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若草祭には誰が出る?!【6】

個人の意見は反映されずに周囲の大多数の者達の意見だけで、物事が決められるという不条理がまかり通ってしまうのがG組というクラスだ。 「佐藤かー……特徴があまりないだけに化粧のしようによっては化ける可能性もなきにしもあらずだな」 「そうだなぁ……畝田だったら優勝確実だったのにな」 「いや、礼二様と弟様がいれば十分だろ?」 「礼二様は言うまでもなく美しいが弟様もそっち系の奴から安定した票を得られるだろう」 「そっち系ってどっち系のことだよ、そこんとこ詳しく」 「ほら、ロリショタ好きとかいるだろそっち系の……」  案の定、G組の生徒達が勝手に意見を出し合って相談して話は纏まって行く。  佐藤はそれを見て、観念したのか頷いて女装コンテストに出場することを了承した。 「分かりました。 けど、過度な期待はしないでください」  その言葉を聞いて、G組の生徒達は今度こそ女装コンテストの出場者が決まったと安心して、張り詰めていた空気が緩み、雑談をし始めた。 いつもどうりに混沌とした空気に戻った、G組に携帯電話の電子音が響き渡った。  着うた等は指定されておらず、初期設定のままの味気ないベルの音だ。 「携帯の電源くらい切っとけ、誰だくそ野郎!」  鳴っている携帯を翳して、自分だと無言でアピールしたその生徒の顔を見て和彦は押し黙った。  ――天上院 真澄  この生徒にだけは暴言は慎むようにと校長に耳タコになるくらいに言い聞かされてうんざりしていたくらいだ。  若草学園へと莫大な資金援助をしてこの学園の事実上、全権を掌握していて牛耳っているのは天上院財閥の総帥であるところの真澄の父親の天上院 朱鷺宗<テンジョウイン トキムネ>その人だった。  ヘタなことを言って真澄を怒らせれば、和彦の首は簡単に飛ばされる事だろう。  真澄は唐突にかかってきた電話の着信を見て、かけてきた相手が分かったのか形のいい眉を顰め不機嫌な表情になった。  嫌々ながら電話に出て、そっけない対応をする。 「……なんの用だ?」  真澄が冷たく感情のこもらない声色で言うその言葉を聞いて、相手はそれを特に気にした風もなく口を開いた。 「今年の若草祭は我が天上院家が前面的にバックアップすることになった」 「ふぅん。それで?」 「必要な衣装の経費はこちら側ですべて引き受けてやる、よって来週の月曜あたりに知人のデザイナーをそちらに採寸に向かわせるから、くれぐれも失礼のないようにな」 「……分かった。 用がないならもう切りますよ?」 「それでだ、真澄、お前がコンテストで着る用の衣装はもう出来ているから届き次第、着てみるといい。あと龍之介君の分もだ」 「はあっ!?」  真澄は自分の父親が言った言葉が理解できず、彼らしからぬ素っ頓狂な声をあげてしまい、慌てて口を噤んだ。  隣りの席に座っている龍之介は、はじめて聞く真澄の間の抜けた声に、きょとんとした顔をして彼を見上げていた。 「父上……僕と龍之介君の衣装が出来てるというのは?」 「そのままの意味だが?」 「そのままの意味って……」 「真澄が出るんだろ? 女装コンテスト」 「出ませんよ!」 「はっはっはっ! 若草学園で一番美しいお前が出ないでどうするんだ。というか出ろ」 「無茶苦茶いうな!」 「龍之介君と同じクラスにしてやって寮の相部屋を同室してやって席が隣りになるように裏から手回ししてやったのは誰だと思ってるんだ? パパだろ?」   「くっ……わかった……出ればいいんだろう」  真澄はわなわなと肩を震わせて怒りをなんとか抑えて横暴すぎる父の命令を仕方なく聞くことにした。  龍之介と一緒にいられるように裏から手回しをしてくれたのは確かに父だ。  こういう時くらいしか利用価値のない親だ。  欲しいものを手に入れるために、親の権力や財力をせいぜい利用させてもらおうと考えていたが、それをネタに弱みを握られ、逆らうことが出来ないというのは真澄にとっては屈辱だった。  ここで父の命令に逆らえば、龍之介と共にいることができなくなるだろう。  父の性格上、確実に引き離しにかかるだろう事はわかりきっている。  朱鷺宗は自身の手に入らないものであればあるほどに手中に収めたくなる……そんな性格なのだという。  自分の想い通りになら無い者に嫌がらせをするのを至上の至福としているような悪趣味な相手だとも。  我が実の父親ながら、性根からして腐りきっている。  真澄は父親を嫌い、軽蔑していた。 『アレと同じ血が自分にも流れていると思うと、ぞっとする』くらいには。  そもそも、真澄の父である、朱鷺宗は元々外部の人間であり天上院家に取り入る前は、彼の苗字は吾妻<アズマ>であり違っていた。   入り婿になる形で天上院の姓と肩書きを手に入れ総帥となった男だ。  大祖母様から幼いころに耳タコになるほど聞かされた話しによれば天上院家の肩書き欲しさに愛してもいない女を騙して孕ませ、全てを手に入れたような強欲の権化だ。  真澄の母親である、真波<マナミ>が天上院家の長女で天上院家の次期総帥になる継承権を持っていた。  母がまだ子供だった当時、天上院家はなかなか男児に恵まれず、真澄の母親とその妹のみの姉妹が天上院家の継承権争いをしていた。  天上院家の財力と権力欲しさに群がるハイエナのような周囲の人間の思惑に振り回され疲れきった妹は継承権を放棄してすべての権限を姉へと託した。  すべてを捨てて出て行った真波は妹をうらやましく思いこそすれ、感謝の気持ちなどは一切なかった。  真波自身も天上院財閥の次期総帥という重圧に耐え切れずに精神を疲弊させていき、自分も自由になりたいと思うようになり、苦しんでいた。  親や周囲の人間の期待に応える為だけのまるで自分が人形のようで、自らの意思すら無いように思えた。  そんな彼女の前に現れた、 吾妻 朱鷺宗 <アズマ トキムネ>という一人の男。 その男は真波にうまく取り入り、彼女のすべてを奪い、彼女を自由にしてやる代わりに自身が天上院財閥の総帥となった男だ。 『君の全てを私が奪い、君を自由にしてやろう。  存分に羽を伸ばすといい。狭く冷たい籠の中に閉じ込められ続けるのはさぞかし辛かったことだろう。  今こそ君は自由に飛び立つ時だ。  その為に私と契ろう。真なる意味で君を理解してやれるのはこの私だけだ』  それは結婚ではなくただの契約だった。  真波は自由を手に入れるため。  朱鷺宗は天上院家の総帥という肩書きを手に入れるために。  二人の間に愛はなく、現状ですでに真澄の父と母は別居しており、共に暮らしてはいない。  朱鷺宗は真波以外の愛人をはべらせ天上院家の本家へは殆ど帰ってこないまま十数年が経過している。  父は母を愛していたのではなく天上院家の跡取りという肩書きだけが欲しかっただけなのだ。  真澄は大祖母に聞かされた朱鷺宗の過去の話を思い出し考えれば考えるほど、自分の父がどうしようもない屑に思えてくる。  真澄は、そんな父親に逆らうことがまだできない自分に苛立ちを覚えていた。  いつか天上院家の全権限をあの男から剥奪してやる。  その時は、父を母から引き離し、天上院財閥から手を引かせてやる。  真澄自身が成人するまでもうしばらくの辛抱だ。  成人すれば天上院財閥の総帥になることが許されるはずだ。  所詮、朱鷺宗はよそ者だ。  正当な継承権を持つ真澄が成人するまでの、ただの繋ぎでしかない存在だ。  真澄はそう考えて、怒りを抑えて、父の言うことに従い、通話ボタンを切って深いため息をついた。   「羽瀬先生」  真澄に呼ばれて、和彦は今までの他の生徒に対する時のいい加減な対応ではなくしっかりとした返事をして、伏せていた顔をあわてて上げた。 「お……何ですか天上院君。 何かあればどうぞ、言って下さい」  真澄の機嫌を損ねるようなことをすれば自分の首が簡単に胴から切り離されてしまう為、和彦にしては珍しく教師らしいちゃんとした受け答えだった。  心なしかいつもより声に勢いとハリがなく、掠れ気味で弱々しかった。  声が震え、明らかに怯えているのが伝わってくる。 「女装コンテストの出場者は最低で3名。最大で5名まで出場しても大丈夫でしたよね?」   真澄にそう聞かれて、和彦は頷いてそれを肯定した。 「あ、ああ。大体は出たがるやつがいなくて無理矢理出場させられるやつばかりだから5人も選抜してくるクラスはいままでに一回もなかったが、出す人数が増える分には支障ない」 「そうですか」 「ああ、それが何か?」  それを聞いて、真澄は眉を顰めて、隣に座ってのんきに欠伸をしている龍之介の肩を叩いた。 「ふあ? んん、あ、なんだ真澄。退屈な話はもう纏まったのか?」  女装コンテストなどという男らしさのカケラもないイベントにはまったく興味のない龍之介は、どういった修行をするのかということのほうが気になって速く適当に話が纏まって放課にならないかと退屈し始めていたところだった。 「龍之介君。君も出場するんだ」 「ああ?」 「女装コンテストだよ。衣装はもう既にできているらしい」 「……俺が出るのか?」 「君に拒否権ないからそうだね」  真澄が淡々とそう答えて頷くのを見て龍之介は勢いよく席を立った。 「なんでだよっ!? 俺は嫌だ! そんな女々しい大会になんかでたくない!」 「そうは言っても、出ないわけにはいかないよ。僕の父上直々のご指名だ」 「知るかよ! つうか真澄の父ちゃんになんか会ったことも声すら聞いたこともねーのに何で指名されんだよ!」 「君は知らなくても父上は君の事はなんでも知ってるんだよ」 「俺のプライバシーはどうなるんだ!」 「龍之介君にはプライバシーとかあってないようなものだよ」 「なんでだよ!」  そんな言い合いする二人を見てG組の生徒らはあっけに取られて固まっていたが、和彦はチョークを手に取り黒板に出場者の名前を追加していた。  小林 龍之介  女装コンテストの出場者枠に自分の名前が赤いチョークで書き足され追加されるのを見て龍之介は頬を膨らませて、明らかに拗ねたような表情をして席に着いた。  4人目の出場者に龍之介の名前が追加されてクラスはざわざわと、また騒がしくなり始めた。 「礼二様に弟様に小林か! これはかなりいいんじゃないか?」 「佐藤はメイクと衣装次第で化ける可能性があるしな」 「この面子なら軽く優勝狙えるよな?」 「ああ、他のクラスのやつなんてむさいのばっかだしな」 「優勝したクラスに与えられる特典とかなんだろうな?」  優勝を狙えるであろう見た目の麗しい出場者の名前が書き連ねられた黒板を見ながら、そう話し合う生徒を横目に、龍之介を推薦して席についたばかりの真澄がため息をついて手を上げる。 「羽瀬先生。あともう一人の枠に僕の名前を追加してください」  真澄が小さく手を上げたまま嫌々ながらそう言った台詞にさらにクラスが騒がしくなり、数人は驚きのあまりイスごとひっくり返りそうになっていた。 「ええぇっー! まさかの真澄様参戦?!」 「そのままでもお美しい真澄様が女装とかまじでぱねぇ!」 「真澄様の白くて長いおみ足に踏まれたい俺、大歓喜!」 「やべえぇ! これもう優勝確実じゃね!」  真澄ファンらしい生徒らが、まさかの彼の参戦に驚愕しつつ興奮気味にそんなことを熱く語り合い、クラスは今までにないほどに異様な熱気に包まれ盛り上がりを見せた。  翼は騒がしくなり、盛り上がっていくクラスの中で唖然とした面持ちで一部始終を傍観していた。  龍之介と真澄までもが女装コンテストに出場することになろうとは夢にも思っていなかっただけに多少驚いたが、このクラスにいればありえないことなど日常茶飯事的に起きるのが普通なのだろうと半分諦めにも似た気持ちで相変わらず自分の腕にしがみ付いたままの礼二を見て、ため息をついた。  黒板へと真澄の名前がまた追加されて女装コンテストの出場者は5人に最終的に増えた。  みなが言う通り、真澄一人だけが出場したとしてもきっと優勝することができるだろうと翼も思っていた。  そこいらにいるモデルや俳優よりも整った顔立ちをしていて、元々線が細く女性的な美しさを持った彼である。  化粧をしないでも、それなりの格好をすればきっと絶世の美女にしか見えないだろう。  出場者が決まり黒板へと全員の名前を書き込んだ和彦が、疲れ切った顔で教卓をばんばん叩いて生徒達を自分のいる場所へと集中させると纏めに入った。 「正式に女装コンテストの出場者の面子が決まった訳だが、決定したあとで辞退はよほどのことがない限りできないが、いいか!」  和彦が黒板にチョークで書かれた名前の部分を拳でノックする時の様にコンコンと叩きながらそう言う言葉に出場者の面子が頷いた。 「「「はい」」」  礼二以外の全員が嫌々ながら返事をして頷いているのが見てわかる。

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