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若草祭には誰が出る?!【2】

    結局、翼は礼二を背中に半分背負っているような状態で歩き続けてやっとの思いで玄関口へと辿りついた。  玄関口の前には入学式の日にプラカードを掲げて新入生の案内をしていた教師が立って登校して玄関に入ってくる生徒らに挨拶をしていた。 「みなさん、おはようございます!」  翼たちが大所帯でぞろぞろと玄関口に入ってきたのを見て、にこやかに朝の挨拶をして軽く会釈をする。 「「「おはようございます」」」 「おはよおぉうぅっ!」 「はよざいまぁ」 「はよっス!」  それぞれが自分にあった挨拶を教師に返した。  無難に「おはようございます」といった3人は翼、真澄、佐藤で「おはよおぉうぅっ!」と無駄に声を張り上げて挨拶をしたのは龍之介だ。  「はよざいまぁ」とへらへらと軽い挨拶を返したのが馨で「はよっス」と語尾にスをつけて挨拶したのは鈴木だ。  礼二は翼の背中にしがみ付いたままで挨拶は返しておらず無言だった。  一人だけ挨拶を返さない生徒がいるのに気がついてその教師は礼二の下へとやってきて、優しげな笑顔で様子を伺い見て声を掛けた。 「おはようございます」  再度礼二の目を見て微笑を浮かべて挨拶をする教師に礼二がきょとんとした顔をする。 「朝、学校に来た時は『おはよう』 帰るときは『さようなら』 ちゃんと、挨拶を、しないといけませんよ」  幼い子供に言い聞かせるように、ゆっくりと一つ一つの言葉を区切りながらいって礼二の眼前に人差し指を立てて軽く振った。  言葉だけではなく手振りでもダメですよというのが伝わるように言う教師を見てやっと礼二が挨拶を返した。 「おはよう」 「はい。おはようございます。ほら、ね。挨拶をすると気分がいいでしょう?」  笑いかけながらそういった教師の言葉に礼二は頷いた。 「ふーん。そういうものなのか」  となんの感情も込めずに言い、なんとなく頷いただけでやはり、よくはわかっていないようだった。  礼二は実の両親とすら、ろくにコミュニケーションを交わさずに隔たった生活してきたせいか、普通の子供であれば当たり前の事さえ身についてはいなかった。  礼二には当たり前の事がわからない。  父親は礼二のこんなところを心配して、集団生活に慣れさせようとして、彼をこの学園に入学させたのだ。 「先生、すみません、兄貴が失礼な事を……」 「いいえ、彼に悪気がないのは見て分かります」 「なぜ、そう思うんですか?」 「なんとなくです」  そう笑顔で言う教師はどこか浮世離れしたような雰囲気を醸し出していた。 「自己紹介が、まだでした。 私はA組担任の木崎 心一<キザキ シンイチ>です。 よろしくお願いします」  そう言って木崎と名乗ったその教師は翼に握手を求めて、手を差し出した。 「美空翼です……あ、兄貴の方は牛山礼二です。 こちらこそ、よろしくお願いします」  翼は、差し出された木崎の手を掴み握手をして軽く頭を下げた。  その場にいる翼以外の生徒らがみんな自己紹介を次々として木崎と握手をしていった。  龍之介だけは差し出された手を掴む前に、真澄に手首を掴まれて木崎と握手をするのを妨害された。  龍之介が自分以外の誰かましてや男に触れること等、許しがたく不快に感じる真澄は木崎と握手をしようとした龍之介の腕をとっさに掴んで止めたのだ。  そして真澄自身は挨拶だけを丁寧に返し、求められた握手には答えずに拒否をするという失礼な態度を取った。  木崎はそんな真澄の態度に気分を害した様子もなく、柔らかい笑みを浮かべたままで、和成のほうを見た。 「羽瀬君は私のクラスですから。一緒に教室まで行きましょう」  そう言われて、和成は頷き、玄関口を通り抜けて、靴を脱いで上履きに履き替えた。  翼たちもあとに続いてそれぞれの靴箱へと靴をしまい上履きに履き替えて、廊下へと向かった。  玄関を出てすぐの廊下にあるA組の引き戸の前で馨は足を止めて和成の腕を掴んで引き寄せる。  馨はこの世の悲劇を一身に背負ったように悲しげな表情で和成を力いっぱい抱きしめた。 「よりによって和成君が僕の在籍するクラスのG組から一番離れたA組になるなんて!」  そう悲壮感に満ち溢れた声でオーバーに言う馨の額に和成の手刀が振り下ろされた。 「いいから、はやく、離れろバカオル!」  人前でべたべたされるのが恥ずかしい和成は馨が抱きしめている腕を掴んで離れようとした。 「昼休みまで和成きゅんに会えないなんてぼかぁ耐えられそうにないよ!」 「寮に戻ったら四六時中一緒にいるだろ!」 「それとこれとは話が別だよ! 一分でも一秒でも愛する人と一緒にいたいと思うのは自然な事ですたい!」  馨と和成が夫婦喧嘩をし始めたのを見て翼はまたかと思いつつそれを傍観していた。  木崎は馨と和成、二人のやりとりを見ても特に動じたような様子もなく、柔らかい笑みを浮かべ 「羽瀬君、お先に失礼します。ごゆっくり」 となんでもないような素振りで声を掛けてから引き戸をスライドさせて教室内へと入り姿を消した。  A組の教室内へと先に姿を消した木崎の台詞を聞いて、和成は担任の教師に男に抱き付かれているところを見られ、恥ずかしさで、顔を紅潮させ、みるみるうちに涙目になった。  和成は馨の顔面に勢いよく頭突きを食らわせて彼から慌てて身を離した。 「ぐおっ!」  馨がうめき声を上げて頭突きされた額を抑えてうずくまっているのを見て、少々うろたえてどうしようか迷いが見える表情になったが 「ううっ……馨の馬鹿」    と一言だけ言葉を残して、和成は彼に背を向けてA組の引き戸を開けて中へと駆け込み姿を消した。 「うわああぁぁっ! 和成きゅうぅぅぅんっ!」  そんな馨の叫びも空しく、何とか立ち上がり和成を追おうとした彼の眼前で無常にも扉は閉ざされた。 「ああっ! なんてことだっ! 神さえこの僕の美しさとそして和成きゅんと僕のあまりの仲の良さに嫉妬して二人を引き離そうとするなんて! 僕は貴方を恨みます、そして……」  また無駄に長ったらしくてナルシスト全開な台詞を涙ながらに熱く語っている馨の頭に出席簿の角が打ち込まれた。 「うごすっ!」 「朝っぱらからなに騒いでやがんだ、うっせーよ、しねかすぼけっ!」  馨が騒いでいる現場にちょうど遭遇して通りかかった和彦が背後から馨の頭頂部に出席簿の角を打ち込んだのだ。  和彦の背後には、F組担任の音楽教諭の手塚と G組の翼達のクラス担任の西野が立っていた。  三人でそれぞれの教室に向かうところだったらしい。 「っいて! 邪魔ったらしいところにつったってんなよ!」 「あああ、す、すみませええぇんっ!」  西野は痛そうに額を抑えてうめいている馨を見ておろおろとして、ちょうど通りかかった生徒とぶつかって謝り、相変わらずのドジっぷりを発揮していた。  それを見て翼がやれやれと言った風にため息をついて自分の腕にしがみ付いたままの兄の頭を撫でた。  他のやつらが騒がしいが自分の兄は何事も起こさずに比較的大人しくしている。  翼に頭を撫でられて礼二が嬉しそうに笑い、そんな兄弟二人のほのぼのとしたやりとりとは正反対に、怒りの収まらない和彦を手塚が宥めて、どうにかして落ち着かせようとしていた。 「和彦先生、ちょっと、落ち着いてください」  手塚先生は変り種ばかりが集まる若草学園にいる教師勢の中で唯一まともで、ただひとつの良心であり希望でもあった。  G組が荒れてどうしようもなくなり本当に困ったときは彼に頼る事になるだろう。    そう思いつつ翼は場が落ち着いてきた頃を見計らって手塚に声を掛けた。 「手塚先生、昨夜はお世話になりました」  コンビニで初めて会い、おごってもらった件のことで再度彼に礼を述べる。  一週間分くらいの食料を買い込んだのだから結構な金額だったはずなのに、嫌な顔一つせずに全額支払ってくれたのだ。 「いえ、お気になさらず……おはようございます」 「おはようございます」  気にしなくていいと手を軽く振り朝の挨拶をする手塚に翼は無難に挨拶をし返した。 「和彦さん、ひどいじゃないですか!」 「うっせぇ! キモイ台詞を恥ずかしげもなく大声でぺらぺらとくっちゃべりやがって……普通にさぶいぼが立つわ! まじ、うぜえなおめー」  馨は和成に頭突きをされた額と、和彦に出席簿のとがった部分で突かれた頭頂部を、摩りながら涙目で和彦に訴えかけるが、容赦なくキツイ台詞で一蹴されてしまう。  和彦と馨が喧々囂々(ケンケンゴウゴウ)と言い合いをしている中で、それを唖然とした面持ちで傍観していた翼に、今しがたぶつかった生徒に謝罪をし終えたばかりの西野が遠慮がちに声をかけてきた。 「あ、あの、美空君、おはようございます」    なにはどうあれまずは朝の挨拶をと思い翼に声を掛けたのだが、その後に話そうとしていた言葉は、さっき通りかかった生徒にぶつかったときにすっかり忘れてどこかへ消えてしまった。 「おはようございます」  翼は無難に挨拶を返すと自分の腕にしがみ付いている兄の頭に手を置いて軽く会釈させる。 「ほら、さっき木崎先生に教えてもらったばかりだろ? 朝の挨拶」  そういわれて「ああ」と頷いてようやく礼二も西野に挨拶をした。 「おはよー」  礼二に朝の挨拶をされて西野は少々うろたえて怯えつつも挨拶を返す。 「う、牛山君、おは、おはよう……ございま、す……あう」  何の躊躇もなく椅子を投げて、窓ガラスを破壊した生徒である。  またなにがきっかけで暴走するか分からない彼におっかなびっくり腫れ物を扱うような態度になるのは仕方ない。  多分、正常な人間であればこれが普通の反応だ。  翼はこういうことがきっかけで幼い頃に同級生に西野がしたのと同じような態度を取られるようになり、礼二がその場に居らず翼が一人でいる時を狙われて、イジメにもあうようになっていった。  でも、西野はそいつらとは違う。  礼二が停学にされそうになっていたのを校長に頭を下げて取り下げさせたのは彼なのだ。  彼は彼なりに礼二を理解しようとして、歩み寄ろうと一生懸命努力しているのが分かる。  だからこそ、翼は今までイジメにあっている自分を見てみぬふりで見捨ててきた大人たちと違い西野は信用できると思った。  手塚は馨と言い合いをしている和彦の肩を掴んで、声を掛けた。 「それくらいにしてそろそろ教室に向かわないと……」  言いながら、この場に留まっている面子を見やってから、ずれた眼鏡を人差し指で押し上げる。  佐藤は鈴木とたわいもない話をしており、龍之介は木崎と握手しようとしてそれを真澄に妨害された件で腹を立てて頬を膨らませていた。  真澄はそんな彼の隣に無言で立っている。 「チッ! しゃーねーな。 今日のところはコレくらいで勘弁してやらあ」 「ああっもう、いたい! 何でいつも額ばかり狙って……ハゲたらどうするのさ!」  和彦が馨の額にデコピンを食らわせ、馨がぶつくさ文句を言うのを軽くいなして、手に持って武器に使用した出席簿を西野に手渡した。 「ほら、これ返す」 「ああ、は、はい……」 「おらっ、さっさと教室に行くぞ!」  馨の頭を突くのに使われた出席簿はどうやら西野のクラスのものだったらしい。  和彦は西野の肩を掴んで彼と共に歩き出して先に行ってしまった。  先に歩き出した和彦と西野の後を手塚が追い、教室に向かって歩き出したのを見て、翼も長い廊下を歩き出した。  翼以外のG組の面子も彼に続きぞろぞろと教室に向かう。  途中F組の前で手塚と和彦と西野がやりとりをして、「じゃあまた」と軽く別れの挨拶をして 「それじゃ、和彦先生、西野先生の事、くれぐれもよろしくお願いします」  そう言って軽く手を振ってから手塚は自分が担任をしているF組のクラスの引き戸を開けて中へと姿を消した。  手塚と別れて、そのまま西野と共に教室へと向かう和彦を見て、保健医はG組に用があってきたのだろうか?と翼は思いながら後ろを歩き、G組の前へと辿りついた。  G組はやはり他のクラスよりも騒がしく、ガタガタと暴れるような音も聞こえてきて中がカオス状態なのがわかって翼はため息をついた。  昨日は、礼二が備品の椅子を投げて、ガラス窓を叩き割るという破壊行為で、騒いでいる生徒達を大人しくさせたが、今日はそういう行為は一切しないように、念を押して約束させてあるから、暴れたりはしないはずだ……。  翼は腕にしがみ付いている兄の表情を伺い見る。  当の礼二は、瞼が半分閉じかけて、とろんとまどろんでおり、頬は紅潮している。  息も浅く、少々苦しそうに見える。  はやく教室に入って、礼二を席に着かせて休ませてやろうと翼も西野と和彦の後を追いG組の引き戸を開いて中へと入っていく。  翼以外の面子もぞろぞろとその後に続いた。  教室に入るのが最後になった鈴木が引き戸を閉めて、佐藤と共に自分の席へとそそくさと向かった。

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