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若草祭には誰が出る?!【4】
和彦がナースの格好で女装すれば良いと言う意見に賛成して勢いよく派手に立ち上がった馨へとクラスにいる生徒全員の視線が集中した。
「そうだ! うちのクラスには畝田がいるじゃないか!」
「そうか! 選抜制ということは……」
「誰が女装をするかということが重要だという訳だな!」
「ああ! 畝田なら女装しても違和感とかなさそうだしな」
「俺のねーちゃんが持ってる女性誌の表紙に畝田そっくりのモデルの女いたしな!」
そう言ってなぜかその雑誌の表紙の切り抜きをスクラップ帳に入れて持ち歩いていた生徒がそれを取り出して見せた。
自分好みの女のグラビアやモデルの切抜きを蒐集するのが趣味らしい、その生徒が取り出した雑誌の表紙を見ようと、クラスの生徒がわらわらと群がって、その生徒の下へと集まっていった。
生徒たちに囲まれて迫られている、緊迫した状況からやっとの思いで開放された、和彦は教卓に突っ伏して轟沈して、その背後に立つ西野が脱力してへなへなと、その場へと崩れるように座り込んだ。
「まじで畝田そっくりだなこのモデル!」
「だろ? 俺、畝田と同じ中学だったからこの表紙見たとき本人かと思って超びびったからなー」
「いや、さすがにそれはないだろ……」
「ははは! 他人の空似に決まってるだろー……」
そんな会話を聞いて馨は事もなげに頷いてそれを肯定した。
「いやーばれちゃったかー」
なんでもない事のようにそう言う馨を見て、いまいち状況が把握しきれていない翼も鈍った思考を奮い立たせて事態を把握しようと試みる。
クラスメイトの男子の姉が持っていたという雑誌の表紙のモデルが馨にそっくりだったという話が出て、それを馨が肯定した。
……ということは女装した馨が雑誌の表紙のモデルをやっていた?
とそういうことになる。
どういった経緯でそうなったかは分からないが……。
「そのとき急に表紙になる予定だったモデルさんがこられなくなって、代わりを見つけようにもアポイント無しですぐ見つけるのは難しくってさー。
親が服飾デザイナーやってる関係でちょうど現場に見学に来てた僕が抜擢されちゃって……いやー美しすぎるって罪だよね本当!」
と続けて聞かれてもいないことをべらべらと説明してくれた馨の話を聞いて生徒達はどよめき、馨と雑誌の切り抜きのモデルとを交互に見比べていた。
見比べてみて納得したのか、みんなで肩を叩きあって頷くとそれぞれが自分の席へと戻り着席した。
また落ち着きを取り戻した教室内に、翼はほっと一息ついたが、どういった話をして纏まり、皆が納得したのかまでは分からなかった。
「とりあえず女装コンテストに出場する一人はこれで決ったな」
「ああ。畝田だな」
「おーい、くーちゃん! 黒板に名前書いてほら!」
教卓付近の席に座っている生徒に促されて、西野は慌てて立ち上がると黒板に名前を書いた。
女装コンテスト出場予定者
畝田 馨
残2名
と黒板に少し震えたせいかよれた文字で書かれるのをみていた馨が「えっ!?」と驚いたような顔をして声をあげた。
「僕が出場するの!? 和彦さんのナース姿は?!」
まだそれを言うか……どんだけ保健医のナース姿が見たいんだこの変態は……。
沈黙していた佐藤はそう思いつつも自分の意見を言うべく挙手をした。
「残2名とありますが、3人選抜して出場させる必要があるということですよね?」
そう聞かれて和彦は面倒くさそうに頷いた。
「そうだ。 最低でも3人は選ぶ必要がある。 最大で5人な……」
「推薦したい人がいる場合は推薦してもいいんですよね?」
「ああ。 好きにすりゃいいいだろ……」
和彦が言う投げやりな台詞を聞いて佐藤は頷いて、自分が推薦したい人物の名前をあげた。
「僕は礼二様を推薦します」
「はぁっ!?」
佐藤の台詞をを聞いて翼はまた思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
慌てて口を押さえたが、クラスの生徒らの視線は緩んだ顔ですやすやと熟睡して寝息をたてている礼二へと向けられる。
熱があるために頬が紅潮していて、息は小刻みで荒く、口端から一筋だけ唾液が伝っている。
佐藤が言った意外な一言にクラスが騒然となり彼の提案に頷いて賛成するものが次々と手を上げた。
「佐藤の意見に賛成! 大賛成!」
「礼二様に着せる衣装はメイド服を所望する!」
「いやいや、セーラー服だろ! うさみみつきで!」
「馬鹿野郎! そこは日本の美の象徴、巫女服だろ 」
他にもチャイナ服だのアンミラだの意見が飛び交いクラスは異様な熱気に包まれていった。
G組のクラスメイトになぜこんなにも礼二が人気があるのかが分からない翼は教室内の騒ぎに気付かないまま自分の腕にしがみ付いて寄りかかって幸せそうな表情で眠りこけている彼を見た。
口端を伝う一筋の唾液を手でそっと拭ってやる。
黒板を見やると生徒にせかされるまま西野が黒板に女装コンテストの出場者の項目に新しい名前を追加していた。
女装コンテスト出場予定者
畝田 馨
牛山 礼二
残1名
と書かれた黒板を見て翼は本人の意思とかそういうものは関係ないのだろうかと思ったが、G組連中の熱気に付いて行けず、空いている方の手で額を押さえ、ぐったりとうなだれていた。
唯一、自分と同じ良識人であると思っていた佐藤がそうではなかったという事実にショックを受けたせいもあって精神疲労が表情に出ている。
そんな翼の様子を見て心配そうに馨が肩を叩いた。
「翼君、大丈夫かい?! 具合が悪いなら和彦さんに言って保健室で休ませてもらったらどうだい?」
「いや……ちょっと、話についていけなくて……兄貴を女装コンテストに出場させるという話は本人の意思確認は無しで決めるものなのか?」
「いや、それは分からないけど、G組の生徒はちょっと変わってる子が多いから仕方ないというか……」
「ちょっとどころじゃないだろ」
どう贔屓目に見ても変人奇人大集合だとしかいいようがない。
このクラスで唯一まともだといえるのは自分だけなのだ。
そんな二人のやりとりとは別に話が進んで行く。
あともう一人の出場者を誰にするかという話だ。
「あともう一人誰が出場したらいいと思う?」
「純粋な外見のみでいえば、小林と弟様だろ?」
「ああ。小林は特に小柄でかわいい系だからな」
そんな話をしている生徒三人を真澄が無言ですごい形相で睨みつけていた。
「「「…………」」」
恐ろしいまでのその波動を察知した生徒ら三人は慌てて口を噤んだ。
龍之介のことをかわいいなどと真澄がいる前で言うのは彼の怒りを買うため絶対にタブーだ。
翼は自分の名前が挙げられたことに驚いて、首を左右に振ってそれを却下した。
女装させられてそのうえ大勢の前で見世物にされるなど絶対にごめんだ。
「俺は女装なんてしたくない」
翼がそう言うのを聞いて不服そうな三人の生徒は、翼の元へと詰め寄り、手を合わせて懇願しはじめた。
「このクラスで女装してもいけそうなのはもう弟様くらいしかいないんだ」
「弟様だけが、俺たちの最後の希望、メシアなんです!」
「頼む!このとうりだ!」
G組の生徒全員の視線が翼と彼の前でひざまずき懇願している生徒へと集中していた。
「美空君、僕からもお願いします」
佐藤にまでそう言われて、頭を下げられたが翼は首を縦に振るわけにはいかないと思った。
騒がしい中でずっと眠り込んでいた礼二が不意に目を覚ましてきょろきょろと辺りを見回し、佐藤の姿を見るなり無意識にびくりと体を跳ね上げて、翼の腕により強くしがみ付いた。
恐々とこちらの顔色を伺うように見る礼二と目があった佐藤は微笑を浮かべる。
その顔を見て礼二は今朝、佐藤と約束した言葉を思い出した。
゛あからさまな態度は取るな。゛
゛普通に接しろ。゛
そう言われたのを思い出してしがみ付きっぱなしだった翼の腕を解いた。
「兄貴、大丈夫か?」
額に手を置いて熱を測る翼の心配げな表情を見てこくこくと礼二は頷いた。
「礼二様。礼二様もなんでも翼君と一緒がいいですよね?」
佐藤にそう聞かれて、礼二は首を縦に振って頷いた。
なんでもどこでも翼と一緒がいいというのは礼二にとってしごく当たり前の願望だ。
「はぁ……わかった……俺も出ればいいんだろ? どのみち兄貴一人で舞台に上がらせるなんて事は危なっかしくてできないだろうし……」
礼二が佐藤に言われた事に頷くのを見て、翼は観念して女装コンテストの3人目の出場者になることを了承した。
翼が嫌々ながらも頷いたのを確認してクラス中がわっと歓声に包まれ、西野が生徒達にせかされるままにチョークで新しい出場者の名前を相変わらず緊張で指先が震え、よれた字で書き加えた。
女装コンテスト出場予定者
畝田 馨
牛山 礼二
美空 翼
女装コンテストの出場者がこの三人に落ち着いたことにより、緊張していたクラスが落ち着きを取り戻していた。
みな自分が出場させられるかもしれないという危機感から開放されて気が抜けたのだろう。
女装させられ見世物にされるなど罰ゲームでもやりたくないという生徒ばかりで、押し付け合いになるところをどうにかして、見目のいい生徒を推薦する事により、それを回避できた事に安堵していた。
そんな空気を読まずに馨が挙手をして
「みんな落ち着いたばっかのところ、さーせん! 自分が女装コンテストに出るというのはできれば辞退させていただきたいのですが!」
と言い出した。
馨のその台詞を聞いてまた落ち着きを取り戻したばかりのクラスが騒がしくなった。
精神疲労が限界に達した和彦は生徒を纏めることすら面倒くさくなり、教卓に肘をついて、耳の穴をほじって生徒達が騒いで、ああでもないこうでもないともめているのを放置していた。
いろいろと騒ぎと問題ばかり起こす生徒たちに和彦はいちいち相手をするのが面倒になり一刻も早くこのクラスから退散して屋上にある喫煙所で一服したかった。
ヤニ切れで無性にイライラする頭をぼりぼりと掻いて気を紛らわす。
一方で西野は生徒達が騒いだり落ち着いたりをするたびに和彦の背後をチョーク片手に行ったり来たりを繰り返して、何も言えずにおろおろとするばかりだ。
このクラスにいる教師二人はただその場にいるだけで既に使い物にならない役立たずと化していた。
「いや、だってクラス対抗なんでしょ!
もしA組にいる嫁……いや和成君が出場者に選ばれてたら……。
いや、A組でかわいいのは彼しかいない。
だから絶対選抜されてるにちがいない!
そうなったら僕は嫁と争わなくちゃいけないって事になるだろ?
僕には愛しい人と争うことなんてできないっ!」
ああ、なるほど、そういう理由か。
とクラスメイト達は一様に頷いたり「ああー」と声を出したりしていた。
「それにだ、それに、仮にもし僕が出場したとして、和成きゅんと争ったら……
美しすぎる僕が優勝してしまうのは分かりきってる!
もしそうなったら、和成君に申し訳なくて、どんな顔したらいいかわからないじゃないか!」
どこから来る自信だとクラス全員が馨のナルシスト全開の発言と嫁自慢のノロケに砂を吐いた。
それをいらいらとする頭を掻きながら聞いていた和彦がふいに立ち上がり、馨の元へと向かい彼の頭を拳で殴りつける。
ゴツッ! と鈍い音がして殴られた馨が痛そうに頭を抱えて涙目になって背後にいる和彦を振り返る。
「俺がいること忘れてやがっただろてめぇ!」
自分の息子とのノロケ話を聞かされて、気分が悪くなった和彦は腹を立てて、馨の頭頂部に拳骨を食らわせた。
実の息子が馨とそういった関係であるということは黙認していたが、ギャラリーがたくさんいるような公の場ではそう言う話は一切するなと馨には念を押してあったのだ。
馨が和成の事を恥ずかしげもなく、嫁といったり愛称をつけて呼んだりするのを聞くと、鳥肌が立ち、気色が悪いようなむずがゆいような変な気分になり落ち着かない。
自分に瓜二つの息子が同性に口説かれているのをまともに見ていては、本当は気色が悪くてサブいぼがたって仕方がない。
だから和彦は和成が保健室にいる時に馨に押し倒されていてもそれを見ないようにして我関せずといった態度を取っていたのだ。
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