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Birthday【8】
「ぬいぐるみとか人形とかに名前付けて呼んだほうが、ほら、なんていうか、愛着が沸くだろ?」
「そうなのか……」
「どうする? 名前付けるか? 礼二が呼びたいように呼んでくれれば何でも構わないけどな」
翼がそう微笑を浮かべながら礼二を膝立ちのまま見下ろして言うのを聞いて礼二は頷いて、少しだけどんな名前にするか頭を悩ませて黙り込んでうんうんと唸っていたが、ハッとした表情になって何かを思いついたような顔をした。
いい名前を思いついたのか嬉しそうに笑いクマを翼の眼前へと翳す。
「つばしゃん」
嬉々とした声色でクマをそう呼んだ礼二を見て翼は一瞬だけ目が点になった。
名前を付けろとは言ったが、自分に似た名前をつけられるとは思っていなかったせいか少しだけ思考が停止してしまった。
クマの名前はどうやら「つばしゃん」という名前に決定したらしい。
「つばしゃん。翼に似てるからつばしゃん。かわいい!」
と言ってクマを抱え上げて幸せそうに目を細めて、無邪気に笑う礼二のほうがとても可愛らしかった。
クマに自分に似た名前をつけられて、翼は少しだけ照れくさいような嬉しいようなこそばゆいような気持ちになった。
「そのクマの名前は゛つばしゃん゛でいいのか?」
「うん」
「ちゃんと、かわいがってあげるんだぞ」
「うん。毎日、抱っこしてかわいがる」
翼は「かわいがってあげてくださいね」と礼二に伝えておいてくれと言っていたミリアの台詞を思い出した。
翼の言葉に礼二はしっかりと頷いて、笑顔で返事をした。
高い高いをした状態で抱え上げていたクマを元の位置に戻して胸に抱いて、その頭を愛しげに撫でる。
クマを撫でてかわいがる礼二を見てなぜか翼の胸は高鳴り、ぎゅっと締め付けられたような気がした。
無邪気に笑いクマと戯れる礼二の事を純粋にかわいいと思う。
でもそれが愛情からくるものなのかどうか今の翼にはまだ分からなかった。
いつか自分の気持ちに答えを見つけることができるだろうか?
翼は礼二をしばらく無言で見返してそんな事を考えていたが、買って来て冷蔵庫に入れられたままのケーキとシャンパンの存在を思い出してベットから降りた。
ケーキは生ものだし、早めに食べておかないと食べられなくなってしまう。
思い切りよくワンホールケーキを丸ごと買ってきたから朝昼晩と三食デザートをケーキにして食べないと食べきれるような気がしない。
急にベットから降りて立ち上がった翼を礼二は「どうしたの?」と言いたげな表情をして見上げる。
翼は礼二を振り返り、彼の手を取りベットから降りるように促した。
「まだ早いけど、朝ごはんにしよう」
礼二の腰に手を宛ててベットを降りて立ち上がる、彼の補助をしてやりながら、そんなことを言う。
「今から二人で食べよう」
補助されて立ち上がった礼二は頷いて
「うん」と嬉しそうに返事をした。
誕生日を迎える人にギリギリまで秘密にして、ばれない様にケーキとプレゼントを用意して、驚かせてサプライズするのが誕生日としてはよくある形だが、病み上がりの相手にクラッカーを向けて弾けさせて驚かせるというのは気が引けるし、心臓に負担がかかり病状が悪化しそうだ。
翼はあえて礼二を驚かせるような事はせずに、自分なりのやり方で、穏やかに誕生日を祝ってやれればそれでいいと思っていた。
礼二の手を握り締めて手を繋ぎ彼の手を引いて、リビングへと向かい、ソファーへと礼二を座らせて、そこで少しだけ待っているように言い聞かせた。
「俺は今から、いろいろと準備してこなくちゃならないから礼二はここでちょっと待っててくれるか?」
「うん……」
礼二は寂しそうな顔をして、「つばしゃん」と名付けたばかりのクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて頷いた。
待たせるのはかわいそうだが少しの間だけだ。
翼は礼二の頭にぽんと手を置いて、彼を慰めてから台所へと向かった。
台所へときてすぐに、冷蔵庫の扉を開けて、ケーキが入れられた箱とシャンパンを取り出して食卓へと置く。
次に、食器棚からコップと皿を2つづつ取り出して食卓へと並べた。
フォーク2本も食器棚の引き出しから取り出して同様に置いて並べる。
明け方でカーテンを閉め切っているせいかまだ部屋の中は薄暗く、ケーキのキャンドルに火を灯すにはちょうどいいくらいの闇に包まれている。
翼はケーキが入れられた箱を開いて中身を取り出して、食卓の真ん中へと置き、一緒に入れられていたキャンドルの束の包装を破り捨てて、一本ずつケーキの上へと並べていく。
小さいキャンドルを8本次々とケーキに突き刺して並べ終わり、最後の大きいほうの10歳分の質量があるキャンドルを手に取った。
翼は台所のガスコンロのレバーを回して点火してそのキャンドルを近づけて先端の糸に火を灯した。
火が点っているキャンドルを持って食卓へと戻り、テーブルの中央へと置かれているケーキの小さいキャンドルへと火を移して灯していった。
最後に大きいキャンドルを真ん中へと突き刺して飾り付けを終えて一息ついた。
全てのキャンドルに火が灯り、炎が揺らめき光りが薄暗い闇の中にぽっと浮かび上がる幻想的な光景に目を細めた。
今までを思い返せばこんなふうに誰かの誕生日を祝う準備をする事自体初めてだと気が付いた。
これから礼二と毎年こんなふうに誕生日を過ごしてゆくのだろう。
翼は誕生日を祝う為の準備をしていたということは礼二にはあえて言わずに黙っていようと思い、彼をリビングのソファーに座らせて待たせる事にした。
礼二の誕生日を祝ってやる準備をある程度整えてから、翼はリビングへと彼を迎えに足を向ける。
クマをぎゅっと抱きしめたままの状態でソファーに座ってじっと待っていた礼二は戻ってきた翼の姿を見つけて、寂しそうな顔が一転して嬉しそうな無邪気な笑顔へと変わる。
礼二は恐る恐る右手を伸ばして翼の服の袖を掴んで上目使いで顔色を伺うように見上げてくる。
翼は穏やかな微笑を浮かべてそんな礼二の頭を撫でてやり額に口付ける。
少しの間、姿が見えなくなっただけですぐに不安になってしまう礼二を優しく包むように抱きしめて、腰に腕を回して、彼の手を取りソファーから立ち上がるように促した。
「お待たせ。それじゃあ、いこうか」
そう言って歯を見せて笑い、礼二に手を差し出すと礼二は「うん」と頷いて返事をした。
礼二は嬉しそうに差し出された手をぎゅっと掴んで、片手にはクマを抱えた状態で甘えるように翼の腕に擦り寄ってきた。
そのまま、礼二の手を引いて食卓へと向かう。
翼に連れられてきた台所はまだ薄暗く、食卓の中央に置かれたケーキのキャンドルにぽっと明かりが灯されて、炎がゆらゆらと揺れていた。
小さな炎があたたかな光りを宿し幻想的な雰囲気を作り出していた。
食卓の上に普通の朝食が用意されて並べられている事を予想していた礼二は、目を白黒させながらその光景をみていた。
そんな礼二の反応を見て翼は戸惑う彼の背中を押して、準備が整っている食卓の椅子を引き出してやりそこへと座らせる。
自分も向かい側の席へとついて、用意してあるコップへと開けておいた、ノンアルコールのシャンパンを注ぎいれた。
礼二のコップへと注ぎ入れてから自分のコップに注ぎ、準備が全て整ってから改めて祝いの言葉を口にした。
「礼二。誕生日、おめでとう」
目を細めて微笑を浮かべて翼が言う言葉を呆然とした様子のまま聞いて頷いた礼二はそのまま顔を上げる事をなかなかせずに俯いたままだった。
堪えきれずに涙が溢れて礼二の頬を伝い零れ落ちる。
こんな風に自分の誕生日を翼に祝ってもらえるなんて夢みたいだ。
礼二は手の甲で涙を何度も拭って、膝の上に乗せたクマのぬいぐるみをぎゅっと掴んで幾分、落ち着きを取り戻してから、ゆっくりと俯いていた顔を上げた。
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