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初めてのお留守番~佐藤といっしょ~【11】

   「礼二様がこんなに翼君の事を求めてるのに、翼君はそれに気づいていない。  ――翼君にまったく相手にされてないんでしょう?」  佐藤は自虐的に笑みを浮かべながら胸の痛みを堪えて礼二の耳元でそんなことを言う。  礼二が抱かれたいと思っている相手は自分ではなく翼であるということはわかっている。  だけど、今こうやって体の疼きを持て余している礼二を満たして解放してやれるのは自分だけだ。  何も知らなかった礼二に快楽を植え付けたのは他でもない自分だ。 「ははっ! ここに翼君の指かちんこ咥え込みたくてうずうずしてるんでしょうね」  そう言いながら中途半端に差し入れていた指をずるりと引き抜いた。  柔らかく蕩かされた中の肉壁は抜け出ていく指を追いかけるようにざわざわと絡みついてくる。   「ふあ…あっ…」  指が抜け出て行く時に無意識に残念がるような声が礼二の唇から零れ出た。  指で解されて、赤くなり、腫れぼったくなったそこは、焦らしてくすぐるように中の浅い部分を突付き掻き回していた指を恋しがるようにヒクヒクと開け閉めを繰り返す。  佐藤は礼二の片足を肩に担ぎ掌で膝裏を掴んで押し上げて、松葉崩しのような体制にさせた。  翼以外の男の指を求めているその部分を空いている方の人差し指と親指で押し開いて中の粘膜を外気に晒した。 「うっ…ああぁ」 「だけど、実際に礼二様を満足させてあげられるのは僕だけだって言う事はわかっているでしょう?」 「ふえっ…うっ…あううっ!」 「翼君が礼二様にこんなことするわけが無い、だって」 「ゎっ…かってる……」  礼二は悔しそうに眉根を寄せて涙でいっぱいの目で佐藤を見上げて、自分に言い聞かせるように確かに「わかってる」と一言だけ泣きいりそうな弱々しい声で呟いた。 「俺が、俺が翼の事、好きなだけで……だっ…だか、ら…いっ…いぃんだもん」  時々嗚咽しながら途切れ途切れに呟いた礼二の言葉を聞いて佐藤は一瞬だけ息をするのも忘れて動きを止めて固まった。  礼二がこんな風に意味のある言葉で答えて、言い返してくる事は予想していなかった。  それにしても本当に、ただ相手の事を想うだけで、見返りは求めていないのだろうかと礼二を見下ろしてそんな事を思う。   「翼君が礼二様の事、なんとも思って無くてただの兄弟のようにしか思って無くても、それでもいいんですか?」  思っていた事を口にして礼二に問いかけてみる。  一方的に愛するだけで、相手から一切愛されなくてもそれでもいいなんて、そんな人間に生まれてこの方出会った事が一度も無い。  人が自分以外の人に何かをするのは見返りを求めているから。  それが当たり前の事だと思っていた。  だからこそ、礼二がよりいっそう哀れに見えた。     翼と礼二は苗字は違うが実際に血が繋がった実の兄弟だと自称情報屋だというクラスメイトに聞いている。  翼が礼二に対して接する態度は普通の兄弟相手にするそれと同じに見えて、手の掛かる兄に頭を悩ませている弟という兄と弟の立場がまるで逆転しているような関係に見える。  周囲の人間もそれを見てあれこれと翼に手を貸そうとして自然と彼の周りには人が集まって和気藹々としていた。    羽瀬和成、畝田馨、小林龍之介の三人が主に初日から美空翼と親しげな様子で、いろいろと彼の世話を焼いているようだ。  この三人も何が目的で翼に親切にしているのかいまいち掴めないが、この学園にいる生徒には見返りを求めずに他人に世話を焼きたがる人間が集まっているようだ。  天上院真澄だけは明らかに翼を敵視しており、龍之介が彼に近づいて世話を焼こうとするたびに、整った眉を顰めて、憎憎しげに翼を睨み付け、威嚇して萎縮させていた。  自称情報屋のクラスメイトから聞いて龍之介は真澄の許婚であるという事を佐藤は割と早くに知っていた。  龍之介が翼に興味を持ち、彼と親しげに会話をして馴れ馴れしく彼の背中や肩に触れるたびに、見ているこっちが恐ろしくなるほどの目には見えない怒りと憎悪の波動を放出しているような錯覚さえ感じて身震いした。  同じ翼を敵視しているもの同士彼をこちら側に引き込んで仲間に出来れば頼もしい。  それ以上に恐ろしさの方が上回るが、味方になってくれた時は絶大な力になってくれるに違いない。  まだ、普通に話しかけることすらできないから無理ではあるが、そのうち彼に接触を図ろうと佐藤は考えていた。 「つ、つばさは……俺の事大切な兄貴だっていってくれた……だからそれだけで、いぃ……」    消え入りそうな小さな震える声でそう答えた礼二を見下ろして佐藤は一つだけため息を付いて、最後に決定的に礼二を打ちのめすような言葉を吐いた。 「翼君がそう言ったんですか? でもね、彼は貴方の事をただの重荷としか思ってませんよ」  佐藤がなんでもないような顔をして口にしたその台詞を聞いて礼二は目を見開いて驚いたような表情のまま固まった。 「気付いてなかったんですか? 僕が傍から見てるだけでもわかった事なのに……貴方は翼君の自由を奪う手かせ足かせなんですよ」  そう続けて淡々とした口調で現実を突きつけるように言葉を続ける佐藤を礼二は目を見開いたまま見上げていた。  見開いたままの礼二の紅い双眸に見る見るうちに涙の膜が張り、視界が滲んで目の前にいる相手の顔が見えなくなった。  大粒の涙を零して無言のまま嗚咽して、泣き出した礼二の頬を宥めるようにそっと撫でる。  翼が礼二の事を重荷だと感じているというのは勝手な憶測でしかない。  言葉の端々や、彼の態度からそれを感じ取るたびにイライラを募らせていた。  礼二にただまっすぐに求められて、愛されている彼が心底羨ましかった。  翼は礼二が甘えてきて身を寄せて密着してこようとするたびに周囲の目を気にして、迷惑そうにそれを突っぱねて彼を引き剥がしていた。  礼二に求められて、愛されるのがまるで当たり前のようで、それを疎ましく思っているような翼の台詞や態度がなぜか癪に障り気に食わなかった。  誰かにいつか深く愛され求められることを望んでいた自分にはただそれが羨ましかっただけなのかもしれない。  他所の家の子供が持っている玩具がやけにかっこよく見えて自分もそれが欲しくなった事がある。  自分が持っていないその玩具を自慢げに見せびらかしてくるそいつから玩具を奪い取って泣かせたことがある。  まあ、玩具を奪い取られて泣かされたその子供は裕二だったのだが……。  その玩具を手中に収めただけで満足したのか、手に入れてからはあれほど欲しかった玩具がただのゴミくずにみえる。  その玩具に興味を失って、物欲もすっかり冷めてしまった。  裕二が手にして見せびらかしている時はとてもいいものに見えていたそれは手に入れた途端にあまりいいものではないように見えてすぐに返した。  翼から礼二を奪い取ることに成功したところで自分は礼二から興味を失わずに愛し続ける事が出来るだろうか?  人間相手にこんな思いを抱いたのは初めてで実際にそうなってみなければわからない。 「僕が言っている言葉の意味がわかりますか?」  ぼろぼろと泣き出した礼二の涙で張り付いた髪を剥がす様に頬をそっと撫でながら穏やかな口調でそう問いかける。 「貴方のその一方的で深い愛は翼君の自由を奪いとって雁字搦めにする」 「…………」  佐藤の台詞を泣きながら礼二は黙って聞いていた。   彼が言っている事の半分は理解できてもう半分は理解できなかった。  礼二は自分がただ翼の事を好きなだけならそれだけで構わないと思っていた。  その深い愛が翼の自由を奪い取る鎖になって彼を雁字搦めにしているという事実を突きつけられてそれを受け入れたくない信じたくない思いのほうが強かった。  何より翼本人の口からそういわれたわけではない。  なのに、どうしてこんなにも胸が痛んで、そして不安になるのだろう。  佐藤が言っている通りだとして自分は翼から離れる事なんて出来ない。  もうひとりぼっちになるのは嫌だ。

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