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約束~守るべきもの~【4】
「次は頭、洗ってやるから、包帯にお湯が掛からないようにちょっと俯いてこっちに頭下げてくれないか?」
「うん」
翼に言われて礼二は頷き、風呂椅子に腰掛けたまま会釈をする時のように腰を折って頭を翼に差し出すようにして俯き、目を瞑った。
「シャンプーハット無しだからちゃんと洗い終わるまで目を閉じてないと駄目だからな」
「うん? 閉じてるぞ」
礼二がそう返事をしたのを聞いてから、シャワーである程度、汗と皮脂汚れを洗い流した。
そうしてから、台の上に置かれたシャンプーボトルのキャップを数回プッシュしてシャンプーを掌に出して、礼二の髪にベタベタと塗りつけていく。
くしゃくしゃと泡立てて、爪を立てないように指の腹でマッサージしながら優しく頭皮を撫でて、髪を手櫛で梳くようにして洗ってやった。
翼に髪を洗ってもらっている間、礼二は大人しく瞼をぎゅっと閉じてじっとしていた。
髪を丁寧に洗い終えて、シャワーを首から下に掛からないように気を付けて、泡を綺麗に洗い流してお湯を止めた。
「ふう……礼二、髪洗い終わったから、もう目を開けてもいいぞ?」
「んっ……うん」
髪を洗い終えたと翼に言われて礼二はそろそろと瞼を開いて俯いていた顔を上げる。
「濡れたままでいると風邪がぶり返すから、脱衣所にあるバスタオルで体、拭いて、用意してあるパジャマに自分で着替えられるか?」
と聞かれて頷きつつも、礼二は風呂椅子に腰掛けたまま膝立ちで自分の目の前にいる翼を上目遣いで見上げた。
「翼は?」
不安げな表情で言う礼二の頭を撫でてやって安心させるような声色で言う。
「俺が風呂場で身体と髪を洗い終わるまで、礼二は先に寝室に行ってベットで横になって安静にして、待っててくれ。
ちゃんと脱衣所でバスタオルで身体と髪をよく拭いて、パジャマに着替えてから寝室に行って待ってるんだぞ? 出来るか?」
と礼二の目をじっと見て聞いた。
「んー……うん……翼が来るまでに、どれくらいかかる?」
「シャワーだけだから、15分もあれば洗い終わるよ」
「……わかった。先に行ってまってる……」
頷いて、寂しげな声色でそう言う礼二を抱き寄せて、背中をぽんとたたいて慰めてやり、彼を風呂場から脱衣所へと行くように、手を取って風呂椅子から立たせて背中を押して促した。
翼に背中を押されて促されるまま礼二は風呂場の引き戸を開けて脱衣所へと向かった。
引き戸を閉めて、翼はシャワーを頭から被って汗を洗い流して、ボディーソープを手に取り泡立てて、掌で全身を手早く洗い始めた。
髪と身体を手早く洗い終えて翼は風呂場を後にした。
まだ寝るには早すぎる時間帯だが、今日はもうどこにも出かける予定もない。
翼はそう思いながら脱衣所にある着替えの服を置いておくのに使っている籠の中から下着とパジャマを取り出した。
バスタオルで身体を拭いて、髪をぐしゃぐしゃと掻きまわすようにバスタオルで水気を切ってからいそいそと下着に着替えて、パジャマを着込んで、汚れた洗濯物を入れておくのに使っている籠へとバスタオルを放り込んだ。
手早く着替え終わり、寝室へと早足で向かった。
寝室へついて、物音を立てないように気をつけてそっと扉を開いた。
寝室にいる礼二の様子を少しだけ開けた扉の隙間から伺い見る。
前に寝室に来た時は、礼二があらぬところへマジックペンを差し入れて自慰をしている真っ最中だった。
その時の過ちを繰り返さないために、いきなり寝室に駆け込むような事はしないでそっと覗いて様子を伺い見てから入るようにしようと密かに決めていた。
礼二は寝室のベットの上で翼に言われた通りに横になって安静にしていた。
寂しさを紛らわすためか枕を握り締めて、枕カバーの端の布を口に咥えて寝転んでいた。
翼は礼二が瞼を開いていて起きているのを確認してから、寝室の扉を開けて中へと入り声をかけた。
「礼二、お待たせ」
翼が寝室に入ってくる姿を見るなり慌てて飛び起きて、声がする方を向いた。
「つばさっ! つばさぁ!」
嬉しそうな声色で繰り返し名前を呼ぶ礼二の下へと行って彼の頭を撫でてやった。
翼に頭を撫でられて、もう離れないと言わんばかりにぎゅっとしがみ付いてくる礼二を抱きしめ返して、落ち着かせるように背中をぽんと叩いた。
「ちゃんと横になって安静にして待ってた!」
そう得意げに言う礼二の額に掛かる前髪を掌でそっと退けて撫でた。
熱は平熱のままで落ち着いているようだ。
翼は礼二が着ているパジャマを見てボタンが互い違いにはめられているのに気付いて苦笑した。
ちぐはぐにはめられている上着のボタンを、全て外して掛けなおしてやる。
「礼二、ほら、パジャマのボタンが全部一段ずつずれてるぞ」
「んん……本当だ……ごめんなさい」
礼二はすっかり口癖のようになってしまったごめんなさいという言葉を口にしながら、翼がボタンをかけなおしていく手の動きを見ていた。
翼に嫌われたくないという一心から礼二はなにかあればとりあえず、すぐに謝る癖がついていた。
「別に怒ってるわけじゃないからいちいち、謝らなくていい」
翼が柔らかい笑みを浮かべてそう言うのを聞いて礼二はコクンと頷いた。
ベッド脇にあるサイドボードの上に乗せられたデジタル時計をふいに見て時間を確認してみると、夜の7時に差し掛かるところだった。
光矢に手土産に持たされた朝食の残りがあるし、千太朗から貰ったチュロスが10本もある。
晩御飯とおやつがごっちゃになったようなメニューになるが、そろそろ飯にしようか?
翼はそう思い、礼二に「今から飯を食うけど礼二も一緒に食べるか?」と聞いてみる。
点滴を受けている礼二は食べる必要はあまりないのだが、少し何かを口にするくらいはいいだろう。
水分は脱水症状を引き起こさないようにするために少し多めに取らせた方がいい。
「翼と一緒にたべる」
相変わらず翼の腰に抱きついたままの礼二がそう返事をした。
礼二の頭をぽんと叩いて翼は自分から離れるように促してやる。
「ご飯の用意をしてくるから、また待っててくれ。 すぐに戻るからな」
「うぅっ……うん」
礼二はしぶしぶと翼から身を離してシーツを握り締めて翼を上目遣いで見上げる。
「じゃあ、また、大人しくして待ってるんだぞ」
翼がそう言って去っていく背中を食い入るように見て見送る礼二の寂しげな視線に後ろ髪をひかれるような思いがしたが、なんとか振りきって台所へと向かった。
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