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それぞれの過去〜龍之介×虎次郎編〜【2】

     ゛すき゛というたった二文字の言葉を口にするのが虎次郎にとってはとても勇気のいることだった。  他人の顔色ばかりいつも伺い自ら発言することはほとんどないようなあまり多くは語らない内向的で無口な性格だった。  その彼が思い切って、恥ずかしいのを堪えてやっとのことで口にしたすきという告白を聞いた龍之介はその言葉の意味をあまり深くは考えず、ただ目の前でまるでりんごのように真っ赤に染まった顔を覆い隠して、恥じらって自分の腕の中にいる虎次郎を可愛いと思った。  いつも自分の後を一生懸命に追いかけてついてきてくれる弟みたいな虎次郎が龍之介は好きだった。 彼は自分の意見を口にしないし多くは語らない。  というよりも、あまり自分では物事を考えて決断することはせずに他人の意見にすべてを委ねて流されてしまうようなタイプだった。  彼だけは誰とも違って、龍之介の言うことやすることを特に反対することはせずに黙って頷いて付いてきてくれる。  だから龍之介は虎次郎のことが好きだったし、小さくて細くて気が弱い彼を自分が守ってやらなくてはという気持ちにさせられ、保護欲も満たされていた。  そんな虎次郎が珍しく自分の気持ちを口にした今、龍之介の虎次郎に対する好きの気持ちがただの弟分としてではない好きに変化した。  好きというよりも愛しいという気持ちの方が強くなった。  虎次郎は自分が守ってやらなくてはという気持ちはより強くなっていた。   「コジロー!  俺もお前のことが大好きだ!!!」  龍之介は素直に今の自分の気持ちを包み隠さず大声で叫び、虎次郎を抱きしめる腕にさらに強く力を込めた。  虎次郎はまさか自分の告白が龍之介に受け入れられるとは思っておらず、彼と離れ離れになる前に、自分の気持ちを伝えておきたかっただけで玉砕覚悟という悲壮な決意をしてやっとすきという2文字の言葉を口にしたのだ。  龍之介に漫画であればむぎゅぅ~っという擬音が使われていそうなほどに力いっぱい抱きしめられて、顔を覆い隠していた手をどけて驚愕したまま目を見開いた状態で彼を見上げた。     ゛大好きだ゛と躊躇いもなく口にした龍之介の瞳は一切の淀みはなく、ただ自分の感じたままを素直に伝えているだけだというのが分かる。  幼い頃から龍之介を見続けてきた虎次郎にはわかる。  龍之介は嘘がつけない馬鹿が付くほどに正直で素直なまっすぐな人物であるということが。  その彼が口にする言葉はいつも真実で嘘は一切なかったからだ。  けどそれでも、虎次郎は自分の告白が受け入れられたということがまだ信じられなかった。  みそっかすの自分なんかをなぜ龍之介が好きになってくれるのかまったく分からない。  それに、最近の龍之介はいつも真澄と共にいて彼と親しいように見えたのに……。  龍之介がすきなのは、付き合ってるのは、天上院真澄であって自分なんかに付け入る隙などないと思っていたのだ。 「りゅーちゃん……」  小さな震える声で名前を呼ばれた龍之介は無邪気な笑顔で歯を見せて笑いながら返事をした。 「なんだ、コジロー!」 「りゅーちゃんは、その、天上院君と付き合ってるんじゃ……?」 「俺が真澄とか?!」 「う……うん」 「付き合ってるとかそういうのはよくわからないけど、真澄のことは少なくとも今は好きじゃない」  と龍之介は、はっきりとなんの躊躇いもなく答えた。  じゃあ、なぜ最近の彼は常に真澄と共にいるのだろうか? 「で、でも、りゅーちゃんは天上院君がきてからずっと彼と一緒にいたでしょ?」  虎次郎にそう疑問を口に出されて問いかけられて龍之介は大げさに首を振って否定した。 「俺が好きであいつと一緒にいるわけじゃない。あいつが勝手に俺と一緒にいるだけだ!」  そうだったのか……。  虎次郎はそれを聞かされてやっと胸のつかえが取れてすっきりして、気が抜けてしまった。  ずっと嫉妬心からささくれだって張り詰めていた気持ちが落ち着き、ほっとしたような気がした。      龍之介と真澄は両思いで付き合っているからずっと行動を共にしているものだとばかり思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。  けれど、それが分かったところで、真澄が龍之介の傍に居続けることは変わらない。  龍之介が受かったという学園に真澄も共に通うという話を龍之介から直接、聞いたばかりだ。  全寮制学園という閉鎖された空間で真澄と共に過ごしていくのだ。  今までもずっと真澄が怖くて龍之介と接触できなかったのに、別々の学校に通い出して、離れ離れになれば、さらに会える機会が減るだろう。  龍之介が真澄のことを好きではないということが分かっただけで、完全に不安や心細さがなくなったわけではない。  ずっと龍之介の背中を追い続けて生活してきてそれが当たり前だった。  新しい学校で一人きりでこれからどうやってやっていけばいいのか分からない。  そんな不安や心細さが顔に出ていたのか、龍之介に頭をぐしゃぐしゃとかき回すように撫でられて元気付けられた。 「りゅーちゃん……」  虎次郎が消え入りそうな小さな声で自分の気持ちを精一杯伝えようとしているのに龍之介は気付いて黙って、彼の言葉に耳を傾ける。 「僕のことずっと好きでいてくれる?」  虎次郎が震える、か細い声で恐る恐る龍之介に聞いた。 「当たり前だろ!」  龍之介は、さも当然の事のように力強く頷いた。 「りゅーちゃん、あのね、りゅーちゃんの好きと僕の好きはきっと違う好きなんだよ」  虎次郎が言い出した言葉に龍之介がまるで意味が分からないというような顔をした。 「違う好きって?!」 「…………」  嫌われたらどうしようとか、気味悪がられるかもしれないと少しだけ迷って、虎次郎は龍之介の顔色を伺うように見上げて、そしてそのままそっと自分の唇を彼の唇に押し付けた。  虎次郎に口付けられて、彼の小さな唇の感触が自分の唇に触れて、龍之介は目を見開く。  完全に不意打ちで、まさか虎次郎が自分にキスをしてくるなどとは露ほどにも予想していなかった龍之介は驚いた表情を貼り付けたまま動けなかった。 「僕の好きは、りゅーちゃんとこういうことがしたい好きだから……」  虎次郎は唇を離して、龍之介を見上げたままでそう呟いた。  こんなことをして、きっと龍之介に変に思われただろうと俯いて瞼をぎゅっと閉じて龍之介がなんて答えるか続く言葉を待つ。 「…………」  返事を待つ間の沈黙がとても長く感じられて、胸が張り裂けそうなくらいにドキドキした。  龍之介は真っ赤な顔をして、俯いている虎次郎を見て、さっきされた口付けの感触を思い出していた。  なぜか同性にキスをされたはずなのに嫌悪感はまったくなく、自然に受け入れてしまった。      真澄に慣らされたせいもあるかもしれない。  けどそれ以上に、虎次郎は自分よりも小柄で、大人しくて守ってやりたくなるような儚げな雰囲気を持っていて、同性であるという感覚があまりなくて、そのせいもあるかもしれない。  こういうことがしたい好き……ということはキスもキス以上のこともしたいということか?!  俺が真澄としてるような、あんなこととかこんなこととかそういう……えっちなこととかそういうことをしたい気持ちも含めた好き?  龍之介はそんなことを考えて混乱したままの状態でさらに頬を紅く染めた。  心臓がドキドキして、顔と身体が熱くなってきた。 「…………」  長い沈黙が続いて、耐え切れなくなったのか、虎次郎が瞼を開き俯いていた顔を上げた。  彼の頬も赤く染まって瞳は涙の膜で潤んで、龍之介を見上げてその大きな空色の瞳に姿が映りゆらゆらと揺れている。  壁際に追い詰められるような形で寄りかかっている龍之介の胸に手を置いて半ば虎次郎が迫るような形で二人は見つめ合って固まる。  いつまでたっても動かず、何も声を発しない龍之介を不安げな目で見つめている。  龍之介の驚愕を貼り付けたままの大きな金色の瞳に映る自分の姿が見えるくらいに至近距離で、また唇と唇が触れ合いそうなくらいの距離で、耐え切れなくなった虎次郎が先に口を開いた。 「……やっぱり、こんなのおかしいよね? 僕もりゅーちゃんも男の子なのに」  そう消え入りそうな声でやっと口にした虎次郎は悲しげで今にも泣きそうな表情になった。 「ごめんね……こんなことしたら、りゅーちゃんに嫌がられるのわかってたのに、こんなことして……もう、しないから、だから嫌いにならないで……」  震える声で途切れ途切れにそう言った虎次郎を見たまま固まっていた、龍之介だが、不意にハッと我に返り、自分が思ったままの気持ちをやっと素直に口にした。 「別にぜんぜんまったく嫌じゃなかったぞ!」  龍之介のその意外すぎる言葉に虎次郎は驚いて彼を見上げる。 「嫌じゃなかったって……」 「おう、なんでかしらんが、嫌ではないぞ!  コジローの事これくらいで嫌いになるようなら心友じゃないと思うし、とにかく俺はコジローの事は好きだ」  そう答えた龍之介の瞳に一切の淀みはなく、思ったことを素直にそのまま口にするまっすぐで嘘がつけない彼の言葉だからこそ信じられた。

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