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約束~守るべきもの~【6】

 そっと触れるだけだった口付けが徐々に啄ばむ様なものへと変わっていき熱を帯びていく。  互いの唇を啄ばんだり吸い付いたりする口付けを繰り返して礼二は翼の背に回した掌を滑らせる。  翼は礼二の首筋と項を撫でてくすぐりながら耳たぶを指先で弄んだり、頬に掛かる髪を退けるように撫でたりを繰り返す。  礼二は背中へ宛てた掌を背骨を辿るように徐々に上へと滑らせ、翼の首の後ろで両腕を交差させて、翼を引き寄せるように抱きついて、もっと深い口付けをせがむ。 「ん、ふぅ……んん」 「……っん……礼二」  ふいにキスの合間に名前を呼ばれて閉じていた瞼をそっと開いて、とろりと半開きの目で礼二は翼を見返した。 「そろそろ、夕飯食べないと、せっかく温めたのが冷める」  翼が唇が触れ合いそうな距離で真顔でそんな事を言い出したのを聞いて、礼二はきょとんとした顔をした。 「…………」  無言で翼の首に交差させた腕の力を強めて引き寄せるようにしがみ付いた。 「礼二?」        翼は無言で俯いてしがみ付いてくる礼二の様子を伺い見るように見下ろして彼の名前を呼んだ。 「うー……」  礼二は拗ねたような顔をして頬を膨らませて唇を尖らせていた。  折角の雰囲気をぶち壊す翼の発言を聞いて、中途半端でキスを中断された事に不満を感じているようだ。  翼は礼二のそんな様子を見て、口を押さえて笑い出した。 「はっ……はは……ごはん冷めてもいいならキスの続きするか?」  目尻にかすかに滲んだ涙を人差し指で拭いながら翼がそう言うのを聞いて礼二は顔を上げて、拗ねていた表情から一転して花が咲いたような笑顔になった。 「うんっ!」  礼二が嬉々とした声色で返事をして翼を引き寄せるように首に絡めた腕に力を込めた。 「ちょ……礼二、まっ……うわあぁぁっ!」  翼の制止を聞かずに礼二が強引に翼をベットの上へと引きこもうと彼の腕を掴み背中に腕を回して力任せに引っ張りこんで押し倒した。  力任せに引き寄せられる形で翼もベットの上へと引き倒されて二人で向かい合ってベットに寝転がる形になった。   「はっ……はは……相変わらず礼二はいきなり無茶ばかりするな」  礼二の突拍子の無い行動にはいつも驚かされてばかりだ。  この学園にきた初日に入学式が終わっても椅子に深く腰掛けたまま眠りこけている彼を起こそうとして、肩を揺すり、目を覚ましたはいいが半分夢の中にいて、寝ぼけた礼二に今みたいに力任せに引き寄せられて、されたキスを思い出した。  考えてみればあれが翼にとって初めてのキスで、最初は「事故だからカウントされないはずだ」と自分に言い聞かせて忘れようとしてたんだっけ……  翼はそんなことを思い返して、苦笑した。  あの時はまさか礼二とこんな風に向かい合って、抱き合い、キスをするようになるなんて想像すらできなかった。   「ごめんなさい……」  翼の顔色を伺うように見返してくる礼二の頭を撫でてやった。 「別に怒ってるわけじゃないから、いちいち、謝らなくていい」  目を細めて柔らかい微笑を浮かべた翼が言うその言葉に礼二は頷き、短く「うん……」と返事をした。  しばらく礼二の頭をそっと愛しげに撫でていた翼だったが、手の動きをふいに止めてためらい気味に口を開いた。 「礼二……ごめんな……」 「翼……?」 「本当は謝らないといけないのは俺の方なんだ……」 「…………」 「礼二に会おうと思えばいつでも会えたのに俺はわざとそうしなかった……」  翼はずっと悔やんでいた事を礼二に打ち明けて、悲しそうな顔をして俯く。  礼二はただ翼を見返して、黙って話に耳を傾けた。  翼はそんな礼二の頭を抱き寄せて自分の胸の中に閉じ込めて彼の髪に顔を埋めて瞼を閉じる。  乾きかけたの髪からほのかに甘いシャンプーの香りが漂う。   「ずっと寂しい思いさせてきて、礼二に辛い思いさせてばかりで、本当に悪かったと思ってる」 「……翼……翼は悪くない」  眉根を寄せて苦しそうな表情で、ずっと胸につかえていた想いを吐露した翼を礼二は抱きしめ返してしがみつく腕に力を込めた。 「翼……翼は……」  礼二がなにか言おうとしてうまく言葉にできずに喉を詰まらせる。    「…………」  礼二が何かを言おうとしているのに気が付いた翼は、優しげな目で彼を見て、大人びた笑みを浮かべて後に続く言葉をじっと待つ。  翼のその表情を見て安堵したのか、礼二は意を決したように一度は躊躇い閉じた口を再び開いた。 「俺が生きてる事で翼が苦しいなら、辛い思いをしているのなら、俺は翼の前からいなくなるから……。  俺が傍にいる事で翼が辛かったのなら……それが理由で会いにこれなかったのなら……翼は悪くない俺が全部、悪いから……だから……翼は謝る必要なんてこれっぽっちもないから……」  ぽつりぽつりと弱々しい声で途切れ途切れに語り出した礼二の言葉が翼の胸にグサリと突き刺さった。  礼二がそんな風に考えるようになったのは自分のせいだ……。  礼二はもっと痛かった筈だ。  胸に突き刺さった針で傷口を抉られて広げられて血を流し続けてきたのだろう。  けれどそれでも礼二はこんな自分を今でも変わらず好きだと言ってくれる。  幼い頃に言ってしまったあの言葉が、今も礼二の胸に突き刺さって抜けない棘として残り、彼を蝕み続けている。  礼二の不安どうすれば拭い去ってやれるだろう?  本当に相手の事を慈しみ、相手の幸せが叶うのであれば自身の存在を消す事すらいとわない。  礼二の愛はそれほどに深くて、そして重かった。  どうしてここまで人を愛せるのだろう?  こんなにまで深く愛される資格が自分にはあるのだろうか?  結局、自分の事が一番大事で一時期、礼二の存在を忘れようと切り捨てようとした自分が……。  でも、それでも、今はもう礼二がいなくなった時の事は考えたくない。  幼い頃に礼二を一度失いかけて、深く反省して、そして後悔したはずなのに、離れ離れになってから一度も自分から礼二に会いに行こうとすらしなかった俺が、こんなことを思うのは都合が良過ぎると自身のあまりの汚さ、そして醜さに反吐がでそうになる。  自分は礼二に、ここまで愛されていいような人間じゃない。  なのに、礼二が自分以外の誰かに抱かれるのは嫌だ。  自分以外の誰かに抱かれて、甘い声で喘ぎ、乱れている礼二を想像するだけで腸が煮えくり返り、相手の首を絞めたい衝動に駆られる。  自分は汚い……身勝手な独占欲でこれから先、礼二を縛り付けるかもしれない。  自分の中にこんなにも激しい感情があった事にいままで気が付かなかった。  礼二が誰か他の男に抱かれた事実を知って、ただ、彼を誰にも渡したくなくて、触れさせたくなくて……今は真澄が龍之介に対して抱いている醜く歪んだ激情を理解する事ができる。

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