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第4話 回想

 ──あつい。  体中の血が沸騰して、いまにも頭がどうにかなりそうだった。  だれか、誰か助けて──……!! 「……っ、夢、か……」  自分の叫び声で目が覚めた。  弾かれるように跳ね起きて辺りを見回す。 (ここはいつもねぐらにしている樹のうろだ)  しばらくもしないうち、自分のいる場所を理解して、水鏡は大きく息を吐いた。  汗でじっとりと張り付く布が鬱陶しい。  こういうところは祀り上げられて神になってもちっとも便利にならない。  そう嘆息しながら、水鏡は新しい衣に袖を通す。  無月に契約を迫られるようになってから、三ヶ月がたった。  いつのまにかよく見るようになった夢だが、過去夢なのか予知夢なのかはわからない。  覚えているのは、ただ熱いという感覚だけだ。 「白雨(はくう)、か……また懐かしい呼び名を持ち出してきたもんだな……」  昼間に無月が呼んだ名。  遙か昔、一番最初に契約を結んだ日下の当主が水鏡を呼ぶときに使っていた名だった。  彼と契約した日のことは、昨日のことのように覚えている。  水鏡の中では色あせることのない、大切な思い出だ。 『何にも染まらない、まっさらな力。君は、全ての人へ平等に降り注ぐ、恵みの雨のような神さまだね。僕は君のことを白雨って呼ぶよ』  そう言って微笑んだ彼に、水鏡は一目惚れをした。  彼と出会ったのは、水鏡が土地神になりたての頃だ。  当時はまだ力を上手く使えず、穢れを引き受けすぎては倒れることもしばしばあった。  ある日、許容範囲を超えた穢れに飲み込まれ、倒れた水鏡を救ってくれたのが彼だった。  日下家当主で日片神社の神主をしている彼に恩返しがしたくて、水鏡は契約を交わした。  そうすれば彼の傍にいられると思ったから。 『僕ね、好きな人が出来たんだ』 『今度結婚するんだよ』 『今日子どもが生まれたよ。白雨が名付け親になってよ』  彼が生涯の伴侶を見つけ、その間に子どもが生まれ、幸せの中で老いていく姿を。  水鏡は彼に一番近いところでそっと見守っていた。  それ以上のことは、何も望まなかった。  彼を看取り、彼の子孫が立派に土地を治める様を、ただ静かに見守っていた。  ──もう、潮時かな。  そう思ったのは、戦の折空襲で彼と過ごした神社が火事で燃えた時だった。  その頃になると、だいぶ日下の人間との結びつきも薄くなっていた。  彼らの元を去るのに未練は無かった。  水鏡は契約のときに彼へと贈り、ご神体として神社に祀られていた勾玉を自ら砕いた。  そうして誰に別れを告げることもなく、燃えさかる神社をあとにした。  戦が終わり、日下の人間が幾度か水鏡の元を訪れて再契約を請うても、水鏡が首を縦に振ることは決してなかった。    ──もう、水鏡が愛した人はこの世にはいないのだから。 「白月(びゃくげつ)……」  その名を呼んだ水鏡の目から一粒、透明な水滴がこぼれ落ちた。  彼はもう、この世にはいないのに。  ──あの、無月という青年は。  あまりにも白月に似すぎていた。  その姿も、その声も、仕草も、何もかも。  違うのは、話し方だけだ。  いっそそれすらも同じであれば、水鏡は男をすぐにでも受け入れてしまったかも知れない。  彼とは違うと知りながらも、その面影を求めて。  子孫だから似るのは当たり前だろう。  そんな言葉でくくれないほどに、無月は白月の生き写しだった。  何よりその清浄で甘い霊力が。  とろりと蜜のように水鏡を誘うその気配が、そっくりで。  彼と対峙するときにはいつも、白月が帰ってきたかのような錯覚を覚えるのだ。 「ばっかみてーだな……」  女々しすぎるだろ俺。  水鏡はそう自嘲して、うろの中へと再び横になる。  先ほどの悪夢ですっかり眠気は吹き飛んでしまっている。  いくら目をつぶっても、寝返りを打っても、しばらくは全然寝付けそうにはなかった。

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