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初めてのお留守番~佐藤といっしょ~【2】

   「みんなごめん。僕、ちょっと急用が出来たから抜けさせてもらうわ」  佐藤が急にそんなことを言い出して無駄話をしていた生徒らの輪から抜けてその場を立ち去った。 「んだよ、佐藤、今日はなんもなくて暇だっつってたじゃねーか!」 「まあ、そう言うなって。佐藤はいてもいなくてもそ大差ねーし、いかせてやれって」 「それもそうだよな。アイツ目立たないし存在感ねーから!」 「はははっ、ひっでーな。確かにその通りだけどよ」    ホールに残された生徒達が会話している声が背後から嫌でも耳に入り佐藤は舌打ちしながら寮室がある廊下へと来た道を戻っていく。 (どうせ僕は目立たない、いてもいなくてもいい存在だよ……)  ありきたりで普通で目立たない何の特徴もない面白みに欠ける自分はこんな風にいつも誰からも必要とされない。  こんな時に特に引きとめられることも無くさっさと退散させてもらえるのは助かるが、あまり気分がいいものではない。  幼い頃から普通だ普通だと言われ続けて、蔑ろにされてきた自分だが、自分で変わろうと言う気はなかった。  思い切りのいい発言や行動を取った後に周囲の人間にどういった目で見られ、どういった反応を返されるのかを考えると怖かった。  普通という殻を破り捨てる事は、ずっと自分を偽って、目立たないけどいい人という仮面を被り周囲を欺き続けてきた自分には結局出来はしなかった。  礼二のように周りの目を気にせず、何者にも囚われずに自分を偽らずに素のままで生きることが出来たらどんなにいいだろう。  自分には礼二のような生き方は絶対に出来そうにない。  だからこそ憧れに近いような羨望を抱き、そして彼を自分のものにしたいと思った。  彼と一緒にいられればきっとありきたりで退屈な日常をぶち壊して特別なものに変えてくれる様な気がして、どうしようもなく惹かれている自分に気が付いた。  最初は軽い気持ちで興味本位で近付いただけだったが、いつのまにか思っている以上に礼二にのめり込んでいた。  四六時中、翼に縋り付いて一緒にいることが多い礼二に、なかなか話しかけたり、怪しまれずに近付けるチャンスがなかった。  しばらく間をあけて、必要以上に彼に近寄らないようにしていたのは自分が礼二と関係を持った事を翼に気付かれにくくするためだ。  いつかそのことに翼が気付いた時に、どんな反応をしてどんな言葉を投げつけてくるか今は楽しみで仕方がない。  楽しみは出来るだけ後回しにしたほうがいい。  ありきたりでつまらない日常にいい加減飽き飽きしていたところだ。  自分の歪んだ興味と欲を満たすために礼二を陥れることに躊躇いも罪の意識もなにも感じてはいない。  ただ面白い玩具を見つけた子供のように純粋に彼が欲しかった。     そもそも、礼二に無条件で好かれているのにそれを煩わしく思っているような翼の態度や言動が気に食わない。  自分が礼二に付けたキスマークに翼が気付いたかどうかはわからない。  が、たった今さっき翼と接してみて彼の言動や様子を見ている限りは特に変化は無く、気が付かなかったのかもしれない。  わざと目に付きやすい、わかりやすい場所につけたキスマークを見落とすようなら、翼にとっての礼二はその程度の存在でしかないと言う事だ。  それを確かめるために付けた印だったのではあるが。  佐藤はそんなことを考えながら翼と礼二の寮室である44号室の前で立ち止まった。    礼二が一人で留守番をしているらしいが44号室はシンと静まり返っており物音一つ聞こえてくる気配はない。  錯乱状態になった礼二が癇癪を起こして暴れているのではないかと予想していたのだがそうでもなかったようだ。  ドアノブを握りこんで回してドアを開けようと引いてみるが鍵はしっかりとかけてあり扉は固く閉ざされていた。  翼がしっかりと戸締りをしてから外出したらしい。  もしかしたら開いているかもしれないと、かすかな期待を持って試しにドアノブを回して引いてみたのだがやはり鍵はかかっているようだ。  鍵がかかっている以上、中にいる礼二にドアを開けてもらって中に入れてもらわなければならないのだが、果たして穏便に済ませられるだろうか?  礼二がどういった発言をしてどういった行動に出るかまったく予想が付かないだけに、彼をどのように扱えばいいかわからなかった。  とりあえず、インターホンを押して来客があったことを知らせれば礼二が出てくれるかもしれない。    そう思って佐藤はインターホンのボタンを人差し指で押して3回程鳴らして待ってみる事にした。 「…………」  数分待ってみても何の反応も無いところを見るとインターホンが鳴った事に気づいていないのか、気づいていてあえて居留守を使っているかのどっちかだと思われる。  とりあえず、礼二が出てくるまで音を鳴らし続けてみようか……そう思ってインターホンのボタンを一定の間をあけて押し続けてみる。    翼が出掛けた事も、佐藤が来た事にも気付かずに、何も知らずに、寝室のベットで寝息をたてていた礼二だったが、一定の間隔でずっと鳴り響いている電子音に覚醒を促され、ふいに目を覚まして、眠そうに瞼を擦りながら、上半身を起こして、きょろきょろと辺りを見回した。 「んんっ……つばしゃぁ?」  翼の姿は寝室には見当たらず、霞む目を擦りながら礼二はベットを降りて、ふらふらとした足取りで、寝室を出て、リビングと台所へと向かい、翼の名前を繰り返し呼んで彼の姿を探した。 「つばさ、つばさぁ……」  寮室のどこにもいない翼を半泣き状態で捜していた礼二だったがずっと鳴り響いている電子音を聞いて玄関へと向かう。  翼がちょっとだけどこかに出かけて、帰って来たのかもしれない。  そう思って裸足で玄関へと降りて、鍵を開けてドアを開いた。  ドアを開けた向こう側に立っているのは翼ではなく佐藤だった。  急に開かれたドアに少しだけ驚いたような顔をして、佐藤はインターホンを押し続けていた人差し指をそのままの形で口元に当てた。  シーッとジェスチャーで声を出さずに静かにするように示されて礼二は半泣きのまま無言で佐藤を見返していた。  なにがなんだかわからないというような顔をした礼二に近づき佐藤は小声で 「とりあえず、人目につく前に中に入れてください」 と言った。  礼二は訳が分からないまま頷いてそれを見た佐藤はまんまと玄関へと上がりこんで開け放たれたままのドアを閉めて内側から鍵をしっかりとかけて誰も入ってこられないようにした。 「おはようございます。礼二様。  今日は一人でお留守番していると聞いて様子見に来ました」  佐藤がそう言って靴を脱いで板間へと上がり、寝巻き姿のままで裸足でつったっている礼二の手を掴んだ。 「玄関で立ち話するよりも落ち着いて話せる場所に移動しましょう」    礼二は目を白黒させながら佐藤に手を引かれてリビングまで連れて行かれる。  一体なにがどうなっているのか礼二には訳が分からずに、ただ ゛翼がいない゛ と言う事だけで頭の中がいっぱいになり、他には全く何も考えられなかった。  じわりと眦に浮かんだ大粒の涙が頬を濡らした。  本格的に泣き出した礼二を見て、彼を慰めるように抱き寄せて背中を擦ってやろうと伸ばされた佐藤の両腕は礼二の手によって弾かれた。 「つばさ……つばさがいない……つばさ、つばさあぁ……っ」  ぼろぼろと泣き出した礼二は佐藤がいることなど気にも留めずに翼の名前を嗚咽交じりに何度も繰り返し呼んでその場に蹲る。

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