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第2話 雨月と無月

「で、無月(むげつ)。アンタ今回もまた契約できず帰ってきたのぉ?」 「しょうがないだろう、雨月(うげつ)。あの可愛い跳ねっ返りさんを縛り上げるなんて可哀想で……」  よよよ、と泣き真似をして見せた無月を見て、雨月と呼ばれた男は呆れて口をつぐむ。  そっくりと言うよりはもはや無月と全く同じ顔をしかめながら、雨月は目の前の男と全く同じ声でため息をついた。 「はあ、根っからのドS変態野郎がよく言うわ……おおかた締め上げたとこが可愛くて、みとれてた隙に逃げられたんでしょ?」 「雨月には全部お見通しかあ。まあ、伊達に二十五年間一緒に生きてきてないよね」 「そりゃまあこんだけアンタの“表”の顔をやってりゃ思考もわかるようになるわよ。まあ、同じ性癖になるのは死んでもごめんだけど」  絶対お断りよっ、と言い捨てる雨月に返す言葉もなく、無月は困り顔で笑う。  彼は、自分の影武者であり、“表”の顔──日下(くさか)無月という何でも屋を営む青年を演じている、双子の弟である。  裏の顔は、第二次世界大戦の折に焼失した日片(ひひら)神社の神主を代々務めていた、日下家の第十五代当主だ。  ただし現在は神社もなく、ご神体も焼失してしまっている。そのため土地を治める力も鎮める力も今はなくなっていた。  本来なら、形だけの肩書きのはずだった。  だが、無月が身に余る霊力を持って生まれてしまったために、形だけの肩書きとはいかなくなってしまった。  代々の日下家当主は必ず双子で生まれる。  無能と呼ばれる力を持たない者が表の顔。霊力を持って生まれた者が裏の顔として、役割を分担する。  その定め通り霊力を持たない雨月が表の顔になり、裏の顔を無月が継いだ。  決めごとを無視して生きることが出来なかったのは、ひとえに無月の霊力の大きさにある。  大きすぎる霊力は土地を狂わせ、バランスを失わせてしまうのだ。  そのため雨月と無月は小さい頃から全国の神社を転々とし、日下家当主としての修行を積んだ。  何か力をおさえるための手立てがあれば。研鑽を積みながら文献をあさり、ようやくその方法が見つかったのが、一年前のこと。    無月と同じく強大な力を持った者が、ある土地を治める土地神と契約を交わした。彼は持つ力を神に与えるという手法で霊力を抑え、定住を実現した、という記述を見つけたのである。  そこで目をつけたのが土地神の水鏡である。  もともと彼は代々日下家と契約を交わし、日片神社のある土地を広く治めていた神だった。  ただし神社焼失の折に契約の証である勾玉は砕け、その契約は破棄されてしまっている。  そのため無月が彼自身に力を示し、再度契約を結ぶ必要があった。  リミットは、3年。それ以上の時が過ぎれば土地に影響が出るため、ここを離れなくてはならない。  そうなる前に、なんとしてでも契約を結ぶ必要があるのだ。 「わかってるとおもうけど、遊ぶのもほどほどにしときなさいよ」 「もちろん。まあ、いざとなったら力でねじ伏せれば良いだけのこと。時間があるうちは、ゆっくり口説き落とすよ」 「はあ……ほんと、アンタって性悪だわ……」  それはもう楽しそうな表情で返事を返す無月に、今日何度かのため息をつきながら雨月は言葉を返す。  こんな兄に目をつけられた土地神に心底同情をしながら、雨月は目の前のパソコンに送られてきた何でも屋の依頼と向き合い始めたのだった。

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