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第4話
「ヘルテライトは我が一族より家格は落ちるが、さすがにその当主ともなれば傍系の俺では分が悪いからな。俺もこの遊びを取り上げられるのは癪だ、大人しくあいつにお前をくれてやる。但し、俺はお前との間に結んだ番の契約を絶対に破棄しない。お前は永遠に俺のものだ」
ゴシュジンサマが何を言ってるのかはよくわからなかったが、ヘルテライトという単語におれの身体は反射的に硬直した。
いつになく狼狽えた様子のおれが面白かったのか、ゴシュジンサマはかつてないほど上機嫌におれを組み伏せ、フェロモンを誘うために繰り返し首筋を噛みながらさらに続けた。
「お前のことは今までとんだ間違った買い物だったと思ってきたが、今になってこれほど楽しませてくれるとはな。まさかお前の想い人がヘルテライトの御曹司とは思わなかったぞ、分かっていればもっと他に使いようもあったろうに」
ゴシュジンサマを誘うためだけに作り変えられたおれのフェロモンが、おれの意思とは関係なく辺りに漂い始める。
ゴシュジンサマの目が爛々と獣じみて輝き始めるのを見ながら、おれは必死に彼が何を言っているのか理解しようとした。しかし同時におれもまた別の強い香りを感じはじめ、思考がどろりとぼやけていく。
フェロモンを発するのは実はΩだけでなく、αもまたメスを誘引するフェロモンを発することができる。但し彼らがそれを発するのはΩのフェロモンを感じた時だけ。これと決めたΩを見つけたとき、自分ただ一人に魅入らせるためだけに彼らはフェロモンを発するのだ。
どうしようもなく甘やかなその香りに次第に息が浅くなっていき、体がひどく熱くなる。同時にゴシュジンサマのこと、肌の上をはい回るゴシュジンサマの手つきのことしか考えられなくなっていく。
お互いにフェロモンに酔い、徐々に正気を失いながら、それでもおれはゴシュジンサマが今までで一番興奮していることを感じとっていた。
Ωの本能というのはよくできたもので、番のαが盛っていればそれに呼応してΩも同じだけ興奮を煽られていく。おれはゴシュジンサマが求めるままに乱れ、彼のものを繰り返しはしたなくねだった。
おれがゴシュジンサマの言葉の意味を正確に理解したのは、そうして彼に抱き潰され、指の一本も動かせないくらいに疲れきったあとだった。
ゴシュジンサマがおれの身体を開放してすぐに、おれは忘れもしない懐かしい匂いのする人に抱き上げられたのだ。
まさにその夜、ヴェレドリルさまがおれを迎えに来たのである。
彼はいつの間にかゴシュジンサマと何らかの交渉をし、そしておれを手放すことを了承させていたらしかった。
かつてのようにおれを颯爽と救い出してくださったヴェレドリルさまは、相変わらず呼吸も忘れるくらいにかっこよかった。思えば彼に救われたのはそれで三度目。
その日、おれはもう何千回目かもわからぬ一目惚れをしたのだった。
その夜の出来事は、おれにとってまさに死んだ人間が再び生き返るようなとてつもない奇跡であり、幸運だった。ヴェレドリルさまには、いくら感謝したってしきれないと思っている。
けれど実を言うと、正直その再会の仕方が何もかも悪かったのだろうともおれは思っている。つまり今、こうして事故が繰り返されているそのそもそもの原因が、その夜にあるのである。
先ほども言ったとおり、おれのゴシュジンサマはとても悪趣味なひとだった。そしてそんな彼が、よその男に引き取られていく奴隷を何もせずに素直に引き渡すわけがない。
ゴシュジンサマはその晩にヴェレドリルさまがやって来ることをわかっていて、敢えておれをめちゃくちゃに抱いたのだと思う。
それどころか、もしかしたらヴェレドリルさまはもっと前からあの場にいて、ゴシュジンサマとおれの情交を目近で見せつけられていた可能性すらある。どういうわけかゴシュジンサマはおれとヴェレドリルさまが恋仲であると勘違いしていたようだし、NTR好きなあの人ならそういったシチュエーションは大好物だろう。
あの夜、ヴェレドリルさまはおれを抱きかかえながら、筆舌に尽くしがたい悲壮な表情をしていた。潔癖なヴェレドリルさまにはゴシュジンサマのド変態なやり口なんてまるで理解できないだろうし、きっと心底ドン引きしていたのだと思う。
そしてそのゴシュジンサマのどうかしている行動が、結果として最初の事故を引き起こすことになったのである。
というのも、その晩ヘルテライトの屋敷におれを連れ帰るやいなや、ヴェレドリルさまはおれをレイプしたのだ。
しかしもちろんそれは彼の意志による行動ではない。
おそらくヴェレドリルさまは、おれとゴシュジンサマの情交の残り香に充てられたのだと思う。
発情期を除き、番のαが首筋を噛まない限りΩは基本的にフェロモンを発さないものだが、その夜おれはゴシュジンサマに求められたことでフェロモンをだだ漏れにさせていた。番を持ったΩのフェロモンは基本的に番のαにしか効かないと言われているけど、きっとそれにも多少の個人差があるんじゃないかと思う。
つまりヴェレドリルさまはおれのフェロモンのために理性を失い、そしておれに襲いかかってきたのだ。
フェロモンによって引き起こされたレイプの場合、この国では基本的に単なる事故として捉えられ、加害者側はほぼ責任を問われることはない。むしろ、発情のサイクルを把握せず、抑制剤も飲まずにオスに近づいたΩの方に一方的に非があるとされる場合が多い。
こういった風潮にもまたΩへの差別意識が透けて見えるけれど、しかしおれはこれには一理あるとも思っていた。
Ωにだってどうしてもフェロモンを自制できない場面があるけれど、しかしオスたちもまたΩのフェロモンの前ではどこまでも無力なのである。
簡単に理性を奪い、おのれを誰彼構わず問答無用に襲ってしまう獣に変えてしまうΩのフェロモンは、本来理性的で優秀なαたちにとってはきっととても恐ろしいものなのだろうと思う。レイプによって物理的に傷つけられるのはΩだったとしても、場合によっては加害者の側だってその心をずたずたに傷つけられていることもあるのだろう。
ヴェレドリルさまが正気を無くしたような状態であることに気付いた時、おれはとにかく必死に抵抗した。
今さら自分の身がどうなろうが構わなかったし、それどころか相手がヴェレドリルさまなら何をされても嫌だということなんてないのだけれど、しかしとにかくおれはヴェレドリルさまを傷つけたくなかったのだ。
しかしおれが抵抗すればするほど、ヴェレドリルさまはよりいっそう乱暴におれを暴(あば)いていった。
αの本能がそうさせるのか、彼はおれを抑えつけるようにうなじに繰り返し噛みついてもきた。
おれのそこにはすでに永遠に消えないしるしが刻まれているから、その行為にはもはや何の意味もない。番であるゴシュジンサマが噛むのと違って、それ以上フェロモンが誘われるようなこともなかった。
けれどまるでそれが納得出来ないとでも言うように、彼はやがて皮膚が裂け、血が溢れるまでそこを噛むのを止めなかった。
どうしてかその時、ヴェレドリルさまは涙を流していたような気がする。
まだ微かに残っていた彼の理性が、その行為を必死に拒んでいたからかもしれない。すでに疲弊しきっていたおれはもうほとんど意識を失ったような状態だったので、もしかしたら夢だったのかもしれないけれど。
翌朝目が覚めると、おれの周囲はちょっとした殺人現場みたいな状態になっていた。おれの首は結構太い血管が切れてしまっていたみたいで、相当量の血液があたり一面に撒き散らされていたのである。
おれと同じく行為後すぐに意識を飛ばし、そしておれより先に目覚めていたらしいヴェレドリルさまは、その光景を見ておれを殺してしまったのではないかと勘違いをしたらしかった。
必死な形相でおれを揺り起こすと、彼はひどく憔悴した様子で繰り返しおれに謝ってきた。
おれを守れなかったこと、救い出すのが遅すぎたこと、それからおれに怪我を負わせてしまったこと。
謝罪の内容は、おれにとっては何ひとつヴェレドリルさまには非がないように思えることばかりだったが、けれど彼は何もかもをずいぶんと気に病んでいる様子だった。
ヴェレドリルさまはいつだって正しいことをする人だから、きっとほんの少しの過ちでも自分が許せなくなってしまうのだと思う。
謝らないでください、悪いのは全部おれだし、昨晩のことも出会い頭の交通事故みたいなものだし、ヴェレドリルさまに責任なんてないんです。
そう何度おれが言っても、ヴェレドリルさまは悲しそうな顔をしたままだった。そんなときですら適切な返答を見つけられない自分を、ひどく情けなく思ったのを覚えている。
おれがヘルテライト家で働くことになったのは、その後すぐのことだった。
ヴェレドリルさまがゴシュジンサマとどのような交渉をしたのかはわからないが、おれを引き取るためには恐らくゴシュジンサマがおれを買った金額をさらに上回る金銭が必要だったはずで、おれはまず彼にそれを返済させて欲しいと頼んだのである。
するとヴェレドリルさまは、自分のもとで司書として働くようにとおれに命じてきた。おれが一生かけても稼ぐことは難しい――それどころか、王宮の高級官僚の生涯年収すら上回るだろうその金銭を、ヴェレドリルさまは単なる司書としての働きのみでチャラにしてくれると言って下さったのだ。
返すとは言ったものの、実際は何のあてもなかったおれにとって、それはまたとない提案だった。そのようにしておれは彼に雇用され、そして第七書庫司書長となったのだった。
はじめの夜の過ちについては、ヴェレドリルさまもおれの言ったとおり単なる事故として受け止めることにしたのか、しばらくはまるで無かったことのようにされていた。
けれど言葉には出さずとも、おれたちはさりげなくお互いに事故の再発防止に努めていた。ヴェレドリルさまは極力おれに触らないように気をつけている様子だったし、おれも抑制剤を欠かさずに飲み、念のため常に一メートルは距離を置いてヴェレドリルさまとコミュニケーションを取るよう心がけた。
しかしまたしてもゴシュジンサマのかつての凶行のために、おれたちのこういった努力は踏みにじられる結果となった。
というのも、おれはまたしてもヴェレドリルさまをフェロモンで誘惑してしまったのである。しかもそれは、全く発情期を外れた時期に起きたことだった。
まず第一に、抑制剤を飲めば発情期はやってこないはずであり、さらに抑制剤を飲んでいなくたって、発情期以外の時期になんの理由もなくフェロモンが発されるなんて言うことは普通あり得ない。
年中ところ構わずフェロモンを発するΩなんてものが存在すれば、すれ違ったオスたち全てがことごとく理性を奪われ、あちこちで集団強姦事件が多発することになるに違いない。そうなったらもはや一種のテロだし、そのΩは生体兵器みたいなものである。
しかしおれは、どういうわけかいつのまにやらそんな危険極まりないΩになってしまっていたようなのだ。
それがどうしてゴシュジンサマのせいなのかと言えば、おそらくその症状が彼に飲まされていた薬の副作用だと思われるからである。間違いなくそうだと言い切れるわけではないけど、おれはとりあえずそのように結論づけている。
おれのゴシュジンサマは、しっかり中で出すくせにハーレムの奴隷にはけして子どもを産ませないというポリシーを持っており、そのため奴隷たちにいつもアフターピルを服用させていた。
抑制剤じゃなくてアフターピルだったのは、抱く時に発情させられないといろいろ不便だからだと思う。きっとそのピルが相当に怪しげな薬で、今さらおれの身体にいろいろと悪さをしているのではないかと思うのだ。
二度目の事故が起きた日、おれはヴェレドリルさまを盗撮していた。
外に出られないおれを気遣ってか、ヴェレドリルさまはいつもおれにいろんなものを持ってきてくれて、例えば抑制剤もそうだし、その時使っていた写真機も彼がくれたものだった。
抑制剤や三食の食事はぎりぎり福利厚生のうちに入るだろうが、写真機はさすがに含まれないと思う。だからその代金をヴェレドリルさまに負担してもらうのは筋違いだし、とはいってもおれの給金は全て借金返済に当てられているので、おれが自らそれを買う余裕もない。
なので最初はいらないと伝えていたのだが、ヴェレドリルさまがお前にも娯楽は必要だろうと譲らなかったので、結局ありがたく頂戴してしまった。
福利厚生の一環でも、給金の一部でもないとするなら、いわばその写真機は賞与ということだったのだと思う。ヴェレドリルさまは学生時代におれが写真機を抱えてうろうろしているところを何度か見かけていたようで、写真撮影がおれの趣味なのだと勘違いしているらしかった。
現金でなく、従業員の趣味嗜好に合わせた物品を賞与として配布するなんて、なかなか斬新だけれど素晴らしいアイディアだと思う。個人的なプレゼントを貰ったみたいで、おれはすごくうれしかった。
写真機を手に入れたおれがしたことと言えば、当然ヴェレドリルさまの隠し撮りである。学生時代には見たことのなかった眼鏡姿のヴェレドリルさまの写真を、おれはどうしても手元に残しておきたかったのだ。
しかし昔と違って、必要以上に距離感が狭まってしまったせいで盗撮のハードルは格段に上がっていた。かつてはおれは物陰に潜んだり、カメラを鞄の中に上手く隠したりして彼を撮っていたのだが、さすがに一対一で対面している状態ではそんなことは出来ない。
以前何を撮るのが好きなのかと彼に聞かれたとき、おれは花だと答えて誤魔化した。実際はヴェレドリルさま以外のものなんか撮ったことなどないくせにである。
だから隠し撮りをする時も、おれは花に写真機を向けながら実際はその背後のヴェレドリルさまに照準を合わせるなどしてカモフラージュしていた。
しかしヴェレドリルさまは基本的に大変鋭い方である。ある日彼はおれの不審な行動に気付き、不思議そうになぜ花ではなく自分を撮っているのかと聞いてきた。
おれは思いっきり動揺し、そして気付けば「天文現象は永遠には続かない」とか「星の流れが正常に戻り、ヴェレドリルさまと会えなくなったときのために思い出を残しておきたい」などと、電波極まりない発言を連発していた。
おれはおれの信仰心に全く疑いを持っていないけど、しかしそれが簡単には他人に理解してもらえないものであるということはちゃんと承知している。
しかもそれがヴェレドリルさま本人ならば尚更のことで、おれの思想を彼に馬鹿正直に吐露することにメリットなんか一つもないと思う。
つまりおれは、完全に言うべきでないことを口走ってしまったのだった。
それにヴェレドリルさまが何を思ったのかはわからない。全然わからないけれど、しかし間違いなく、おれの言葉は彼の気分を損ねた。
「会えなくなる? お前、ここからでていくつもりなのか」
ヴェレドリルさまがそうひくい声で囁いた時、おれは瞬時に身の危険を察した。
野生の獣というものは、圧倒的な力の差のあるものに対峙したとき、相手の匂いを嗅いだだけでそれを察することができるというけど、どうやら神狼の血を引くおれたちにもそういう機能が備わっているらしい。
彼から立ち上るような怒気を感じる否や、おれはもはや生命の危機すら感じてとっさに逃げようとした。
しかしヴェレドリルさまは背中を見せたおれの手首を乱暴に掴み、そしてそのまま床に引き倒した。
「あの男のもとに戻りたいのか?」
手に持っていた写真機が大理石の床に落下し、がしゃりと重たい音が響く。
けれどヴェレドリルさまはそれには少しも気を止めず、一度目と同じようにおれのうなじに牙を立ててきた。
同時に抑えつけるように身体に体重をのせられ、腿のあたりに硬い感触が触れる。どういうわけか、彼はその状況で勃起していたのである。
正気のヴェレドリルさまがおれに欲情する理由なんて一つもないはずなので、つまり彼はまた正気を失っているということだった。
怒りのために我を忘れているのだとしても、それが欲情に繋がるとは考えにくい。彼はまたフェロモンにあてられているのに違いないと、おれは即座に察した。
一度目の事故のあと、ヴェレドリルさまはひどく落ち込んでいたし、まだ正気を保っているおれこそが何とかこの事態を鎮めなければいけない。
そう思い、おれはまた必死に抵抗した。けれどやはり抗えば抗うほど、ヴェレドリルさまもむきになっておれを抑えつけてくる。
単純に圧倒的な体格や力の差があるうえに、αに本気の敵意を向けられてΩのおれが反抗の意思を保っていられるはずがなく、おれはすぐに彼にされるがままの状態になってしまった。
そのまま再び抱かれることを覚悟したとき、しかしおれは新たな問題に気がついた。
確かにフェロモンは漏れてしまっているらしいのに、どういうわけかおれは全く発情していなかったのである。つまりオスを誘っているくせに、肝心のおれの身体の方はオスを受け入れる状態にはなっていなかったのだ。
Ω性の男の後孔から性交を潤滑にするための粘液が分泌されるのは発情時――三ヶ月に一度の発情期と、番のαに首筋を噛まれたとき――のみで、それ以外はΩの男の身体もαやβの男とほとんど変わりがない仕組みをしている。
つまりその状態のΩをレイプするということは、ただの男をレイプするのと同じことなのだ。
慣らされもせず、潤滑も足りていないおれの中は当然挿れるのも困難で、交合はまるで上手くいかなかった。おれのそこは簡単に傷がついて出血し、おれは痛みのあまり必死でやめてほしいと何度も彼に懇願してしまった。
そんな状態ではあんまり気持ちもよくなかったのか、ヴェレドリルさまは比較的すぐに正気を取り戻した。
彼はまたひどく自分を責め、おろおろとおれを抱きしめながら何度も謝罪の言葉を口にした。それを聞きながら、おれはヴェレドリルさまをこれ以上傷つけないために一刻も早く彼と距離を取らなければいけないと思った。
幸い第七書庫はおれ一人きりの部署なので、こんな物騒な体質をしていてもおれが被害を及ぼす危険性があるのはヴェレドリルさまのみ。ならば食事を届けたり、おれの業務を確認したりといった役目を、おれのフェロモンに反応する恐れのない者に変えてもらうべきだと思ったのである。
しかしそう提案した直後から、どういうわけかヴェレドリルさまはむしろ以前よりおれに近づいてくるようになってしまった。
ぴたりと身体を寄せられたり、ハグをされたりといったスキンシップが増え、さらにはどうしてか彼は一日に何度もおれの様子を見に来るようになった。
おれの家で夕食を食べることも増えたし、夜間は一緒にいられないからと眠る前にベッドに首輪で繋がれたりもした。
初めはなぜそんなことをするのかわからなかったが、しかし少し考えてみればごく当然のことだった。
大貴族であるヘルテライト家の屋敷で働く者にはαのオスもβのオスも大勢いるだろうし、おれのような危険な体質のΩがもしふらふらと壁の外にでも出ればきっと大変な大混乱が起きてしまう。
おれのことがよほど信用におけないのか、あるいは発情に伴ってトランス状態にでもなれば何をしでかすかわからないからか、つまりヴェレドリルさまはおれがこの円形の壁から出ないように監視しているだけなのだろう。ヘルテライトにとって重大なリスク要因であるおれを、ヴェレドリルさまは自ら厳重に管理しようとされているのだ。
そんなことは他の番のいるαにでも任せたらいいのにと思うけど、しかしおれをここに連れてきたのはヴェレドリルさまだし、彼はとにかく責任感の強い人だから、自分の呼び込んだ問題にはあくまで自身で始末をつけるつもりなのだと思う。
ヴェレドリルさまにそこまでの迷惑をかけるのはあまりに申し訳なかったので、いっそ彼が支払った身請け金と引き換えにおれをゴシュジンサマの元に送り返してもらっても構わないと伝えたこともあった。
しかしヴェレドリルさまはそれには全く聞く耳を持たず、なぜかその後数日はおれに首輪に加え手枷と足枷もつけて家からすらも一歩も出してくれなかった。
冷静に考えてみれば、おれを引き渡しその引き換えに金をもらうという行為は人身売買そのものである。きっとヴェレドリルさまはそんな違法行為を持ちかけてきたおれに嫌悪感を抱き、よりいっそう信用ができなくなって監視を厳しくしたのだと思う。
ヴェレドリルさまの空に昇る太陽のように高い倫理観と責任感には心が震える思いだし、彼に監視されることに不満なんか一ミリもない。ないのだが、しかしやっぱりそこには問題があった。
つまりどうしたっておれはフェロモンを発してしまうし、ヴェレドリルさまはそれに誘惑されてしまうのだ。
当然というべきか、その後も事故は発生した。それも、その頻度はどんどんと高くなっていった。
箍 というものは、一度外れてしまうと、たとえ嵌め直したってひどく外れやすくなってしまうものなのかもしれない。
今やだいたい平均して週に五度ほど、酷ければ何日も連続して事故は起こっている。おかしな話だけれど、性奴隷をやっていた頃よりずっと頻繁に、おれは近頃セックスをしていた。
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