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見る者見られる者そして繋がり【21】
特に今の再婚相手と一緒に暮らすようになってからは、自分が禿げている事を隠そうと必死になっていろいろな育毛剤やサプリメントを試していたが余計に悪化しただけに終わった。
結局今もまだ再婚相手に言い出せずに欺いたままで生活し続けているようだが、義父は気付いているのかどうなのか……聞いてみた事は無いが長い事寝起きを共にしていれば気付いていてもおかしくは無い。
気付いていてあえて何も言わずに黙っていてくれているのかもしれないな……翼はそんなことを考えて、今も相変わらずに、だらしの無い乱れきった生活を送っているだろう母親の事を考えた。
元々、面倒見がいい方だとは言えない母親だったがおかしくなる前はいつも明るく気丈だった。
少し、負けん気が強すぎるきらいがあるくらいで近所の評判も悪くなかった。
彼女は彼女なりにいい母親になろうと一生懸命だった事を翼は知っている。
だから彼女が礼二を物扱いしたり、偶然、幼い頃の翼が聞いてしまった、あの言葉も責めるつもりも掘り返すつもりもなかった。
彼女は彼女で新しい旦那と幸せになってくれればいいと心から思う。
母親一人に礼二の面倒を押し付けて放置していた、父にも問題はあったかもしれない。
幼い頃は翼も礼二の手を引いて彼の面倒をそれなりにちゃんと見たりしていた。
けれどだんだんとそれが苦痛になっていき、我慢し続けた結果、自分が思ってしまった事を全て礼二にぶちまけてしまい起きたあの事件。
……あの事件がきっかけで、母親は礼二を四六時中監視しているように夫に言われて、ずっと自宅にこもりきりで、礼二の近くにいて様子を監視し続けていた。
それだけでなく、翼以外の人間には辛辣な態度ばかりとり問題ばかり起こして、母親である自分にすら心を開く様子もなく、可愛げの一切ない、まったく懐く気配を見せない礼二と接する事が彼女にとってだんだんと苦痛となっていき、常に過度のストレスを感じていた。
礼二の容姿が夫によく似ていたことも彼女をおかしくする要因の一つであったようで、自身の不満を夫が仕事で疲れて帰ってくるたびに話し、夫婦で協力し合って二人で一緒に礼二の面倒を見ようと何度も訴えかけたが、二言目には「仕事なんだから仕方ないだろう。 家のことくらい一人でちゃんとやってくれ」としか言わない夫に不満と怒りを募らせていった。
自分の自由になる時間の一分すら持てずに、ただ、いつ何時何をしでかすかわからない長男の監視をし続け、自らを犠牲にして生活し続けた結果、母親の方が壊れてしまった。
母親が発狂して怪我を負い、病院に運ばれ、しばらく様子見として入院する事になり、父は毎日、傷心の妻の身の回りの世話をするために有給で長期休暇を取り、翼と礼二を連れて見舞いに出向いた。
いくら声をかけてもまるで、人形のように反応の無い生気が抜け、別人のようになってしまった妻を見ていて離婚を決意した。
彼女の負担を無くすために妻が退院したら礼二を連れて出て行こうと決めた。
妻一人に家の事を全て押し付けて背負い込ませていた自分の愚かさにこんな風になってしまってからやっと気付いた。
そんな経緯があり、礼二と翼は離れ離れに引き離されて父と母にそれぞれ引き取られて、血の繋がった兄弟でありながら違う苗字になった。
翼が言ってしまった一言がきっかけで、家庭が崩壊したのは否定の仕様が無い事実だ。
それは翼自身も、今は、痛いほどに自覚している。
だからこそ、今まで礼二と向き合おうとせずに逃げていた自分と決別して、こうやって礼二と向き合って彼と共に生活していく事を決心した。
礼二の身の回りの世話をしながら、卒業するまでの3年間、ずっと注意深く見守っていかなければならない。
卒業した後はどうするかはまだ決めていない。
礼二に酷い事を言ってしまった償いのような気持ちがまったく無いわけではなかったが、それよりも何よりも今は、自分の事を見てくれて好いてくれる彼の存在に気がつけたことでほんの少しだけ胸のつかえが取れて救われたような気がしたのだ。
親にすらちゃんと見てはもらえない、愛してもらえない、自分は必要の無い存在だと思っていた。
誰にも気にかけられることも無い、必要とされない、いらない存在なのは礼二ではなく、自分だった。
そう思っていた。
けれど、礼二は幼い頃からずっと翼だけを見続けてきた。
翼を喜ばせるためにだけ一生懸命で、あまり多くは語らないその唇から沢山の「好き」という言葉を貰った。
ずっと隣にいて、限りない愛情を注いでくれたその存在に、十年近くかかってやっと気付いた。
今は、そんな礼二を自分が、傍にいて、守ってやりたいと思う。
普通の人であれば知っている当たり前の事すら身についていない彼にいろいろと教えてやって手を取り合って一歩づつでも前進できればいい。
自分のこの気持ちが愛情からくるものなのか、無意識に過ちを償うための贖罪の為にしようとしているのか、答えが出るまでどれくらい掛かるか分からないけど、それまで礼二と一緒に生きていこう。
翼は過去にあった事やこれからの事を考えながら頭を洗い終えて、泡をシャワーで洗い流して、風呂椅子から立ち上がった。
洗面器にお湯を溜めて、用意してから、シャワーノズルの栓を締めてお湯を止めた。
風呂場を出て脱衣所のカゴに畳んで置かれているタオルを数枚手に取り、着替える間、洗面台の上にお湯が入れられた洗面器と共に置いた。
朝にいつでも風呂に入れるようにとあらかじめ、前もって用意して畳んで置いてあった下着と寝巻きを手に取って手早く着替える。
着替え終わって洗面器とタオルを手に取り、抱えて礼二が寝ている寝室へと向かった。
寝室に戻って礼二が寝ているベットまで、眠り込んでいる彼を起こさないように気をつけてそっと忍び足で近づいて脇にあるサイドボードに湯が張られた洗面器を置いた。
病み上がりで無茶をしたせいで疲れているのだろう。
礼二は人差し指を赤子のように咥えて吸い付いたまますやすやと寝息をたてていた。
上下する白い胸についた爪傷が塞がり始めたばかりでまだかなり痛々しい。
翼は腕に引っ掛けていたタオルを一枚洗面器へと放り込んで、適度に湿り気を残した状態にまで絞ってから、礼二の首筋から拭き始める。
両肩、胸、腹、足と全体的に拭いて、洗面器に漬けてジャブジャブと一旦、タオルに染み込んだ汗を洗い落としてまた搾って、今度は背中を拭こうとして仰向けに寝ている礼二を横向きにしようと腰を抱えて体制を変えさせる。
「う、うー……んん……」
体制を変えられるのに動かされた礼二が目を覚まして、口に咥えていた人差し指を抜き取って両手で瞼をゴシゴシと擦り始めた。
「ごめん、礼二、起こしちゃったか」
「んん……つばしゃぁ」
上半身を起こして足を投げ出したまま座った体制で翼の声がする方を見て無邪気に笑って名前を呼んだ。
髪にも汗が染み込んで、ほんの少しだけ匂うが頭を洗うのはもう少し落ち着いてからにした方がいいと思いそのままにしておくことにした。
頭を撫でられて礼二が幸せそうに無邪気な笑みを浮かべて
「はぁ……」
満足そうな息を吐いた。
ひとしきり礼二の頭を撫でてやって、翼はサイドボードにある棚に付属した引き出しを開けて、医者も兼業している保健医に処方された薬を取り出した。
粘膜や、裂傷なんかにも使える軟膏のチューブを数本取り出して、蓋を取って、手の平に適量付けた。
そのまま軟膏が付いた手を礼二の痛々しい爪傷のついた左胸に塗り広げていく。
乳首の周囲に花のように5本指の爪傷が深く抉られるように付いていて見ているこっちまで痛くなってくる。
ついでに吸われすぎて弄られすぎて赤く腫れている乳首にも軟膏をぬりゅぬりゅと塗りつけてやる。
「ふあぁ……んんっ」
軟膏を付けられて滑る乳首をくりゅくりゅと弄られて、礼二が嬉しそうな甘い声を上げる。
「ここも赤くなってるからお薬塗っておこうな」
「ぅん、あっ……ん、んんっ……ひもちぃ」
左側の乳首にある程度薬を塗り込んでから右側の乳首も同じように薬を念入りに塗りこめていく。
左側よりも長い事吸われて弄られていた右側の乳首は乳輪までぷっくりと浮き上がるほど腫れていて、少し見ていて痛々しい。
すっかり開発されて敏感になった乳首を薬で滑った指で弄られて、礼二がいやらしい声で喘いで、熱い息を桜色の唇から吐きだした。
「ふあ、んん、んっ……はあぁ」
薬を塗り終わって離れていく翼の指先を名残惜しげに見ている礼二の左手の包帯を解く。
体液や汗が染み込んで湿った包帯は少しだけ縮んで重たくなっていた。
包帯を解いて、テープを剥がして、傷口の上に乗せられたガーゼを取り除いて、ゴミ箱へと投げ捨てる。
左手の平の中心に、シャーペンが貫通するという、大怪我をして、穴が空いてしまったそこを恐々と見た。
縫われた傷口は黄色い軟膏に塗れて、白くふやけている。
前に塗った薬をそっとティッシュで拭きとって、救急箱から取り出した新しいガーゼに軟膏を搾り出して染み込ませて、傷口を隠すように貼り付けて、ガーゼと一緒に取り出した包帯をくるくると巻きつけていく。
「毎日、こうやってガーゼと包帯を取り替えないと雑菌が付いて腐ってくるかもしれないからな……」
ただでさえ、手の平の真ん中に穴が空くという全治一ヶ月以上の大怪我だ。
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