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初めてのお留守番~佐藤といっしょ~【1】
礼二の分の学費は父親に払って貰うにしても、この学園にいる間のせめて自分の学費や生活費ぐらいは出せるようにしたい。
節約して、コツコツ貯金していって、いつか礼二と旅行へ行くための資金も捻出する。
漠然と何かをするよりも目標を立ててそれに向かって頑張る方が俄然やる気が出てくるものだ。
旅番組が終わりスタッフロールが流れる頃には9時50分を過ぎていた。
翼はテレビの電源をリモコンで切り、出かける準備をするためにソファーから立ち上がって寝室へと向かった。
礼二は規則的に寝息を立てて、深く寝入っており目を覚ましそうな気配はない。
翼は物音を立てないように、クローゼットを開いて外出用の私服を取り出して着替えた。
着替え終わって礼二が眠り込んでいるベットへと向かい、自分の学生鞄を手にとって中からペンといらない紙を一枚取り出した。
礼二が寝ている間に出かけるにしても、黙って出て行くのはいろいろと不安で心もとない。
書き置きを残しておいて、どれくらいで家に帰るとちゃんとわかるようにしておいてやったほうがいいだろう。
あと留守番している間にしてはいけないことの注意書きもしておこう。
◎早くて昼の12時くらいに帰ってくるから、それまで大人しく留守番して待ってるように
□してはいけない事
・なにがあっても絶対に一人で外を出歩くな
・来客があっても出てはいけない。 ※居留守をつかって無視すること
・絶対に火は使うな
□お昼ごはんについて
・お腹がすいたら冷凍庫に入ってるピラフとかレンジでチンして食べろ
※皿に中身を移し変えてから袋の裏に何分温めるか書いてあるからその通りの時間温めるように
これくらいの事を書いておけば、まあ大丈夫だろうとは思う。
なるべく早く帰れるように用事を手早く済ませて求人募集の貼り紙がされている店で話を聞いて、様子見するぐらいで終わらせるつもりだ。
今日は日曜日だし、どうせ面接を受け付けているところもないだろう。
希望をいえば土日に長時間働けるところがいい。
平日は学校があるから、門限を守ろうとすれば、3時間ぐらいしか働けないし、そうなってくると稼ぎが少なくなってくる。
その分を取り返す意味でも土日に6~8時間は働かせてもらえそうなところが理想だ。
となると、バイト先として望ましいのは、飲食店の裏方かコンビ二の店員ぐらいに絞られてくる。
ただ、コンビ二の場合、未成年は煙草と酒の取り扱いをしている店のレジに立つ事はできない。
商品整理や仕込みなんかの裏方で使ってもらえそうなところを見つけるしかない。
バイト先が決まってうまい具合に土日に長時間働かせてもらえることになったとして、礼二がその間、一人でちゃんと留守番していられるかが問題だ。
幸い礼二は翼の言う事だけはちゃんと聞いてくれる。
いろいろ教えてやって、慣れさせればなんとかなるだろう。
昼夜の食事は朝に作り置きをして冷蔵庫に入れておいて、レンジで温めて食べるように憶えさせればいい。
翼は置き手紙を礼二の目に付きやすいベッド横の棚の上へと置いて、寝ている礼二の額に口付けを落として髪をそっと撫でてから寝室を後にした。
身支度を整えて財布をジーパンの尻ポケットに突っ込んで玄関へと向かう。
靴を履いて立ち上がりドアを開いて廊下へと出る。
ドアを閉めて、しっかりと鍵を掛けて確認の為に、数回ドアノブを回して引いてちゃんと戸締りできているか確かめてからその場を後にする。
廊下を通り抜けてホールへとたどりつくと数人の生徒がたむろしており、たわいの無い無駄話に花を咲かせて井戸端会議をしているようだ。
この学園に来て初めての休日に特に予定を決めていたわけでも無く、何もやることがない暇を持て余した生徒がホールにうまい具合に集まってしまったのだろう。
騒がしく声を張り上げながらふざけ合ったりして盛り上がっている生徒数人がいる脇を翼は無言で目立たないように身を縮めて通り抜ける。
絡まれでもしたらやっかいだ。気付かれないようにさっと通り過ぎよう。
そう考えてこそこそと通り過ぎようとした翼の肩が誰かに掴まれて背後から声を掛けられた。
「翼君。おはようございます」
たむろしてだべっている連中の中に混じっていた佐藤に気付かれて、肩を掴まれて声を掛けられた。
翼は仕方なく佐藤がいるほうを振り返り、申し訳程度に挨拶をした。
「おはよう……」
翼が朝の挨拶をしたのを聞いてその姿を確認した生徒達が声を張り上げて挨拶を返した。
「これはこれは弟様! おはようございます!」
「はよざいまああぁーっ!」
「おはようございます翼様! 今朝は暖かくていい日和ですね!」
「おはようございます弟様! お出かけですか?!」
背後にたむろしていた生徒達が大げさに頭を下げて挨拶をしてから、翼がいる前へとわらわらと集まってきた。
(集まらなくていい! 俺はただ何事もなく平穏無事にありきたりの休日を過ごしたいだけなのに……)
翼が明らかに、嫌そうな顔をしたのを見つつ、佐藤は平然と翼に話を続けた。
「今日はお一人でお出かけですか?
礼二様はどうされたんですか?」
そう聞かれて、翼は面倒だと思いながらもいろいろと世話になりっぱなしの佐藤を無下に扱うことも出来ずに状況をありのままに伝えた。
「れ……兄貴は家で留守番させてる」
それを聞いて佐藤は大げさに驚いたような顔をして
「えぇっ! そんな……礼二様、一人を寮室に残してきてしまって大丈夫なんですか?!」
と言った。
まあ、初日の礼二が窓ガラスを叩き割ったりして騒ぎを起こしたのを目撃した者であればそんな突拍子のない行動をする彼が一人取り残されてじっと大人しくしていられるのか?と疑問に思い、普通に心配するだろう。
「よければ留守の間、僕達が礼二様の事をお預かりしましょうか? 身の回りの世話とか喜んでさせていただきますけど」
佐藤がそんなことを言い出したのを聞いて翼は首を左右に振りたくってそれを断った。
「一人で留守番くらいできるようにならないとこれからここで生活していけそうにないし、卒業してからも困る。
だから必要以上に兄貴の世話を焼いて甘やかさないでくれ」
翼にそう言われて佐藤は、一瞬だけ不服そうな顔をしたような気がしたが、また何時も通りの微笑を浮かべた穏やかな表情に戻って頷いた。
「そうですか……そういうことなら僕たちは何かあったときに影ながら手を貸すくらいにしておいた方が良いという事ですね」
「悪い……せっかくの親切をはねつけるような言い方して」
「いえ、気にしないで下さい」
佐藤の背後にいる生徒らはもう別の話題で盛り上がっており、翼が言った事を特に気にしている生徒もいないようだった。
小学生時代にイジメにあっていた翼は内心、ホッとして佐藤に挨拶をしてその場を立ち去った。
「じゃあ、そろそろ俺はこれで……」
「お急ぎのところ足止めしてしまってすみませんでした。お気をつけて」
佐藤は微笑を浮かべて翼が去っていく背中を見送って、彼の姿が見えなくなってから内心でほくそ笑んでいた。
もうしばらくは礼二に近づくことは出来そうにないと思っていたがこんなに早くその機会を得られるとは……そんな事を思いながら上辺だけ仲良くしている生徒達に声をかけた。
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