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ケーキを買いに【1】
テディベアを買ったお釣りの5千円以内に収まるようにケーキとドリンクを買い込んで後は帰るだけ……か。
さっき通りかかったスイーツ店は特に人が多くて混雑していたように思う。
翼はそんな事を考えつつ、目的の品を買うために洋菓子店へと向かっていた。
――洋菓子店「プリズム」
女子の影を気にせず、甘いものを大手を振って食べられると言う事から人気の洋菓子店であるらしい、その店の前まで翼はやってきていた。
日本語で虹という意味を持つその洋菓子店の前に翼は立ち、本日のオススメ商品や4月が誕生日の人の名前が書き込まれた出入り口の扉前に置かれたマジックボードを眺めていた。
本日のオススメ商品は、ベイクドチーズケーキとガトーショコラ……か。
予約もなにもしていなかったのだがホールケーキの作りおきはあるだろうか?
苺と苺ソースがふんだんに使用されたフロマージュやタルトケーキあたりが買えればいいと思い混雑している店内へと入っていく。
所狭しと色とりどりのケーキがカウンターに並べられ、ケーキを選んでいる客で店内はごったがえしていた。
そのごった返している客がいうまでも無く全員、男だったのだが。
休日なせいか、中年から親子連れ、若者などで溢れ返っている。
ホールケーキが並べられた一番上の棚を順々に見ていき、生地が見えないほどに苺がぎっしりと綺麗に乗せられたタルトケーキがあるのを見つけた。
翼はそのケーキを指差して、慌しく包装作業に追われている店員に注文した。
「すみません、このケーキ下さい」
「はい。お買い上げありがとうございます。ホールのままでよろしかったですか?」
「はい。誕生日用なので……」
「そうですか! おめでとうございます! 誕生日を迎えられる方のお名前を入れたチョコレートプレートをお付けしますか?」
「え……はい」
「チョコペンで今からお書きしますのでお名前をどうぞ」
「礼二……えっとお礼の礼に漢数字の二で礼二です」
「はい……ろうそくは何本お付けしますかー?」
店員はチョコレートプレートに゛礼二くん誕生日おめでとう!゛という文字をチョコペンで書き込みながら聞いてきた。
「18本……いやでかいの1本と小さいの8本で」
「わかりました。ケーキに入れる箱に一緒に入れておきますね」
「お願いします」
「今から包装しますのでレジにてお会計を済ませてから、お受け取りください」
「はい」
ケーキを滞りなく注文し終えてレジへと並ぶ。
翼の前に既にケーキを注文し終えて会計を済ませようと3人くらい並んでいる人がいた。
しばらく待っている間にケーキ以外の焼き菓子がいろいろと並べられている棚をちらちらと見ていた。
フィナンシェやマドレーヌ、フロランタン等が綺麗にラッピングされ、木の籠の中に入れられて置かれている。
どれも程よく狐色でとても美味しそうだ。
レジ前で並びつつ混雑した店内を物色している間に翼の順番が回ってきた。
注文したケーキがレジの棚に運ばれて置かれているのを見ながら、翼はさっきテディベアを買ったお釣りの5千円を取り出して店員に手渡した。
「3800円になります。
お釣りのご確認をお願いいたします。
まず、大きい方1000円とあと残りの200円になります。
本日はお買い上げ誠にありがとうございました!」
店員は翼から受取った5千円札をレジに乗せてマグネットで止めて、お釣りの1200円を取り出してレシートと共に翼に手渡した。
翼がお釣りとレシートを受け取って、ズボンのポケットにしまい込んだのを確認してから店員がホールケーキが入れられた箱を慎重に抱えて翼に手渡した。
「お気をつけてお持ち帰りくださいませね」
「はい。ありがとうございます」
「あ、あと、ホールケーキを買われた方にタダでシャンパンをお付けしております。 お客様は未成年ですのでノンアルコールのものを1本お付けしておきますね」
ホールケーキを買った人にタダでシャンパンをおまけでつけているらしい。
翼は厚めのビニール袋に入れられたシャンパンも受け取って腕に通した。
ケーキとシャンパンを手に翼は洋菓子店を出て、足元に気をつけて慎重に来た道を戻ってとぼとぼと歩いていた。
目的の品物はすべて無事に買う事もできたし、他には特に何も用は無い。
ドリンクはおまけでつけてもらったため、買わずに済んだ
テディベアは自室に届けられるようにミリアさんが手配してくれたし、さっさと帰って家事の続きをしよう。
午前中いっぱいかかるという礼二の診察時間は異様に長い気がする。
それほどに、状態がよくないのだろうか……。
何か漠然とした嫌な予感というか不安の影が思考の片隅をよぎる。
翼は用事を済ませ次第、本当はすぐにでも礼二を迎えに行きたいと思っていた。
けれど、自分が診療所にいて何をしてやれるでもない。
出来る事といえば待合室の椅子に腰掛けて、礼二の診察が終わるまでの間、ただ時が過ぎるのを待つだけだ。
ただ何もせずに待つだけで時間を消費するよりも、自分に今できる事をやっておく方が効率がいい。
そのほうが、後々になって礼二の為に何かしてやれる時間も増える。
礼二は体のあちこちが傷だらけで既にボロボロの状態だ。
これ以上、自傷行為に走らないように、出来るだけ、自分が傍にいて、見ていてやらなければならない。
翼はそんな事を考えながら、来た道を戻り、自室がある寮館へと足を向けた。
□
手荷物を落とさないように気を付けて、ズボンのポケットから部屋の鍵を取り出し、鍵穴へと差し込んで回し開錠する。
鍵を抜き取り、ドアノブに手をかけて回し、ドアを開いて、自室の玄関へと入る。
靴を脱いでスリッパに履きかえる事はせずに、翼はそのまま台所へと直行してケーキとシャンパンを冷蔵庫の中へと入れて冷やして置いた。
ケーキはナマモノだから賞味期限が1日あるかないかぐらいで短く、常温だと傷むのが早い。
早々に冷やしておかないとすぐに食べられなくなってしまう。
ついでに取り出したお茶のペットボトル(2リットル)を開封して、直に口を付けて流し込み、喉の乾きがなくなるまで飲み、一息ついた。
「ふう……」
口の端に伝う雫を掌で拭いながら時計代わりに使っている携帯電話の画面を見て、今が何時何分か確認した。
――AM 11:24
と表示されていた。
テディベアとケーキとシャンパンを買っている間に結構いい時間になっていた。
今から洗濯しておいた衣服をベランダに干して終わる頃くらいに迎えに行けばちょうど12時過ぎぐらいになるだろうか・・・
翼はそんなことを考えながら洗濯機がある脱衣所へと向かった。
洗濯機に入れっぱなしにしておいた湿った洗濯物を取り出して籠へとぶち込んで、干すためにベランダへと向かう。
ベランダのガラス戸をスライドさせて全開にすると春の陽気で温められた風がふわりと入り桜の花弁が舞い込んでくる。
ぽかぽかとした春の陽気に眠気を誘われて翼は欠伸をして瞼をこすってから洗濯物を黙々と干していった。
思えば昨日、ここで洗濯物を取り込んでいる時に真澄と龍之介が修行している姿を見かけ、そのまま二人が情事に至って終えるまでの全てを見届けてしまった。
真澄と龍之介の関係がそういうものだとわかっていたつもりだが、実際に情事を目撃してしまったショックは大きかった。
婚約者だと真澄が言っていたから当然、恋人として結婚を前提に付き合っていると言う事なのだろう。
であれば、当然、キスもセックスもするだろう。
男同士だという事は置いといて、お互いに愛があるなら別にいいと思う。
真澄が龍之介に異常な執着をしていて、彼を愛しているというのは傍から見ているだけで分かるが、龍之介はそうではないように見える。
龍之介は真澄より強くなって彼をぶっ飛ばすと言っていたくらいだ。
真澄の事を恋人として愛しているとかそういう感情とは程遠いような気がする。
実際に今の龍之介は昨日、真澄に無理矢理された酷い行為のせいか、虚ろでまるで抜け殻のようになり、見るに耐えない状態だった。
うるさいぐらいに無駄に熱くて元気だった龍之介の面影はまったく無くなってしまっていた。
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