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Birthday【4】

   礼二が描いてくれた絵の中の二人はクローバー畑のある草原で二人とも笑顔で仲よさそうに手を繋いでいる。  幼い頃に礼二にプレゼントされた四葉のクローバーも見つかってその影響か翼は過去にあったまだ兄弟がわだかまり無く仲が良かった頃の夢を見ていた。  礼二に手渡されて受取った四葉のクローバーを太陽に向けて翳してみる。  四葉のスキマから見える光りがキラキラと輝いているように見えた。  ひとしきりクローバーを鑑賞してそれをパーカーの胸ポケットに大切にしまい込んで瞼を閉じる。  翼は暖かな陽気に誘われるままうとうとと睡魔に負けて眠りについてしまった。    昼に眠り込んでどれくらいの時間が経過したのかわからないが、翼は肌寒さを感じて身を震わせながらそっと瞼を開いて目を覚ました。  何時間待ち続けていたのだろう。穏やかに幸せそうな笑みを浮かべた礼二が翼を優しげな目で見下ろしていた。  辺りは薄暗く、月明かりが礼二を照らして彼の姿を青白く浮き上がらせていた。    礼二は翼とおそろいのパーカーを着ていたはずだが今は薄着で下に来ていた薄手のTシャツのみの姿だった。  お腹が冷えないようにと気を利かせて自分のパーカーを脱いで翼の体にかけてくれたのだろう。  翼は自分の腹の上に掛けられたパーカーを剥ぎ取って、横になっていた身を慌てて起こした。  起き上がって触れた礼二の身体はすっかり冷たく冷え切っていた。  今の季節は春とはいえまだ夜は少し冷える。  礼二にパーカーを返すついでに慣れた手つきで着せてやり、礼を言った。 「ありがとう、お兄ちゃん」    翼に礼を言われて礼二は笑顔で頷くとくしゃみをして鼻を啜っていた。 (自分のほうが寒さに弱いのに無茶しやがって……)  翼はそう思いながら自分のパーカーも脱いで礼二の両肩にそっとかけてやった。  昼下がりにうっかり眠り込んでしまって目が覚めた時は夜になっていた。  母が心配しているだろうか。  早く家に帰って礼二に温かい飲み物でも作ってやって飲ませて冷え切った身体をあたたかくしてやらなければ風邪を引いてしまう。 「家に帰ろう」  翼が伸ばした手を礼二は嬉しそうに掴み返して二人で手を繋いで公園の夜道を歩く。  家があるマンションへと辿りつく頃には夜の8時をとっくに過ぎていた。     家へとついてドアを開けて中へと入ると翼と礼二を母親が玄関で待ち構えていた。 「こんなに遅くなるまでどこでなにやってたの!  夕ご飯すっかり冷めちゃったじゃない……翼。もっとちゃんと礼二の面倒を見て頂戴!」 「お母さん、ごめんなさい……」  細い眉を吊り上げて母に怒られるのはいつも翼だけだった。  翼が悲しそうな声で母親に謝る様子を見て礼二が翼を庇う様に前に立った。 「翼は悪くない! 翼をいじめるなぁ!」  礼二が泣きながらそう叫んで母に向かって拳を振り上げたのを翼は慌てて背後から羽交い絞めにして止めさせる。 「俺は大丈夫だから……いいから、そんなことしちゃ駄目だ」  そう言って翼が母に殴りかかろうとしている礼二に言い聞かせて、止めると彼は悔しそうに眉を八の字に寄せて、本格的に泣き出してしまった。 「翼はっ……悪くないっ……悪く……ない、のにっ……」  途切れ途切れにそう言いながら大粒の涙をぼろぼろと零して泣き出した礼二の頭を撫でてやった。  母親はそんな礼二を苦々しげに睨みつけてから、玄関を後にしてそそくさとリビングへと戻っていった。  母は母なりに息子二人を心配してずっと帰りを待っていたのだろう。 「うあっ、ううっ……えうっ!」 「泣かないでおにいちゃん」 「ふあぁぁぁんっ!」 「ほら……涙と鼻水拭いて……」  翼がズボンのポケットから携帯用のティッシュを取り出して数枚引き出して礼二の涙を拭いてやり鼻を噛ませて背中を擦ってやった。 「ほら、あったかい飲み物でも作ってやるから家に上がろう」  そう言われて頷いた礼二の靴を脱がせてやって玄関から板間へと上がるように促した。 礼二はめそめそと泣きながらも玄関を上がって翼が靴を脱いでいるのを見ていた。  翼も板間へと上がり礼二の背中を押して、食卓がある台所へと向かった。  薄暗い台所の明かりを付けて食卓の上を見ると二人分の食事が整然と並べられていた。  今日の夕ご飯は翼の好物のグラタンだったようで、それはすっかり固くなり冷え切っていた。  いつも通りの時間に翼と礼二がお腹を空かせて帰ってくるだろうとグラタンをオーブンで焼いてサラダを作り帰りを待っていた。  台所の椅子に座り、帰りを待っていたが6時を過ぎ7時を過ぎ8時になっても帰ってこない息子二人を流石に心配して探しに出ようと玄関へと向かった。  玄関へ行くとちょうどドアが開かれて翼が礼二を連れて帰って来た。  子供の心配をしない母親などいない。  意地っ張りで素直に優しさを見せたりしない気丈な性格が災いして子供に愛情が伝わりにくかったが、彼女は彼女なりに翼と礼二の事を心配していたのだ。     冷えて固くなってしまったグラタンを電子レンジで二人分温めてからテーブルへと並べる。  火傷をしないようにしっかりとあらかじめ鍋つかみを片手に装備している。  冷蔵庫を開けて牛乳を取り出してそれもテーブルの上へと置く。  マグカップに牛乳を注ぎ入れて食卓に置かれた蜂蜜の容器の蓋を開けてそれも適当な量をスプーンで流しいれて軽くかき回す。  蜂蜜牛乳が入れられたマグカップもレンジへと入れて温めボタンを押した。  しばらくして電子音が温まった事を知らせて翼はレンジの扉を開けてマグカップを取り出した。  すっかり体が冷え切ってしまった礼二の為にホットミルクを作ってやってそれもテーブルの上に置いた。 「熱いから火傷しないように気を付けて飲めよー」    テーブルについてからもぐずっていた礼二の目の前に置いた可愛らしいクマのキャラクターが描かれたマグカップは、礼二のお気に入りのものだ。  礼二は翼にホットミルクやココアを作ってもらって飲む時はいつもそれを使っていた。 「うっ……うっ……」 「ほら、いつまでもないてないで、せめてそれ飲んで体温めたほうがいいぞ」  翼がそう言いながら礼二の目の前の席につくなり、手を合わせて「いただきます」と言った。  礼二はたまに嗚咽しながらもマグカップをテーブルの上に置いたままふーふーと息を吹きかけて冷ましている。  ある程度熱さが引いてからマグカップを手に取り、ちょうどいいあたたかさのそれに口を付けた。  翼はそんな礼二の様子を見守りながらしなびたサラダをつついていた。  小食なせいか礼二の食指はあまり動かない。  母親が作ってくれたグラタンとサラダには口を付けずに翼が作ってくれたホットミルクを最後の一滴まで飲み干してから一息ついた。  温めなおしてやったグラタンはすっかりぬるくなっている。  火傷しないくらいの熱さになっているし、ちょうどいいかと思って礼二が食事をする様子を見守った。  自分は既に食べ終わっているので、礼二がフォークで取りこぼしてテーブルを汚すたびにその都度キッチンペーパーで机を拭いて綺麗にしてやる。  礼二はグラタンを3分の1程度食べ終わってから進まなくなりフォークでつついて一向に口にしようとしなかった。 「おにいちゃん、もう食べないの?」 「うん……おなかいっぱい……」 「じゃあ、残したの俺が食べてあげる」 「うん」  礼二が短く返事をしてから頷いてほんの少しだけ嬉しそうに残りのグラタンを翼に手渡した。  サラダはまるまる手付かずに残っているので翼はそれも腕を伸ばして自分の前へと置いて礼二が残した食事も平らげた。

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