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Birthday【2】

泣き止んでなんとか落ち着きを取り戻した礼二の隣へと座り、翼は話を続けた。 「帰りが遅くなる時もきっとあると思う。けど俺がここに帰って来た時に部屋が真っ暗で、礼二がいなかったら、寂しいだろ?」 「……俺がいないと翼は寂しい?」 「ああ。日が暮れて遅くに帰って来た時に部屋に明かりが点っていると安心するんだ」 「そうなのか……」 「ああ、家に帰って来た……って気持ちになるし、自分を待っていてくれる人がいると思うとそれだけでも嬉しい」 「うん……」 「だから、礼二には俺にとっての帰る場所になって欲しいんだ。  だからなにがあっても一人で出歩いたりせずに、この場所に居て俺の帰りを待っていて欲しいんだ」 「うん」  ベットに足を崩して座り込んでいる自分の隣に座って話す翼の言葉に礼二はしっかりと返事をして頷いた。 「約束した時間を過ぎてしまう時もあると思う。  でも何があっても、どれだけ時間が掛かっても、俺は礼二がいるこの場所に帰ってくるから、だから待っていてくれ」 「うん……わかった……」  翼の帰るべき場所に自分がなれるならこれほど嬉しい事はない。  長い時間一人で待ち続けるのは寂しくて、とても不安になるけど、翼は自分がいるこの場所に帰ってくると約束してくれた。  約束は゛必ずしも守られるとは限らない゛と教えられたばかりだが、何があってもどれだけ時間が掛かっても礼二がいるこの場所に帰ってくると翼は言ってくれた。  誰より何より大好きな人が言う言葉だから信じられる。 「俺にとって今、身近にいる大切な家族は礼二だけだから」 「大切……家族……」  翼の言葉を噛み締めるように反復して呟く。  普通の人には理解しがたい、ぶっ飛んだ思考をしている為、常人と接している時以上に、翼には礼二が何を考えているのかがわからない。  礼二は余り多くは語らず、自分の気持ちを誰かに吐露すると言う事があまりない。 「…………」  翼は礼二が言う事に耳を傾けようと言葉の続きを無言で待っていた。  礼二は翼の顔色を伺うように見返して、時折、瞳を泳がせたりして落ち着きがないように見えた。  自分が何か言う事で翼を怒らせて、嫌われてしまうのではないかとそればかり考えて恐れてしまい思っていることを上手く言葉にして伝えられない。 「……ん」  礼二は無言のままでいる翼を見返して彼の腕にぎゅっとしがみ付いて身を寄せてきた。 「礼二……何か言いたいことがあったら、何でも話してくれていいんだぞ?」  翼は自分の腕に擦り寄ってきて甘えてくる礼二の髪をくしゃりと撫でながら微笑を浮かべてそんな事を言う。 「好き」  やっとの思いで一言だけそう呟いて、礼二は翼の肩に頭を寄りかからせて瞼を閉じた。     結局、自分が言いたいことはそれが一番で、それ以上の言葉は思いつかなかった。  礼二は今までろくに人付き合いもせず特殊な環境で生活してきた為か、好きという以外に自分の思いをうまく言葉にして口にする事が出来ない。  常人からは理解できない言動や行動ばかり取っていた礼二は何をどんな風に伝えれば相手に理解してもらえるのかが分からなかった。  自分自身が常人とは少し違う思考を持つ、精神的な病を抱えているという自覚もない。  礼二がごく稀に自分が思っていることを口にすると大体の人は苦笑交じりにやや引いた態度をとるか、おかしなものでも見るような蔑むような目をする。  ゛こいつはなにかおかしい゛そう感じて礼二に関わらないように離れていった者。  逆に面白がって囃し立て、礼二の取り巻きの一人になった者。  反応と後にとる行動は様々だった。  前者であれば翼以外の人間は近くに居られてもうっとうしいだけだと思っていた礼二には好都合だったが、後者の場合は周囲を取り囲んで囃し立てたり、礼二が行く場所に付いて回られたりして厄介だった。  翼以外の人間に興味がない礼二にとって取り巻きの人間はただ、邪魔なだけだった。 「翼と俺以外の人間はみんなしねばいい」   自分の周囲を取り囲む、取り巻きのクラスメイトの男子達がうっとおしくて、そう発言した事があるが、逆に面白がられて余計に囃し立てられた。 「おいっ! 聞いたか?」 「ああ。礼二様のありがた~いお言葉だからな!」 「礼二様の口から直接、そんなお言葉が聞けるとは……」 「さすが、礼二様は言う事が違う!」 「そのとおりです! 生きててすんません!」 「ぶあっはははははは!」  調子に乗って礼二の足元でふざけて土下座して拝む生徒を指差して爆笑する生徒。  自分の周りを取り囲んでニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて囃し立てる複数の生徒らを見て、こいつらには何を言っても無駄だ。  礼二はそう思ってそれ以降は取り巻きのクラスメイト達を相手にする時はそいつらをパシリに使う時くらいにしか何も話さなくなっていった。  礼二が余計なことを口走れば口走るほど喜んで囃し立ててくる取り巻きのクラスメイト達が邪魔で仕方がなかった。 出来ることなら一人残らず消し去って始末してやりたかったが、これだけの人数を一人で相手して殲滅出来るほどの力が自分にないと言う事は自覚していた礼二はそれを諦めた。  返り討ちにあって自分のほうが消されるような事になれば翼に会えなくなってしまう。  そう考えて取り巻きのクラスメイト達の存在をいないものだと思い込もうとした。  礼二は嫌々ながらそんな騒がしい小学生時代を過ごした。  過去にあった出来事を少しだけ思い出して、礼二は眠気に誘われるまま、微睡はじめる。  翼の体温と息遣いが近くに感じられる。  今はただ、それだけでとても幸せだった。     離れ離れになってからずっとこうして翼と二人きりで過ごせる時が来るのを夢見ていた。  いつかこういう風に翼の傍に居られるようになる日が訪れる――  それだけを信じて生きてきた。 「礼二?」  すやすやと寝息をたて始めた礼二を見て翼は声を掛ける。  翼は座ったままで寝息を立て始めた礼二を、ちゃんとベットに横にして寝かせようと思い、彼の肩を揺すって起こそうとした。  けど、せっかく寝始めたのを起こすのもかわいそうだと考え直して、しばらくの間そのままの状態で過ごす事にした。  ただまっすぐに好きだという気持ちを、自分に向けてくる礼二を見ていると胸が苦しい。  翼はまだ自分の気持ちすらハッキリとしていない。  礼二の気持ちに応えられない、もどかしさのようなものを感じていた。  礼二の純粋に相手の事だけを想う好きと自分の気持ちは違うものだ。  ただの独占欲から来る身勝手な感情だけで礼二を抱くのは、彼の気持ちを踏みにじる事と変わらない。  礼二を無理矢理抱いた男と同じような事は絶対にしたくない。  自分の欲望だけで相手を傷つけて汚すような真似は――  そう思ってなんとか自制して最後の一線だけは超えずに今ここでこうしている訳だが……。  無防備に身を寄りかからせて寝息を立てている礼二の息使いと体温に、翼は自身の気分が高揚して妙に昂ぶっているのを感じた。  サイドボードの上に置かれた時計をふいに見やると  ――PM:9:56  と表示されていた。  礼二が誕生日を迎えて18歳になるまであと2時間ちょっとか……翼はそう思いながらなんとか変な気を紛らわせようと、無理な体勢で腕を伸ばしてベット横の棚に立てかけてある自分の学生鞄の端をなんとか掴んで手繰り寄せる。  鞄の中に暇な時に読もうと思って常備してある小説を数冊取り出してその中から一冊を選び頁を開いた。  お気に入りの小説で何回も読み返したために黄ばんでいるが字は潰れてはいない。  掌サイズの文庫で紙も薄くてあまり重さもないため持ち運ぶのに便利だ。  小学生の頃から読んでいた冒険活劇の小説は所々頁が外れかかっていてセロテープで補強してある。  物凄い久し振りに読む、一番お気に入りのその小説は、あまりに何回も繰り返し読み続けたせいでかなりボロボロになっている。  そのボロさ加減すら懐かしく思い、翼はしばし読書に没頭しはじめる。

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