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光矢からの贈り物【1】

礼二の手を引いて、寝室まで戻ってきた翼は、乱れたシーツと掛け布団を整える作業をしはじめる。  ベットメイクを手早く済ませて、サイドボードの上に置かれたデジタル時計を見て時間を確認した。  ――AM:6:02  と表示されていた。  まだ、朝の6時を少し過ぎたぐらいで、家を出て、買い物がてらバイトさがしをするには早すぎる時間帯だ。  礼二の誕生日祝いはささやかながら既に済ませてしまった。  この学園に来て初めて礼二と二人きりで過ごす日曜日になにをしたらいいのか何も思いつかずにどうするべきか頭を悩ませる。  風邪が治りかけの病み上がりである礼二を外に連れ出して買い物や仕事探しにつき合わせるわけにも行かない。  用事を済ませてここに帰って来てからの長い時間を礼二と共になにをしてどうすごせばいいのか皆目見当も付かなかった。  翼がベットメイクをしている背中を礼二は隣のベットへと腰掛けてただじっと見続けている。 背中ごしとはいえ痛いくらいに礼二の視線を感じて、翼はどうにも落ち着かなかった。  つばしゃんと言う名前をつけたばかりのクマと時折戯れながら翼がすることをずっと見ている礼二を振り返り、たまらず声をかけた。 「礼二、ベット綺麗にしたから、身体を冷やさないように、また布団に入って大人しく安静にしててくれ」  ベット脇の椅子に腰掛けた翼にそう言われて、ベットへとまた入るように促されて礼二は素直に「うん」と返事をして翼が綺麗に整えてくれたばかりの寝床へと、身体を滑り込ませて、あたたかい布団の中へとクマと共にもぐりこんだ。 「食べたあとですぐに横になるのは身体に良くないから、しばらくそのまま座ったままでクマと遊ぶなり本を読むなりして過ごすといい」 「うん? つばしゃんとはもうさっきお布団をトンネルにしてくぐらせたりして遊んだりしたぞ」  礼二がぬいぐるみと遊ぶのに布団をめくってトンネルにしてクマをしきりに出入りさせて遊んでいたのを思い出した。  その延長で下半身を隠すのに使っていた布団を剥がされてしまい礼二に朝立ちしているのを見られてしまった。  それを思い出して翼は顔を真っ赤に耳まで赤く染めて押し黙ってしまった。  礼二にしてもらった手淫と口淫を思い出して再び熱を持ちそうになる身体をなんとか落ち着かせようと首を左右に振りたくった。  そんな翼の挙動不審な様子を見てクマを両手に抱いたままの礼二は首を傾げて見ていた。  翼はごまかすようにコホンと一つ咳払いしてから、寝室のカーテンを開けに窓際へと向かう。    カーテンを開けると春の柔らかい日差しが部屋へと差し込んで、翼はその光りの眩しさに目を細めた。  換気をするために閉め切られている窓をスライドさせて全開にした。  ぽかぽかと暖かい風と共に満開の桜の木々が散らす桜の花弁が舞い込んでくる。  朝の清涼な空気を部屋へと取り入れて、ほのかに室内に立ち込めている情事のあとの残り香を綺麗に消してリセットしようとした。  礼二をトイレに連れて行って彼が用足しを終えるのを待っていた時といい、今といい、礼二の事をヘンに意識してしまう自分に戸惑いを隠せずにいた。  幼い頃に礼二と一緒に風呂に入っていたし、冬の寒い日は二人で一つの布団に潜り込んで身を寄せ合って寝たりしていた。  その頃は特に何も感じていなかったし、それが当たり前のように思っていた。  とくに鼓動が早くなったり、顔が熱くなったりすることもまったくなかった。  礼二と再会してからまだ一週間も経っていないのだが、子供の頃の自分と違う、今の自分の気持ちの急激な変化にどうもついていけそうにない。  頭の中が霧がかかったようにモヤモヤとして何かすっきりとしない。  礼二の声や肌の感触、ほのかに甘い髪の香り。  ほのかに薄く色付いた礼二の唇を連想させる桜の花弁をみて頬が熱くなるのを感じた。  甘い吐息を吐き出すその唇と白い指先でついさっき奉仕してもらったばかりだというのに気を抜くと、またすぐに昂ぶってしまいそうになる。  春という季節がそうさせるのか、はたまた性的な事に興味がなかったわけではないがうとかった自分にはあまりにも強すぎる快楽に溺れて、それを刷り込まれたせいで礼二に対して欲情しているのかわからなかった。  どちらにしても自分の性嗜好が常人とかけ離れているという事は認めざるをえなくなった。  自分は男の、しかも実の血の繋がった兄弟である2つ年上の兄に欲情するのだ。  翼の事を誰よりも愛している礼二の純粋な気持ちを踏みにじるようなことはしたくなくて、自分の気持ちにはっきりとした答えが出るまでは最後の一線だけは超えてはならないと自身を戒めて自制した。    ――人を好きになるって恋をするってどういう事だろう?  そこから既にわからない。  翼はまだ誰か一人の人間を心から愛した経験が無い。  初恋もまだで、その感情を理解できなかった翼の胸のうちで、芽生えたばかりの幼い恋心が確かに今、ようやっと冷たい土の中から顔を覗かせたばかりだ。  大輪の花を咲かせるまでにあとどれくらいかかるかはわからないが、顔を覗かせたばかりのその芽は緑の二つ葉を青々と広げようと今はまだ土の中で眠り、じっと待っている。        翼は晴れ渡ったクリアブルーの空を見上げ、朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで深呼吸した。  一息ついてから、腰に手を宛てて背筋を伸ばして、少しだけ固くなってしまった身体を解す。  思い返せばこの数日、礼二を抱きかかえたり肩を貸してやったりしたせいか、肩や腰に結構疲れが溜まってきているようだ。  若草学園のあちこちに植えられた桜が満開で、草原の上には小さな花々が咲き乱れている。  翼はしばらく窓から桜が咲き乱れて花弁が舞い散る景色を眺めて、木々の間から今しがた顔を覗かせたばかりの見知った顔の一人の男子生徒の姿を見つけ声をかけた。 「光矢じゃないか。 こんな朝早くからどうしたんだ?」  翼に声を掛けられて名前を呼ばれた男子生徒は窓から顔を覗かせている翼に手を振って答えた。 「つばっちゃん。おはよう。俺っち、徹夜してやっと例のブツが完成したから持ってきたんだ!」  光矢にそう言われて翼は、彼が礼二の為に何か誕生日プレゼントを用意するといってどこかへ出かけていく背中を見送ったことを思い出した。 何か手作りのものをプレゼントしようと張り切っていたがまさか徹夜してまで作ってくれているとは思っていなかった。    翼は「おはよう」と挨拶を返して、窓から身体を乗り出して光矢に手を振り返した。  翼がいる部屋の寝室の窓からまだ大分離れた場所にいる光矢はすぐ近くまで駆けて寄ってきて立ち止まった。 「今からつばっちゃんがいる寮に届けに行こうとしてたところだ」 「徹夜で作ってたってなんでそこまでしてくれるんだ。光矢は礼二と全然、親しくないだろ」  そう聞かれて光矢は屈託のない笑みを浮かべて手に持っていた何かを翼がいる場所に投げて寄越した。  自分がいるほうに投げて寄越されたその包みを、翼は慌てて受け取って、落とさないように両手にしっかりと掴んだ。 「だって、クレイジーちゃんはつばっちゃんの大事な人なんだろ?」  光矢にそう言われて翼は頬をほんのりと赤く染めた。 「ああ、へンな意味じゃなくて兄貴だろって事だけどな」 「それだけの理由でなんでそこまでしてくれるのかって聞いてるんだけど……」  頬を赤く染めてそんなことをいう翼の問いかけに光矢はさも当然のように答えた。 「さあ。あんまそういうの深く考えたことないし、ただ俺っちがそうしたかったからそうしただけで……  だから気にすんな。遠慮なく受け取ってくれ」 「そうか……って俺が言ってもしかたないか」  翼は礼二を振り返り見て、光矢から受け取ったばかりの包みを礼二に手渡した。  礼二はなにがなんだか訳が分からないまま包みを受け取ってベットに座り込んでいる。  プレゼントを礼二に手渡してから窓に戻った翼は光矢に手を振って礼二のかわりに礼を言った。

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