132 / 152

初めてのお留守番~佐藤といっしょ~【3】

 蹲って座り込んでしまった礼二の腕の中には黄色い毛並みのクマのぬいぐるみが抱きしめられていた。  まるで縋りつく様にきつく抱きしめられているクマのぬいぐるみを見て佐藤は意外そうな顔をした。  着せ替え人形やクマのぬいぐるみなんかは基本的に女の子が持つ物だというのが一般的だ。  礼二は普通の同じくらいの年頃の男子とはかけ離れた思考をしているようだからそれにはあてはまらないのだろう。  金色の毛並みに青い目をしたクマのぬいぐるみはそこはかとなく翼に似ている。  礼二を慰めようとして自分が伸ばした腕は彼自身の手によって弾かれて拒絶されたばかりだ。  佐藤の存在を完全に無視して、翼に似たクマのぬいぐるみに泣きながら縋りついている礼二をみて、自分はこんなものにさえ劣るのかとだんだんと腹立たしくなってきた。  礼二が抱き込んでいるクマのぬいぐるみを、伸ばした腕で無造作に掴んで彼の腕の中から力任せに引きずり出して取り上げる。  利き腕を怪我しているせいか思っているより礼二の腕に力は入っておらず、割と簡単にソレを奪い取る事が出来た。  縋りつくものが無くなり、翼にプレゼントしてもらった大切なクマのぬいぐるみを取り上げられて、礼二は目を見開いて奪い取った張本人を涙ぐんだ目で震えながら恐々と見上げた。 「礼二様ひどいじゃないですか。  さっきからずっと僕を無視して……それになんですかコレ?」  佐藤はそう言いながら、礼二が見ている目の前で、たった今取り上げたばかりのクマのぬいぐるみを、乱暴に床に叩きつけて、足の裏で何度も何度も踏み付ける。 「やめっ……!」  礼二が泣きながらクマのぬいぐるみを庇うように腕を伸ばしたせいで佐藤の足に掌を踏みつけられた。  怪我をしている利き腕を踏みつけられて、礼二は苦痛に眉根を寄せ、なんとか痛みに耐えて小さく呻いた。 「いっ……うあ、あぐっ……」 「危ないじゃないですかいきなり割り込んできたりして。  こんな物に縋りつかなくても僕がいるじゃないですか?  もっと僕を見て欲してくださいよ礼二様……」  クマのぬいぐるみを守るように伸ばされた掌を足で踏みつけたまま礼二を冷たい目で見下ろして佐藤がそんなことをいう。 「っ…やめ…やめて……」  礼二は目を見開いてわけのわからないことを言う佐藤を見上げて、震え上がった。  初日に佐藤にされた行為と言葉を思い出して恐怖に支配されていた。  自分から望んで佐藤に抱かれたことを翼に知られたら生きていけない。  踏みつけていた礼二の掌から足をどけて佐藤はクマのぬいぐるみの足を掴んで力任せに引きちぎろうとした。  もちろん、本当にそんなことをするつもりはないのだが、コレが礼二にとって大切なものであると分かった以上、利用しない手はない。 「やっ……やめろ! 返せ! 返せええ!」  礼二が利き手に巻かれた包帯に血が滲んでいるのも気にせずに佐藤の足に縋り付いて必死でぬいぐるみを取り返そうとした。  泣きながら縋り付いてくる礼二を見下ろして佐藤は手に持っていたクマを高い位置で掲げたまま嘲笑を浮かべて命令した。 「礼二様が僕の言う事、聞いてくれればちゃんと、返してあげますよ」  佐藤のその言葉を鵜呑みにして礼二は黙ってコクリと頷いた。  こんなモノのためになんでも言う事を聞いてくれるなんて本当にどうかしている。  愉快気に笑いながら佐藤は自分の足元に膝を付いている礼二の眼前に片足を差し出して口元に当てる。 「っ……」  足の親指で唇の感触を確かめるように触れられて礼二は、眉根を寄せて嫌悪感を露にした顔をした。  翼以外の人間に普通に手で触れられるのさえ、あまりいい気がしないのに、足の指や足裏で頬や唇に触れられる不快感に吐き気がしそうになるのをぐっと堪えて我慢した。  翼に貰った大切なクマのぬいぐるみ・・・  つばしゃんと名前を付けてかわいがって大切にすると翼と約束した。  その約束を破る訳にはいかない。佐藤にさからえば、つばしゃんは腕や足を引きちぎられて壊されてしまうかもしれない。  五体満足で返してもらうために、佐藤の命令を黙って聞くしかない。 「そうですね、まず、僕の足の指を舐めてしゃぶってくださいますか? 礼二様のその口と舌で。 出来るでしょう?」  佐藤にそう言われて礼二は目を見開いて、少しだけ驚いたような顔をしたが素直に頷いて返事をした。   「わ…わかっ……た」 「ふふ……いい子ですね。 足の指、一本一本、丁寧に余すところ無くしゃぶってくださいよ」  口元に差し出された佐藤の足の親指に礼二は恐る恐る舌を這わせて舐め上げる。  こみ上げてくる吐き気をどうにかやり過ごして足の親指を口に含んだ。  礼二の温かい咥内の粘膜の感触とぬめりを足の指の皮膚越しに感じて佐藤は満足そうに目を細めた。  そのうち口で奉仕させようと思っていたからいい予習になるだろうと考えて、やらせた行為だが、意外に心地がよかった。  それだけに、礼二を自分だけのものにしたい。  自分だけの色に染め上げてしまいたいという身勝手な想いがより強まっていく。  下肢が熱が集まり完全に滾りきっているのを感じながら、礼二がひざまずいて足の指を舐めしゃぶっているのを佐藤は優越感に浸りながら見下ろしていた。      足の指の一本一本に丹念に舌を這わせて口に含んで吸い立てて親指から最後の小指までを舐め終わり、佐藤を恐る恐る上目使いで見上げながらゆっくりと唇を離した。 「はじめてにしては上出来じゃないですか。なかなかよかったですよ礼二様」  佐藤が微笑を浮かべて礼二を見下ろしながらそう言うのを聞いて礼二はホッとした表情になって佐藤が片手に持っているクマを返してもらおうと手を伸ばした。 「ちゃんと言う事聞いたから、だから、つばしゃんを返してくれ」  礼二がそう言いながらクマを掴もうとした手を払いのけて佐藤は嘲笑を浮かべてそれを後ろ手に隠した。 「まだですよ。まだもうちょっとだけ、僕の言う事聞いて、いい子にできたらちゃんと返してあげますよ  それにしてもクマのぬいぐるみに名前付けてるなんてまるで女の子みたいですね礼二様って。  それにその名前、まんま翼君から取ったんですよね?」  おかしくてたまらないとクックと喉の奥で笑いを堪えて空いている方の手で口を押さえて佐藤は肩を震わせる。  本当に見ていて飽きないし、常人にはありえない思考をしている礼二を相手にしていると新鮮味があって面白い。  ぬいぐるみに翼の名前をつけるほどに礼二は彼の事を愛しているのだろう。  礼二はいつも翼のことしか考えていないし彼の事しか見ていない。  だからこそ、そこまで深く愛されているのにそれを煩わしいとさえ思っていそうな翼の発言や態度が気に障るのだろう。  礼二に縋られて甘えられて嫌そうに眉根を寄せていた翼の表情を見て無性にイラついていた。  笑いを堪えて肩を震わせている佐藤を礼二は訳が分からないというような顔でただ黙って見上げている。  「こんなものに翼君に似た名前をつけて縋らないといけないなんて、礼二様はかわいそうですね」  ひとしきり笑いを堪えて落ち着きを取り戻した佐藤がそんなことを言い礼二の頭にそっと手を置いてことのほか優しげに髪を梳くように撫でる。 「礼二様がどれだけ翼君の事が好きでも彼は礼二様の事なんてこれっぽっちも想ってくれちゃいないのに、本当にみじめですよね。  報われないとわかってるのにそれでも、必死にしがみ付いて本当にどうしようもないくらいに哀れですね」  礼二を見下ろしている佐藤の瞳には哀れみと同情の色が浮かんでいた。  翼の事しか考えていなくて彼の事だけしか見ていない礼二に本気になりかけている自分も哀れな存在であるかもしれない。  それがわかっていても礼二にのめり込んで夢中になっていく自分の気持を抑えられない。  今までを思い返せば、自分以外の人間にこんなに興味を抱くのは初めてのことだった。  礼二は周囲の人間を虜にする目には見えない何か魔力のようなものがあるような気がしてならない。

ともだちにシェアしよう!