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見る者見られる者そして繋がり【22】
「汗でベタベタして気持ち悪いだろ? 今、背中拭いてやるからこっちに背中向けてくれ」
そう言われて礼二はコクリと頷いて、のろのろと翼に背中を向ける。
自分の方に向けられた背中をお湯を絞ったタオルで、うなじから臀部までをちょうどいい力加減でゴシゴシと拭いてやる。
「これくらいの力加減で、痛くないか?」
礼二の肌理の細かい、薄膜を張ったような、繊細そうな皮膚を、傷つけないように気をつけながら拭いて、そう聞いてくる翼に、礼二が嬉しそうに答えた。
「んーん。だいじょぶぅ……きもちー」
「そうか……次は腕拭くから腕伸ばして」
「はい」
自分のほうに伸ばされた腕もタオルでゴシゴシと汗を拭き取っていく。
右腕と左腕を同じように綺麗に拭いてから両腕を上げさせてバンザイをさせる。
わきの下も念入りに拭いて綺麗にしてから腕を下ろさせる。
「よし……もう、汗でべたつく所はないか?」
「うん……さっぱりしたぁ」
嬉しそうに緩んだ表情で翼を見上げてそう言う礼二の頭をくしゃりと撫でてやる。
坦々と作業をこなしている翼の手の動きを目で追うようにして、礼二は無心に見続けている。
口寂しいのか今度は右手の親指を咥えておしゃぶりをする子供のように口に含んで吸い始める。
礼二を見ていて思ったが、実際の年齢にそぐわないあまりに幼稚な仕草が目立つように見える。
精神的にまだ幼く、成長が止まったままなのか、礼二が幼い頃からずっと患っているらしい、例の精神病からくるものかはわからない。
どういった病気かは詳しくは知らないが、まだ名前すら付いていない奇病なんかも沢山あって特に精神的なものはまだ解っていない事も多く、こうすれば確実に治るという治療法も確立していないらしい。
父親から多少、礼二の病気の事について聞いた事があるが難しすぎて半分以上はよく分からなかった。
左手の包帯を巻き終わり、留め金でしっかりと解けないように止めて礼二の腕を下ろす。
礼二は包帯が厚く巻かれた左手を表にしたり裏に返したりして不思議そうに眺める。
「多少、不自由かもしれないが、抜糸できるくらいにまで傷口が塞がるまでの辛抱だ」
礼二の頭にぽんと手を置いて、撫でてやりながら、言い聞かせるように翼が言った。
「うん」
翼に優しく髪をくしゃりと梳くように頭を撫でられて、礼二は嬉しそうに笑みを浮かべ、返事をした。
ひとしきり包帯が巻かれた左手を眺めて、礼二は左手を右手でさわさわと撫でていた。
翼が巻いてくれた包帯だ。
そう考えるとそれがとても大切なもののように思えてくるから不思議だ。
翼はいつまでも礼二を裸でいさせては、また風邪がぶり返すと思い、着替えを取りに寝室にあるクローゼットへ向かい、引き戸を全開にして下着と寝巻きを探した。
付属しているタンスの引き棚を開けて中身を漁り、新しい寝巻きをなんとか見つけ出して取り出し、慌てて、礼二が座り込んでいるベットへと戻ってきた。
「礼二、ほらいつまでも裸でいたら風邪がぶり返すからこれに着替えろ。自分で着替えられるか?」
「うん」
翼に新しい寝巻きを手渡されてそれを受取って礼二は頷いた。
黙々とまずはタンクトップを頭から被って両腕を通して着込んだ。 礼二が着替えている様子を、つい見ている自分に気が付いて、翼は慌てて視線を逸らした。
白くて細い礼二の裸身を見る事に、すっかり違和感がなくなってきて、まるで当たり前のように着替えを凝視してしまった自分がだんだんと彼のペースに乗せられて、おかしくなっていっているような気がした。
慣れというものは、恐ろしいもので、最初は変だ、異常だと思っていたような事でも、それがあまりにも頻繁に続くと、いつの間にかなんでもない事のように感じるようになり、やがてそれが普通になってしまう。
翼がそんな事を考えているうちに礼二の着替えが終わり、寝巻きに着替え終わった礼二が眠そうに瞼を両手で擦って、欠伸をした。
礼二が着替え終わったのを逸らしていた視線を戻して確認してから、瞼が半分落ちてきてとろんと眠たそうな礼二を見て声をかけた。
「礼二、そっちのベットはぐしゃぐしゃで汚れてるから隣のベットに移動してから寝ろ」
「んっ……ぅん」
コクリコクリと舟をこぎながら頷いて、礼二がベットから降り、のそのそと隣のベットへと移動して掛け布団をめくって中へと潜り込んだ。
顔半分だけを掛け布団から出して翼がいる方を向いて、黙々と乱れたベットを整えて、床に落ちていた新しいシーツを拾って張り替えている彼を観察する。
ベットメイクが終わるまでを無言で、見守って待つ。
礼二は当然のごとく翼も自分が寝ているベットに入ってきて一緒に寝るものだと思っていたが、彼はベットメイクをし終わったばかりのそこへと横たわり、礼二の方を向いて話しかけた。
「まだ、起きてたのか。 俺のことなら気にせずに先に寝てていいぞ」
翼にそう言われて礼二は首を緩く左右に振って、掛け布団を剥がすと、自分の横に空いているスペースを手の平でぽんぽんと叩いて翼に横に来るように身振りで促した。
「翼……きて……」
切なげに眉根を寄せてそう言う礼二の甘えた声色にドキリと胸が高鳴り、顔が熱くなるのを感じて翼は首を激しく左右に振りたくって、邪念を吹き飛ばした。
翼がめいいっぱいに首を振りたくって自分の横で寝ることを拒否したのを見て礼二の目尻に見る見るうちに涙が浮かび始める。
「うっ……」
礼二が泣き出しそうになったのを見て翼は慌てて飛び起きて、彼を落ち着かせようと声をかける。
「違う、礼二と一緒に寝るのが嫌なんじゃない!」
焦りながらそう言う翼の言葉に礼二は一時的に泣き止んで、目尻に浮かんだ雫を指先で拭う。
「ベットが二つあるのに一つしか使わないのもおかしいだろ? それに、添い寝なんかしたら余計に暑苦しいぞ。 礼二、まだ微熱があるだろ?」
「熱くない……寒いからきて」
掛け布団をめくって翼が寝るスペースを開けたままでそう言って駄々を捏ねる礼二に翼は溜め息を付いて自分のベットから出て、立ち上がり、彼の元へと向かう。
「はあ……たくっ、しょうがないな……」
翼が弱り顔で礼二が隣に開けてくれたスペースへと座り、彼の額に手を置いてから前髪を掻き上げるように撫でてやる。
「礼二が眠るまで傍にいてやるから、今日はもう寝ような?」
目尻にまた浮かんでいる涙を人差し指で掬い取って優しい声で言い聞かせる。
病弱なくせに無茶ばかりして自分の身体の事をまったく顧みない礼二をなんとかして寝かしつけようとして翼は彼の頬を優しく撫でる。
「おやすみ」
「……いなくならない?」
礼二が不安げに赤い瞳を泳がせてそう言うのを聞いて、ゆっくりと頷いて翼は幼い子供に母親がするときのようなキスを彼の額に落とした。
「ああ、ずっと傍にいる……だから、ゆっくり、おやすみ」
翼に額にキスをしてもらってそう言われてやっと安心したのか礼二はゆっくり瞼を閉じて、半分夢の中で返事をして、穏やかな眠りの海へと落ちていった。
「うん……おやすみ……」
すぐにすやすやと寝息を立て始めた礼二の胸を見て、上二つのボタンがちぐはぐに嵌められているのに気付き、身なりを整えてやってから捲られたままの掛け布団を綺麗に掛けなおして、ぽんと軽く叩いた。
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