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見る者見られる者そして繋がり【12】

「龍之介君?」 「…………」  名前を呼ばれて、一応頷きはするものの答えない龍之介に異常を感じて、真澄は少々、混乱しうろたえていた。  まさか声を失ったとは思いもよらずに言い返さずに無言でいることで自分に反抗しているのだろうか?  そう思い、龍之介を鋭い目つきで見下ろす。 「龍之介君、無言でいることが僕に対してなにかダメージがあるように思っているのならやめたほうがいい」 「…………」 「なんだい? 僕に対するあてつけだったら……」 「…………」  真澄がそう続けて言うのをきいて龍之介は口をぱくぱくと陸に打ち上げられた魚のように動かすばかりで声が出ていない。  それに気がついた真澄は龍之介の額に手を置いて熱を測ってみる。  それといって高熱があるようなわけではないらしい。  しかし、口を懸命に動かしているのに声が出ていない……まさか……。  そこまで考えてやっと龍之介の声が出なくなってしまったのではないかと思いついた。 「龍之介君、まさか、声が?」 「…………」  そう真澄に聞かれて龍之介はこくりと頷いた。  最近では真澄に普通に抱かれる分には慣れもあって龍之介はそれを許容し受け入れられるようにはなっていた。  けれど、そんな精神的にタフそうに見える龍之介でも、真澄の異常なほどの執着心からくる束縛やお仕置きと称して慣らしも濡らしもせずに凶悪すぎる肉棒を受け入れさせられる等の殆ど暴力に近い性行為を強要され続けてきたことによる精神的なダメージが少しずつだが蓄積されていた。  そして今、真澄に嘲笑われて投げつけられた言葉に傷ついた龍之介の精神は限界に達し、一時的に失声症に陥っていた。  真澄に酷いことをされることを自ら望んでいると、そうされることで悦んでいるのだと言われたその言葉に思いのほかショックを受けた龍之介は柄にもなく、落ち込んでいた。 (俺は本当に真澄が言うとおりの身体をしているんだろうか……息ができなくて苦しくて、辛いだけなはずのあんなことを無理矢理されて、どうして……だとしたら、俺は、俺は――)  そこまで考えて俯いている龍之介の肩が彼を見下ろして様子を伺っていた真澄に不意に掴まれ、顎を掴まれて上向かせられる。  真澄の美しく整った顔が至近距離まで近づいて、龍之介の大きな金色の瞳を覗き込んでいる。  辺りはすっかり夕闇に染まり、薄暗くなり始めていた。  龍之介が見上げている空はいつのまにか茜色から藍色へと塗り替えられている。  上半身裸の龍之介は少しだけ寒そうに身を震わせていた。  至近距離に迫る真澄が怖いのか、冷たくなった夜風が寒いからなのかは分からなかった。     夜風に剥き出しの肌をさらして体温を奪われ、小柄な身体をますます縮めて小さくしている龍之介を見て、真澄は徐に自身が着ていた上着を脱いだ。  そのまま龍之介の肩に上着をかけて羽織らせてやり、彼の背中を支えて、両足の膝裏に腕を通して抱き上げる。  姫抱きにされる形で真澄に抱え上げられて龍之介は目を白黒させて驚いていた。 「……っ」  無言で落とされないように恐る恐るしがみ付いてくる龍之介を見て、真澄はらしくもなく八の字に眉根を寄せている。 「声を失うほどに辛かったんだな……」    そう呟いた真澄は悲しげで今にも泣き出しそうな表情をしていた。  龍之介を自分のものにするためにはどんなことでもするつもりだった。  そのためには相手が傷つくこともいとわない。  そう考えていた。  それなのに、自分のせいで声を失ってしまった彼を見ているのがなぜこんなにも辛く苦しいのか?  龍之介を自分だけのものにするためにその精神と肉体の両方をズタズタに傷つけて、声がでなくなるまで追い詰めたのは誰でもなく真澄自身だ。  相手を傷つけることによって自分も傷つくことは分かっていた――  過去に龍之介に約束を反故にされて彼の思いのほか冷たい態度や言葉に真澄自身も傷ついて、苦しんできた。  悩み傷つき辛く苦しい思いもしてきた。 ゛自分自身が傷つけられたからといって相手を傷つけてもいいのか?゛   そんなジレンマに苛まれてなお、相手を傷つけてでも自分のものにすると決めたはずだった。  愛しいものを傷つけることは相手も自分もとても辛いことだと分かっていてなお、彼が自分以外の誰かのものになり、その誰かの隣で幸せそうに笑っている姿など、想像するだけでその誰かを絞め殺してしまいたい衝動に駆られるし、そいつを選んだ龍之介のことも許せない。  龍之介と再会して約束を破られて、冷たい言葉で拒絶されてから、しばらくの間。そんな悪夢にうなされて、ミリアに肩を揺すられて起こされる事がよくあった。  そんな経験をしてきて、真澄自身も随分と精神を疲弊させてきた。  自身がそんな状態だが、それよりも、今は龍之介を一刻も早く医者に見せて、カウンセリングなり、投薬治療なりできうる限りの手を尽くして、彼を安静にさせなければ、手遅れになってしまうような気がした。  真澄は龍之介を抱えたまま、早足で診療所がある方角へと向かった。  とりあえず、一番手近にある保健室と併設している診療所へと連れ込んですぐにでも状態を見てもらう必要がある。  早足で龍之介を抱えて去っていく真澄の後ろ姿を、自分の寮室のベランダで、取り込もうとした洗濯物を掴んだまま動きを止めていた翼が、唖然とした面持ちで見ていた。   龍之介が真澄のものを奉仕しているところの一部始終を呆然としながらもつい最後まで見届けてしまった自分に嫌気がさして気分が悪くなった。  それよりも何よりも途中から殆ど無理矢理真澄のものを喉の奥まで飲み込まされて乱暴に動かされ、まるで人形のような扱いを受けている龍之介を見て、いてもたってもいられなくなり思わず助けに入ろうかとまで考えた。    だが、助けに入ることで真澄の怒りを買うほうが恐ろしく、足が震え、地べたに縫い付けられたように全く前に動かず、背筋を冷たい汗がじわりと伝う感触がやけにリアルに感じていた。   実際に傍観していた時間はどれくらいだったのか、やけに長く感じていたが、多分30分くらいだったと思う。  行為をし終えた二人の不穏なやりとりを静観していた翼だが、真澄が龍之介の額に手を宛てて熱を測り、抱き上げて早足でその場を去る後ろ姿を見て、その身を案じていた。  龍之介の様子が明らかにおかしくて、やけに大人しかったのも引っかかる。  真澄と長時間特訓をして走り回りながら組み手をしたあとで、さらに無理矢理咥えさせられて乱暴に扱われたせいで、意外にタフな龍之介でもさすがに具合が悪くなり体調を崩してしまったのだろうか?  二人の後ろ姿が見えなくなるまで見送り、翼はやっと手にずっと握ったままだった洗濯物を籠に放り込んで、ずっと動けずにいた身体を解すように片方ずつ肩と腕を回してから、残りの洗濯物とシーツをまとめて掴んで籠に放り込み、それを抱えて自室へと戻っていった。  居間へと戻り、一端取り込んだばかりの洗濯物を正座をしてその場で畳んで整えてから軽くため息を付いた。   龍之介の身を案じているのだが、自分にはどうしようもないことであると半分諦めに近い思いでいる翼は軽く気を落としていた。  彼にはいろいろと世話になりっぱなしだから、何かをして返したいし彼の手助けでもなんでもしてやりたいと思っている。    しかし、それをすることで常に彼の傍にいる、真澄の怒りを買う事に対しての恐怖感の方がそれを上回ってしまいどうすることもできないのだ。  そんな情けない自分に嫌気が指すのだが、こればっかりは如何様にも出来ないことであると諦めるしかなかった。  特に今は、自分の事や兄の事で手一杯で他の誰かのために何かをしてやれるような余裕も気力もあまりなかった。  そんなことを考えながら残りのシーツを腕にかけて、兄が寝ているだろう寝室へと戻る事にした。    寝室へとたどり着き、兄が目を覚まして、何かをやらかしていないことを願いつつ、物音を立てないように気を使いながら、そろそろとゆっくりドアを開いた。  静かにそっとドアを開けて中の様子を伺い見ると、ベット脇のサイドボードに設置された、ライトスタンドにうっすらと明かりが灯っているようだ。  礼二が目を覚まして自分で点けたのだろう。  翼はそう思いながら礼二が寝ているはずのベットへと足を向けて、様子を伺うように見る。  ベットの上で礼二が仰向けで寝転がったまま上着のボタンを全て外して袂を全開にして白い胸や下腹を露にして、左手で乳首をくりくりと弄りながら殆ど下着と下衣が脱げかけていて剥き出しの白くて細い足を片方だけ大きく開き、右手に何かを持って、上下にくちゅくちゅとせわしなく動かしている。  先走りや腸液に塗れてテラテラと黒光りする何かが足の間で激しく出入りしていた。 「ふあっ、ああっ……んんっ……つばしゃのマジック……ひもちい」  礼二の足の間をせわしなく出入りしているそれはその出入りしている゛何か゛が自分の私物のマジックペンだと判明して翼は思わず聞いてしまった。 「あ、兄貴、なにやってんだ……!」      翼の声を聞いて礼二は、ぱっと嬉しそうな顔をした。 「ふあぁ…つばしゃぁ……あっ…んんっ」  礼二に甘く濡れた声で名前を呼ばれ、翼は顔を茹蛸のように真っ赤にして、一瞬思考を停止させて、固まったがすぐに我に返りそれを止めさせようと腕にかけていたシーツを放り投げると、兄がいるベットへと駆け寄った。  せわしなく出し入れしていた腕を取られて、礼二が不思議そうな顔をしてベット脇に立ち、自分を見下ろしている翼の顔色を伺うように見上げる。 「あ、危ないだろ! 中で蓋が外れたらどうするんだ……」  真っ赤な顔でそう言う翼の心配げな顔を見て、礼二は頷いて、翼に掴まれたままの腕を引いて、中をかき回していた動きを止めてずるりとペンを引き抜いた。 「んくっ…ふぅ…」  鼻にかかった甘い声を出して、中に入れていた先走りと腸液に塗れたマジックを引き抜き、頬を赤く染めて悩ましげに眉を寄せて息を荒げる礼二の艶姿を見て、翼は自身が欲情してズボンの前が窮屈になっているのに気がついた。  まただ……また、実の兄の欲に濡れた声や身体を見て、胸が張り裂けそうにドキドキと高鳴り、興奮して息が上がる。 (うまく呼吸ができなくて胸が苦しい……なんなんだ、この気持ちは……)  翼は自分の熱くなった頬を隠すように両手で自らの口を押さえ、荒くなった息を整えようと必死になっていた。 「あ……つばさ……ごめんなさい……怒らないで……」  口を押さえて眉を顰めて、黙って自分を見下ろしている翼を見て、礼二は自分がしていた事を見て怒っているのだと勘違いして震える声で謝り、目尻に涙を浮かばせた。    涙ぐんで自分を不安げな目で見上げる礼二を見て翼は、慌てて左右に首を振った。  眦に大粒の涙を浮かばせて瞼をごしごしと拭いている礼二の両手を取って、優しく包み込んで安心させるように優しい声色で語りかけた。 「大丈夫。別に怒ってないから。ほら、そんなに目を擦ったらまた赤くなって瞼が腫れてしまうだろう?」  礼二の情緒は不安定で、いつ何時、何をしでかすかわからない状態だ。  彼を追い詰めるような言葉や、感情に任せて怒りをぶつけるような行為は絶対にしてはいけないということを、昔からの経験で痛いくらいに分かっている翼は礼二を落ち着かせようとした。 「風邪引いて熱があるんだから安静にしていないと治るものも治らないだろ?」  翼は礼二の赤茶けた癖っ毛の柔らかな髪を梳くように撫でて、礼二の額に手を置いて熱を測った。  少し前に口移しで飲ませた薬が効いているのだろう。  少しだけ熱が下がっているみたいだ。 「起きたら、翼、いなかったから……」  礼二が掠れた震える涙声でしゃくりあげながらそう言うのを翼は優しく微笑を浮かべたままで静かに聞いていた。  何か言いたいことがあるのだろう。  礼二は言葉を選んで翼にどう伝えようか一生懸命考えて、一言、一言ぽつりぽつりと自分の気持ちを伝えようと唇を動かした。 「さ……寂しくて……っ」 「兄貴……」  ふいに目覚めたときに傍らにいて自分の手を握ってくれているはずの翼がいなくて、翼の私物のマジックペンがベット脇のサイドボードの上に転がっているのが目に入り、寂しさと不安を紛らわせるために、翼が戻ってくるまで翼の代わりにと、それを両手でぎゅっと握り締めて帰りを待っていた。    待っている間の時間がことのほか長く感じ、熱があるせいか身体がむずむずとして、気がつけば手に持ったそのマジックを口に含んでいた。  翼のモノを舐めているような気になって、マジックの表面を舐め回しているうちに変な気分になって、下肢が疼いているのに気がついた。  礼二は着ている夜着の前を開けて、下着ごとズボンを脱いで、舐め回して濡らしたマジックを気がつけば、後ろへと差し挿れていた。  最初は遠慮がちに少しずつゆっくり掻き回していたそれが、だんだんと激しくなっていき、無我夢中で中を抉るようにぐりぐりと動かしていた。  熱に浮かされるまま疼く身体をどうにかしようと、我を忘れて自慰行為に耽っている時にタイミング悪く翼が戻ってきたのだ。

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