをしのぐために入った行きつけのカラオケ屋で初めて龍之介が春から通う予定の高校が全寮制であることを知らされた。
虎次郎は近所の海浜東付属高校を受験しており、龍之介とはおいそれと会えなくなることをとても悲観していた。
会えなくなったら龍之介の中での自分の存在など、きっと薄れてなくなってしまうのではないかと思った。
虎次郎は内向的で大人しく、龍之介しか気軽に話せる友達が存在しなくて、彼の背中にいつもすがりついたり、追いかけたりしながら、幼少の頃から過ごしてきてすっかり彼に依存していた。
真澄は真澄でそんな虎次郎を、龍之介に付く悪い虫扱いで寄生虫と蔑むような目で見て、態度が決して軟化することはなく日に日に悪化していった。
しかし卒業して全寮制の学園に龍之介を閉じ込めてしまえれば、虎次郎と龍之介を引き離すことができると真澄は真澄なりに虎次郎の細い首を掴んで、すぐにでも彼を絞め殺したいような衝動に駆られるのに耐え続けていた。
龍之介は虎次郎と入ったカラオケ屋でヒーローアニメの主題歌を必殺技や台詞部分を恥ずかしげもなく叫んで陶酔しきって熱唱していたが、それももうきけなくなるのだなぁと思い虎次郎はとても寂しく感じていた。
虎次郎の空色をした瞳が、見る見るうちに涙で溢れて、視界がゆらゆらと滲んで見えなくなった。
物心付いたときからずっと龍之介の背中を追い続けていた虎次郎は新しい学校でうまくやっていける自信がなかった。
龍之介が自分からいつか離れていってしまうのではないかと、予想はしていたがいざその日が訪れるのだと思うと、虎次郎はとても悲しくなった。
急にぼろぼろと泣き出した虎次郎を見て龍之介が彼の元へと駈けつける。
「コジロー! 急に泣き出したりしてどうしたんだ?!」
虎次郎は零れ落ちる涙を長すぎて、手のひらが半分隠れている服の袖でぐしぐしと拭った。
「……りゅーちゃん」
虎次郎が消え入るような声で龍之介の名前を呼び、潤んだ瞳で彼を見返した。
「俺の歌声に泣くほど感動したのか?!」
龍之介は自分の熱唱で胸が熱くなり虎次郎が泣いているとてんで的外れの勘違いをして得意げな顔をする。
「いくら俺の歌が上手過ぎるといっても泣くほど感動するなんて……」
「ううん」
龍之介が続けようとしていた台詞を虎次郎は遮り首を左右に振って否定した。
龍之介としてはそこは首を縦に振って肯定して欲しいところである。
「なんだ、違うのか?!」
歌に感動してないている訳ではないと分かり、龍之介はがっかりした表情になり残念そうに言う。
「うぅっ! ごめん……でも、新しい学校にいっても僕のこと忘れないでね」
そう言い出した虎次郎を見て龍之介は彼の不安げに震える肩を掴んで、奔放に跳ねて逆立つ金髪を撫でてやった。
「あたりまえだろ! 俺の心友(しんゆう)は後にも先にもお前だけだ!」
心の友とかいて心友という言葉は龍之介が大好きなヒーローの言葉だ。
けれど、頼もしく胸を叩いてこともなげにあたりまえだといってくれる龍之介のその言葉が嬉しくて虎次郎がまた大粒の涙を溢れさせた。
「なにか困ったことがあれば、いつでもメールよこせよ!」
そう満面の笑顔で言う龍之介の言葉に頷いた。
「うん……」
あえなくても電話で声を聞けるしメールで言葉を文字の羅列に置き換えて自分の思いも伝えることができる。
けれど実際にあって声を聞く事と言葉を交わすのとは違う。
相手の表情は見えないし体温も感じられない。
それがなにより辛かった。
でも……
「俺たちずっと友達だ!」
龍之介は少々乱暴と思えるくらいの力で虎次郎の背中をばんばんと叩いて元気つけようとしていた。
゛俺たちずっと友達だ゛
龍之介が言ってくれたその言葉がなにより嬉しい。
「うん……うん……」
虎次郎は瞼を閉じて繰り返し頷くと龍之介の胸元の服を掴んで彼を見上げた。
龍之介は泣き笑いで何度も頷く虎次郎に少々胸がきゅんとして彼を抱き寄せる。
龍之介よりもさらに小柄で華奢な虎次郎は抱きしめれば、腕の中にすっぽりと納まってしまう。
思い返せば真澄が転校してきてからこうやって虎次郎と二人きりで話したり、触れ合う機会がほとんどなかったように思える。
幼なじみで真澄がいない間は一緒に学校に登校して、昼休みも放課後も共に過ごして、それが生活の一部として馴染み当たり前のように思っていた。
それがある日突然、やってきた一人の少年の介入によっていとも簡単に崩れ去ってしまった。
虎次郎と過ごせる時間がほとんどなくなり、龍之介の傍には常に真澄がいて今度はそれがだんだんと当たり前の日常になっていった。
虎次郎は真澄が怖くて不用意に龍之介には近づくことすらできずに少し離れた場所からじっと見続けていた。
真澄と話をしている龍之介を物陰からずっと伺い、声を掛けたくてもできないまま一年が過ぎ去り、そして今やっとこうして話をして触れ合うことができて自分にとっての龍之介の存在がどういったものか分かったような気がする。
いつも元気で、明るく、前向きでまっすぐで、誰とでもすぐに仲良くなれる龍之介の後を追い続けて彼を見続けてきて、憧れに近い想いを抱いていたが、真澄の出現によりそれすらできなくなり、龍之介が彼と共に過ごしているのを見て嫉妬に近いようなもやもやとした気持ちをくすぶらせていた。
幼い頃からずっと龍之介の傍にいたのは自分だったのに……。
龍之介と違って、勉強も運動もそこそこはできるものの、内向的で暗くて人と話すことすらなかなかうまくできない自分とでは元々釣り合いが取れていなかったのかもしれない。
それに比べて真澄は、勉強も運動も完璧にこなし、誰もが見とれるほどの美貌に何もしていなくても他人をひきつけるカリスマ性まで持っている。
何をやってもぱっとしないみそっかすの自分よりも彼の方がいいに決まってる。
虎次郎はそんな風にネガティブに考えて、半分諦めにも似たような気持ちになり、だんだんと龍之介に自分から接触しようとすることすらなくなっていった。
けれどこうやって龍之介に抱きしめられてやっとはっきりとした自分の気持ちを再認識した。
そう、自分は龍之介の事が、きっと好きなのだ……。
全寮制の学園へと彼が行ってしまいおいそれと会えなくなる前に自分の気持ちを伝えたくて、震える声で、聞こえるか聞こえないか分からないくらいに小さな声で、言葉にして龍之介の耳元に唇を寄せて吹き込んだ。
「すき……」
耳元でそう消え入りそうな声で囁かれて、龍之介は頬をほんの少しだけ紅潮させて驚いたような顔をして虎次郎を見た。
龍之介のその態度を見て自分の気持ちが伝わったのだと、確認した虎次郎は恥ずかしくなって、瞼を伏せて耳まで真っ赤に染まった顔を両手で覆い隠してしまう。
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