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翼と千太朗

□  診療所へと向かう途中にある森林公園の中心にある噴水広場のベンチに腰掛けて昼ごはんを食べている翼と同じぐらいの年頃の男子がいた。  龍之介と同じ赤い髪をしているが、彼の髪型はもみ上げだけ長くて髪質はサラサラとしていそうだった。  硬そうな龍之介の髪とは違い、撫でれば指をすり抜けそうだ。  瞳の色は暗めの焦げ茶色でココアを思わせるような色合いをかもし出している。  座っているから正確な数字は分からないが、目測で見て身長は和成とだいたい同じ170ぐらいはありそうだ。  その男子が食べている昼ごはんというのが見ているだけで胸焼けがしそうだった。  細長い揚げたドーナツにグラニュー糖をまぶしたような食べ物だ。  確か、チュロスだかチュリトスだかそんなような名前の菓子だったような気がする。  それをありえないくらいの本数を抱えて貪り食っている。  紙袋のふくらみ具合からざっと30本はあるんじゃなかろうか? 「うえっ」  翼は胸焼けで吐き気を催しながらその男子の横を通り過ぎようとした。 「翼様! 翼様じゃないか! 礼二様の弟君(ギミ)であらせられる翼様ではありませぬか!」  とその大量のチュロスを平然とした顔で食っている男子に声を掛けられた。  いきなり自分の名前を様付けで呼ばれた翼は、唖然とした面持ちでその場に立ち止まった。  どうやらまた相手はこっちの事を一方的に知っている人物のようだ。 「俺です! 同じクラスに所属している百武 千太朗(モモタケ センタロウ)です!」  といわれてそういえば同じクラスに赤頭が龍之介以外にもう一人いるな……というくらいにしか記憶にないのだが居た様な気がする。  真澄ファンの中に「真澄様の白くて長いおみ足に踏まれたい俺、大歓喜!」とガッツポーズで嬉々とした声で言っていた生徒がいた。  確かそいつが龍之介よりも少し暗めの赤頭の生徒だった。  同じクラスにいる真澄ファンの中の一人か……翼はそう思いつつその生徒に気持ち程度に挨拶をした。 「こんにちは。 俺の事はもう知ってるみたいだし自己紹介はしなくていいな」 「こんにちは! そりゃもう、G組の生徒であれば礼二様か真澄様のどちらかのファンですから。  礼二様の弟君であらせられる翼様のフルネームを知らないわけがありません!」 「そ……そうか……」 「若草学園のホームページの雑談板にあるスレが昨夜ものすごい盛り上がってましたよ!  俺は真澄様のファンなんで礼二様の下僕にはなれなかったんで、ROM専なんですけどね」 ゛クレイジー牛山を愛し見守ろう゛という例の礼二のファンの集まりみたいなスレの話か……  礼二のどこがいいか等を熱く語り合っている生徒達の書き込みを見て、気恥ずかしくなり途中で見るのを止めてしまったのだが、今はどうなっているのだろう。 「昨夜はお祭り騒ぎみたいになってましたよ。 礼二様の下僕が100人突破したそうで……おめでとうございます!」 「下僕が100人?!」  翼が見た時にはまだ下僕10号までしかいなかったはずだ……。 「はい。深夜0時超える頃には100人突破したそうですよ」 「100人って……G組の生徒以外の下僕もいるのか!?」 「他のクラスの生徒や上級生の中にもちらほら下僕希望者がわらわらと……」 「なんでG組以外の奴まで……」 「ホラ、アレですよ。  礼二様が初日にG組の生徒全員を黙らせようとして、窓ガラスを盛大に叩き割られて破壊されたじゃないですか?」 「それが、下僕になるのとなんの関係があるんだ?」 「学園中に入学式初日に教室の備品の椅子をぶん投げて、窓ガラスを叩き割って、破壊した生徒がいるって噂が広まって、礼二様は今やこの学園で知らない者は居ないくらいに超有名人ですよ!」    翼はその話を千太朗から聞いて頭を抱えた。  気を緩めると涙がこぼれそうになる。  平穏な普通の学園生活を夢見てこの学園に入学したと言うのに、そのささやかな希望はついに叶えられる事は無く費えた。  礼二の弟という理由で、どうやら自分もこの学園で有名人になってしまっているようだ。     「上級生の中にいる不良とかでさえ礼二様には一目置いている人達がいて下僕になってる人達がいましたよ。  本名は名乗ってはいけないルールなので、名前は分かりませんでしたけど……」 「そ、そうか……」 「礼二様はいずれ生ける伝説として破壊天使としてずっと語り継がれる存在になられるお方だ!  ……とか熱心に語っていた人達が自分たちは上級生だと書きこんでましたし」 「百武」 「はい。なんでしょう?」 「これからもちょくちょくそのスレを覗いて、何かあれば俺に報告してくれないか?」 「え……はい。 毎日、ROMってるので別に構いませんけど……」 「自分で見るのは少し億劫なんだ……礼二のどこがいいとかそういう話ばかりで盛り上がってるみたいだし……」 「そうでしたか! そうですね……確かに下世話な話も飛び交ってますし、翼様が見るのは辛いかもしれませんね」 「ああ、悪いが頼む……」 「はい! 任せて下さい!」  千太朗とそんなやりとりをして、これからは礼二のファンクラブのようなスレで何か進展があった時は彼に教えて貰えるようになった。  礼二の細い腰と白い肌とほんのり桜色の唇とあと全体的になんかエロいところがいいだの、見ていて辛い下世話な書き込みが多くて途中で見るのを断念した翼に千太朗の存在はありがたかった。  翼は礼二を迎えに行くために、千太朗とのやりとりをそこそこに切り上げて、別れの挨拶を短くして、診療所へと向かう事にした。 「じゃあ、俺はこれで……」 「あっ! 翼様、待ってください!  もしよかったらこれ持って行ってください!」  千太朗にチュロスを10本押し付けるように手渡された。 「若草学園にあるスイーツ店のチュロス目当てで俺入学したんです。  美味しいんで礼二様と一緒に食べてみてくださいね!  それじゃ、俺もそろそろ寮に帰ろうかと思うんで失礼しまっす!」  千太朗がベンチから勢い良く立ち上がり、手を振ってからその場を立ち去った。  駆け足で寮館がある方角へと向かう彼の背中を、翼は唖然とした面持ちで見送った。  親切には違いないが、やはりこの学園の生徒はどこかおかしな奴らばかりのようだ。  彼も若草学園の生徒らしい変人っぷりで、強烈な個性を持っている人物だった。  真澄ファンの中の一人らしいが、長時間相手をするのは正直疲れるタイプだ。  龍之介より言葉使いが丁寧だが無駄に明るく始終テンションが高かった。  

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