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若草祭には誰が出る?!【3】

   相変わらず騒がしいG組の生徒らを、静めて纏めることができない西野は早くも涙目になっていた。 「み、みなさん、席に、ついて…くだ…くださ…ぃ……」  萎縮して徐々に小さくなる語尾に、震えるか細い声ではクラスの誰一人西野の言葉に耳を傾けるものは居らず、騒がしい教室内は混沌としていくばかりだ。  それを見て、面倒くさそうに猫っ毛の銀髪をぐしゃぐしゃと引っかいて、ため息をついてから和彦が教壇へと上がる。  教壇に上がって早々に和彦は両手を思いっきり振り下ろしてばんばん教卓を叩いて好き勝手暴れている生徒達の注目を集めた。 「おらぁっ! G組のカスどもさっさと席に着きやがれ!」  そう叫んだ和彦の台詞に生徒らは一瞬だけ固まって、静まり、しぶしぶと自分の席へと着席し始めた。 「保健医のやつ、何しにきたんだ?」 「カスどもとかひっでー」 「教育委員会にチクッてやんよ」 「教師の横暴反対」 「銀髪鬼」  生徒らは口々に和彦に悪態を吐きつつ、ぞろぞろと全員、自分らの席へと着席した。  なんとか騒がしかったクラスを纏めて、生徒らを席に着かせた和彦は西野の背中を押して教壇に上がらせて、彼を自分が立っていた位置に立たせる。  教室が静かになって落ち着いてから翼は礼二と共に窓際にある彼の席に向かい、椅子を引き出して座らせた。  礼二のすぐ後ろが自分の席である馨も着席して、真澄は龍之介と共に自分の席へと向かい着席した。  なぜか龍之介と真澄の席は隣同士になっており昨日と席順がかわっていたのが気になったが、それは頭の片隅にでも置いといて翼も自分の席へと向かおうとした。  が、礼二が翼の腕にしがみ付いたままで着席していて、離さず、引き止められてしまう。 「兄貴、腕放せ」 「今日はずっと翼の傍にいるって約束したもん」 「四六時中貼りついていろという意味じゃない。いいから離せって」  そんな兄弟二人のやりとりを見ていた生徒らが口々にそれをネタに会話をしている話し声が聞こえてくる。 「おい、聞いたか?!」 「ああ」 「礼二様゛したもん゛だってよ」 「クレイジーだぜぇ……」    「くそっ! かわいいな!」 「礼二たんはあはあ」  ……な、なんなんだ?  気色の悪い反応をするクラスメイト達の会話の内容を聞いて翼はぞっとする。  礼二がなぜかG組の人気者というかまるきりアイドル扱いのようなこの生徒らの反応は……。  気色が悪いというような顔をしている翼を見て、先ほどの生徒らの話を聞いていた馨が翼にだけ聞こえるような小声で 「昨日、ネットサーフィンしてて若草学園のホームページを見ていたんだ」  急にそんなことを言い出した馨に翼は訝しげな表情をした。 「それがどうかしたのか?」 「いや、それが雑談板に『クレイジー牛山を全力で愛しそして見守ろう!』というファンクラブみたいなスレが立てられてて……」 「はあっ?!」  馨がいう突拍子もない話に、翼はつい素っ頓狂な声をあげてしまう。 「まあ、詳しい話は、休み時間にでも……」  馨に小声でそう言われて翼はとりあえず頷いた。  礼二の隣にずっと立ったままの翼に椅子が用意される。 「礼二様の弟様!」 「席どうぞ!」  馨のさらに後ろに着席していた生徒二人がどこからともなく椅子を用意してきてくれて座るように促してきた。 「あ、ありが……」  翼が言い終わらないうちにその生徒らは何事もなかったかのように自分の席へと戻り着席した。  翼は仕方なく礼二に腕を掴まれてくっつかれたままその隣に用意された椅子に着席した。  詳しい話は休み時間になってからだ……とにかく今は西野の話を聞くことに専念しよう。    当の礼二はといえば翼の腕にしがみ付いたまますやすやと寝息をたてはじめて眠り込んでしまった。  寝ていれば暴れることもないので兄をそのままにして、翼は教壇に立つ担任に注目した。 「え、ええー…みなさん、今日はこの学園の伝統行事等について説明をしたいと思います。  ……ですが、自分もこの学園に来てまだ日が浅いので、羽瀬先生に来ていただきました」  昨日、入学式が終わったばかりで、今日は授業も特にない日で、新しく自分達が生活していく場である若草学園の事について知ってもらい理解を深めて貰おうという事のようだ。  西野自身もこの学園に来て日が浅いため、一つの街と呼べるほどに広い設備や施設がある若草学園の事をすべては把握できておらず、生徒に案内をして施設の説明をしてまわるのは無理があったため、勤続年数が長く、学園内の施設や行事をほぼ把握している和彦に手伝いに来てもらったのだ。 「まあ、おおまかに食堂、学生寮、校舎内は案内しなくても把握できてることと思う」  和彦がだるそうにそう言うのを聞いて翼は、学校案内に掲載されていた学園内の地図のことを思い出した。  確かにあれをみれば大体の場所は分かる。      実際に行って見てみるのとは違うだろうが、迷ったとしても今は携帯のGPSでいつでも場所を把握することができる。 「というかいちいち施設を集団で見て回って、説明するのが面倒くせえ。 学園案内の地図を見るなり携帯を使うなり若草学園の公式ホームページでも見て自分らで各自調べるなりなんなりして勝手に把握しておけ!」 と投げやりなことを言う和彦に生徒達が野次を飛ばした。 「そんなんでいいと思ってんのか保健医!」 「いい加減すぎるぞ保健医!」 「保健医の若作りは異常!」 「ああもう保健医!」  好き勝手な事を口々に言う反抗的な生徒に青筋を立てつつもなんとか怒りを抑えて和彦は話を続けた。 「……今から説明すんのは、この学校の行事についてだ。今から一番近い時期にあるのは5月初旬に行われる若草祭だな」  若草祭……この学園の名前を冠したその行事がいったいどういう行事であるか想像もつかないのだが……。  祭と呼ばれているからには、なにか文化祭や体育祭のような出し物でもやるのだろうか?  翼の考えを代弁してG組の生徒らが挙手をして和彦にどういった内容の行事であるかを聞いた。 「保健医ー! 若草祭っていったい何をする行事のことですかー?」 「内容を分かりやすく説明してくださーい! 保健医さんよー」 「そしてなるべく短く簡潔に頼む! 保健医!」  語尾や出だしに必ず保健医という単語を入れなければいけないという暗黙のルールがいつの間に出来上がったのか、G組の生徒達は始終和彦のことを舐めきっていてふざけている。  フレンドリーすぎるG組生徒達の態度に和彦は堪忍袋の緒が切れそうになるが、手塚にくれぐれも西野のことを頼むといわれている以上はここで自分が生徒にあおられるままにぶち切れて収拾がつかなくなる事態だけは何とかして避けたい。  西野をフォローするために来た自分が騒ぎを起こしては本末転倒である。 (ぐうぅ……我慢……我慢だ……耐えろ、今は耐えるんだ……)  和彦は心の中で呪文のようにそう繰り返して気を静めて、引きつった笑みを浮かべ無理矢理上げた口端をヒクヒクと引きつらせながら、生徒らの質問に答えた。 「若草祭は要するに新入生歓迎会」  それを聞いた生徒達がなるほどというような顔をしてみな一様に「おおー」と声を出したり頷いたりした。  新入生歓迎会といえば上級生が新入生を楽しませるのにいろいろと出し物をしたりするのがよくある内容だ。 「……というのは上辺だけだ。 はっきりといっちめえば若草祭は上級生達による新入生弄りに他ならない」   「はあっ?!」  翼は思わず素っ頓狂な声をあげてしまい慌てて口を押さえた。    ――上級生達による新入生いじり?!  新入生歓迎会といえば新入生を楽しませるために上級生が舞台で漫才をしたり、演劇をしたり、バンドを組んで歌ったりとかそういうものだったはずだ。  少なくとも翼がこの学園に上がる前にいた学校の歓迎会はそういう和やかで楽しいものだった。  そんなことを思い出しながら翼は和彦の話の続きを黙って聞くことに集中した。  礼二は相変わらず翼の腕の服の袖が伸びるほどにがっしりと両手で掴んだままで机に突っ伏して、すやすやと眠りこけている。 「通常の新入生歓迎会とは異なり、若草学園の新入生は上級生を楽しませるために全力を尽くさねばならない」  理不尽すぎる新入生歓迎会とは名ばかりの若草祭という催しについての説明を聞いてクラス全体がどよめき、みなが動揺して騒ぎはじめ、教室がとたんに嫌な空気に包まれていく。 「ガタガタ騒ぐんじゃねぇ! とりあえず最後まで黙って話を聞け、カスども!」  和彦はまた騒がしくなり始めた生徒達を静めるためにばんばんと教卓を叩いて、黙らせてから話を続けた。 「上級生を楽しませるために行われる催し物の内容は既に毎年恒例となって決まっており、この学園では伝統になりつつある……」  前フリがやたら長い事になにかいやなものを感じて翼は身構える。  新入生が上級生を楽しませるためにやらされるという催しの内容が気になる。 「前フリはこれくらいでいいか? 言うぞ?」  和彦は自分の横に立ち完全に空気と化している西野に目配せしてからコホンと咳をした。 「ど、どうぞ……」  西野がどもりながらそう言ったのを聞いて和彦は静かに頷き、いやに重たく感じる唇を動かした。 「女装コンテストが開催されるんだ」  和彦がものすごく嫌そうな顔をして眉を顰めつつそう言うのを見て、衝撃の内容を聞かされて、教室内はあっというまに騒がしくなり、生徒達が口々に文句や不満を和彦に対してぶつける。 「ざっけんな! そんなんやってられっか!」 「なんじゃそらあぁあ!」 「女装とかマジかよ!?」 「わけわからん!」 「なんでだ!」 「バロス!」  台詞の前後に保健医を入れることも忘れて、興奮した生徒が詰め寄るのをうざったそうに追い払いながら、和彦が話を続ける。 「ちなみにクラス対抗で選出された数人の新入生が女装させられて、見世物にされる」  クラスは半分以上の生徒が席を立ち、和彦がいる教卓に詰め寄り、混乱状態だ。     和彦の隣に立っていた西野は彼の背後に身を隠して、教卓を囲むようにどっと詰め寄る生徒達に、半泣きになり、ガタガタと震えて怯えている。 「俺に文句言ってもしょうがねーだろうが! 落ち着け貴様ら!」  和彦がシッシと手振りで詰め寄ってきた生徒を追い払おうと試みるが、そんな態度は余計に興奮しきった生徒の怒りを買うだけだ。 「所詮人事だからそんなことがいえるんだ保健医は!」 「この際だから、保健医が女装すればいんじゃね!」 「ぶっははは! それいい! 女装しろよ保健医!」 「ナースの格好させようぜ! 保健医!」  出だしか語尾に保健医を付けるルールがなんとなく復活して話が思いも寄らぬ方向へと暴走し始める。  翼が和彦に同情して、暴走し出した生徒達を止めようかどうしようか迷っている間に、礼二の後ろの席に座って黙って話を聞いていた馨がわなわなと肩を震わせながら急に席を立ち上がる。  生徒達の暴走を止めてくれる気になったのかと翼は考えて、勢いよく席を立った彼を見ていたがそれはまったくの間違いだった。 「いい! 超いいよそれ! 和彦さんがナースの格好とかいいね!」  今まで見た中で一番輝いている笑顔で親指をぐっと立てて、和彦に詰め寄って無茶苦茶な事を半分冗談で言っていた生徒達の意見に鼻息を荒くして興奮気味に全面的に賛成した。  だめだ、こいつもなんとかしないと……。  翼は額に手を宛てて盛大にため息をついた。  やはりこのクラスにまともな生徒はほとんどいない。  かろうじてまともだといえるのは佐藤と自分くらいだと思った。  翼はまた騒がしくなったクラスを纏めようと席を立とうとしたが、腕に礼二がしがみ付いたままでは動こうにも動けず、どうすればぐちゃぐちゃになったこのクラスを纏められるのだろうか……そう考えていたが何も思いつかない。    龍之介と真澄を見やると彼らは特になにかをしようというつもりはないのか騒がしくなった教室内で無言で座っている。  龍之介は修行のことで頭がいっぱいで、真澄は自分が興味のないどうでもいい話には反応しない。

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