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脆く儚き人の精神〜真澄と龍之介〜【3】

 真澄が散らかしていった後始末を済ませて、翼はからっぽな胃を押さえ、一つだけ大きなため息を付いた。 「はあ……」  いろいろとあったせいかストレスで胃が収縮してキリキリと痛くなったような気がした。  そもそも真澄を怒らせるような事を平気で言ったり、やったりした光矢が今回の件の原因であるといえる。  だが、しかし、彼は真澄と龍之介の関係をきっとよく知らなかったのだろう。  名前だけ聞いて知ってる相手に他のみんなと接する時と同じやりかたで自己紹介をしようとした。  でも、今回ばかりは相手が悪かったとしかいいようがない。  そこら辺のことを光矢に話して、こんなことがもうないように注意をしておいたほうがいいかもしれない。  毎回このような騒ぎを起こされては翼の心臓がいくらあっても足りないし、ストレスと恐怖で余計にハゲる危険性が高くなるような気がした。  この若さで薄毛で悩むような事になって貴重な学生時代を台無しにはしたくない。  片づけを終えて一息ついてから、翼は光矢がいる方を振り返り、 「吉良。龍之介は真澄の婚約者なんだ。真澄は酷い潔癖症で龍之介に異常に執着してるみたいだから、他人に触れられるのを極端に嫌うんだ。今回みたいな事は以後控えるようにしたほうがいい。というかそのほうが身のためだ」  と真剣な面持ちで言い聞かせた。  そんな翼の台詞を聞き、光矢は頷いて返事をした。  「俺っちも今回ばかりはさすがにちっとばかしビビッた。あとなんか、かわいそうだな……」  そう言う光矢の目は笑ってはいなかった。  真澄の事か龍之介の事か、どちらがかわいそうだと言ったのか翼には分からなかったが光矢が言う事がなんとなく少しだけ分かるような気がした。 「俺っちがりゅうちゃんの立場だったら半日も我慢できなくて気が変になりそうだかんなー」  趣味が高じて学生寮に入らずに森林公園にテントを張ってアウトドア生活をしているような根っからの自由人である光矢は誰とでもすぐに仲良くなれる反面、自分一人だけで過ごす、プライベートな時間を大切にしており束縛を嫌う性質だった。  いつもへらへらしている光矢にしては珍しく、まじめな事を言っている途中で、翼の腹の音がぐうと鳴って話の腰を折った。  翼は自分の腹を押さえて、顔を真っ赤にして腹の虫の音を止めようと必死になっていた。 「はは! 腹減ってんだろ? 俺っちが作った朝飯でよければご馳走すっから森林公園までくれば?」  光矢は笑いながら翼の背中を軽く叩いてそう提案した。  礼二を診療所に連れて行く途中に、光矢が寝床にしているテントが張られた場所から、美味しそうな朝餉の香りが漂っていたことを思い出して翼はゴクリと生唾を飲む。  結局、翼は空腹感に負けて、光矢の厚意に甘える事にした。  診療所を出て森林公園へと向かう途中の噴水広場にある時計台をふいに見て時間を確認した。  6時頃に寮の自室を出て、診療所に礼二を連れて行って、いろいろあって気が付けば2時間以上、あっという間に経過していたようだ。  今現在、時計の針は8時13分を指している。  朝食を取るにはちょうどいい時間帯と言えるかもしれない。  授業がある日はもう少し早めに朝食を取るのだが、休みの日くらいはこれぐらいの時間に食べるのがちょうどいい。  噴水広場を抜けると鬱蒼と木々が生い茂る森林区域があり、自然がなんの手もつけられずにそのまま残されている。  若草学園が若草学園と呼ばれるゆえんが、多くの自然がそのままに残された広大な土地が学園内にあるというのが一つの理由で、学園の生徒達が、生の自然に触れ合えるようにと自然が多く残された場所を全寮制の男子校とした。  農業関係の高校であれば分かるが、そうでもないごく一般的な高校がこういった形で広大な土地に自然をそのままに残して自然公園として管理しているというのも珍しい。  変わり者の生徒が集まる学園だけあって学園関係者も変わり者が多いのだろう。  理事長や校長の顔は入学式に見たが、見るからに温厚そうな好々爺といった感じの理事長と、少し神経質そうな、ハゲていて眼鏡の校長だった。    ――実際に裏からこの学園を牛耳っているのは天上院家である。  だが、それを知らない翼は、この学園の創始者が光矢のような自然の中で生活するのが好きな人物とかだったのだろうと考えていた。  ここ、若草学園は内部にいろいろな施設があり、女子禁制ではあるが学園外からも男子であれば出入りが自由で、ショッピングモールや診療所まである充実振りだ。  一つの小さな街と言ってもいいくらいのスケールの大きさで、それなりに収益も得ており、特にスイーツ専門店やカフェ等は人気があり休日には行列ができるほど繁盛しているらしい。  学園内の土地には女子がいないため、人目を気にせずに甘いものが食べられるのが受けたようだった。  学園内、学園外問わず、休日にはスイーツを求めて連れ立ってくる少年や青年、さらには中高年の野郎共でごったがえして賑わっている。  学園内で経営している施設や、貸している土地代等、収益金の一部と生徒からの授業料でこの学園は成り立っている。  ――しばらく鬱蒼と茂る森の中を歩いて、光矢が寝床にしているテントが張られた場所へと辿りついた。

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