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運命の番登場?

「やっぱり、運命ってあるんだ。ひとめでわかったし、抗えない」 先月、親友の前田に番ができた。 出会ったその日のうちにつがったらしい。 どこの馬の骨ともわからぬ、身元保証人さえいないオメガと。 「お前はバカだ。そんな見えすいた財産狙いに引っ掛かって。今からでも遅くない。トラブルになる前に番を解消すべきだ」 つがうのは、簡単。 オメガの首に歯をたてるだけで成り立つ。 しかし、その途端、ただ1人のオメガに縛られてしまう不自由で窮屈な人生がはじまる。 たちの悪いオメガに引っ掛かり、財産も何もかも巻き上げられて身を滅ぼしたアルファを何人も知っている。 「肇……一度でいいから、僕の番に会ってくれない? そうすれば、君にもわかるよ」 「腐れオメガになんて会いたくない。お前こそ、早く目を覚ませ」 「腐れって……」 前田は、哀れむような眼差しをオレに向け口を閉じた。 会話は平行線。ここのところ、ずっとこのパターン。 正直、前田がここまで骨抜きにされるなんて思ってもみなかった。 それだけ、そのオメガがやり手だったのだろう。 大事な親友じゃなければ、オレだって本心を隠して祝福の言葉を贈っていた。 前田は、幼き頃から一緒に過ごした幼馴染。 典型的な金持ちのボンで、世間知らずなおひとよし。要領が悪くて損をすることもある、アルファらしからぬアルファ。 だけど……いや、だからこそ?……こいつだけが、オレを「国司丸家」から離れた、ただの「肇」として扱ってくれる。 だから、こいつの前では、自分の立場や家のことなんて考えずに、普通の17歳男子として心をさらけ出すことができる。 そんな前田が不幸になるのを黙っていられるはずがない。                     「わかった。一度、そのオメガに会わせろ」 番を解消するように、オレが直接話をつけてやる。 肝心な言葉は、心の中だけにとどめる。 「ありがとう! やっとわかってくれた。早速、ここに呼ぶよ。ちょっと待ってて」 前田は、そそくさとスマホを取り出した。 回線の向こうにむかって、デレデレとだらしない顔で何やら話している。 「ちょうど、そこの店に友達と買い物にきているって」 電話を繋げたままオレに告げると、道路の向こうにむかって大きく手をふった。 「おーい、こっちだよ」 二人組が反応して手をふり返す。 髪の長いフワフワとしたトイプードルのような女と色素の薄い中性的な男。例えるならシャム猫。 どちらも、ひとめでオメガとわかる。弱くて美しい存在。 オレにはオメガの「自分たちは弱い存在だから大事に庇護して愛でてね☆」という寄生根性が我慢ならない。 オメガの二人は道路を渡り、こちらにやってきた。 なんとも言えない甘い匂いがあたりに漂う 「あのね、この前美味しいって言ってたクッキーを買ったの。夜に一緒に食べようと思って♪」 オレは顔を背けた。 もともと甘いものは苦手だ。 なぜか今日は、この充満する匂いだけで……食べてもいないのに……口の中が耐えられないほど甘ったるい気がする。 背筋がゾクゾクしはじめた。 その殺人的なクッキーの匂いをなんとかしろっ。 怒鳴りそうになるのを必死に抑える。 オレの気も知らず、女が甘えた声を出して、前田の腕に自分の体を絡ませた。 「早くクッキー食べたいねぇ♪」 「えっと、ナナちゃん、こちらが僕の親友の肇」 「あ、はじめましてぇ。ナナです」 ナナは、前田から体を話すとペコリと頭をさげた。 「えっと、じゃあ、こっちも紹介するねぇ。この子はナナの親友の叶。前田くんも叶と初めてよね?」 「あ、君が叶くん?? ナナちゃんから君の話はよく聞いてるよ」 「初めまして。ナナとは親友というより腐れ縁。前田さんと番になってやっと縁が切れたと思ったのにこの通り、まだ引っ張り回されてます。なんとかしてください」 「ひどーい」 「あはは」 オレを無視して、三人だけで会話は続く。 オレはというと、気分を害するというより、新鮮な気持ちでそれを眺めていた。 だって、初めてかもしれない。 こんな風に空気扱いをされたことはなかったから。 「あ、肇、ごめん。僕たちだけで盛り上がっちゃって」 前田が申し訳なさそうに頭を下げる。 「いいよ別に。立ち話もなんだし、店に入ろうか? うちのカフェでいいかな?」 「それよりも、ここで良くない? ベンチも自動販売機もあるから十分でしょ? サービス料をとるような店は勿体ない 」 オレの言葉に叶が異を唱えた。 「君からお金をとるつもりはない。ご馳走するよ」 「いらない。ご馳走してもらう理由がない。ちゃんと、自分の分は自分で払う。アルファの施しはいらない」 なんだ、こいつ? 「やっぱり、俺は帰る。ナナは前田さんとゆっくりして」 「おい、待てよっ!」 思わず、叶の腕をとった。 「!!!」 途端に、全身に電流が駆け抜けた。 なんだ? 何が起こった? 叶も目を見開いて、オレの顔を凝視した。 「……あんたが……運命の番……」 小さな呟き声。 ウンメイノツガイ 聞こえた言葉が頭の中で処理されない。 そんなことがあるはずがない。 でも…… 叶が突然、しゃがみこんだ。 「うっ……は……はっ」 苦しそうなうめき声をあげる。 「そんな……は、発情期は先週おわったところなのに……あっ」 甘い匂いがさらに濃厚になる。 「うぅ……」 熱が…… ドクドクドク どこからともなく発生した熱が、出口を求めて、グルグルとすごい勢いで体の中を廻る。 指先、頭のてっぺん、眼球の裏、かかと。 熱い。 苦しい。 爆発しそう。 グワングワン、回る。回る。 「はっ……はっはっ」 ドクドクドク 衝動と一体になって、真っ赤にうねる。 だめだ。 堪えきれない。 爆発するっ!!! うわぁぁ 「ヒートだ!! は、肇!!お前もラットを起こしかけてるっ、堪えて!! ナナちゃん! 叶くんに緊急時用の抑制剤を打って!!早くっ!」 「叶っ!抑制剤を打つよっ!! じっとしてて」 「僕は肇を抑えておくからっ! 早く叶くんを安全な所に!!」 「叶っ、こっちよ! あ、何? きゃっ! あなた何よっ! 叶に触らないでっ!! 放してっ!!」 ナナと叶の周りに人垣ができる。 「発情した雌だ」 「たまんねぇ、やらせろ」 「町中でヒートって」 叶の発情フェロモンに反応したアルファだ。 や、やめろ 「だめだ、我慢できねぇ。孕ませてやる」 「やってもらいたくて、発情してるんだしな」 「俺らのせいじゃねぇし」 ガチャガチャとベルトの音がなる。 やめろ、やめろ 「きゃー、やめて!誰か!!」 「お前ら、やめろ!」 「かまわねぇ、やっちまえ! オメガが悪いんだ」 「やめて! 叶に触らないでっ!!」 「精を注ぎ込んでやらなきゃ、雌のヒートはおさまらねぇ。人助けだよ、これは」 やめろ、やめろ 「は、肇!! だめだ、お前は行くなっ! そっちにいったらだめだ」 抑止する手を振り切り、人垣に飛び込む。 「ズボンをおろせ」 「わ、濡れてやがる」 「やめて! なにすんのよ!!叶を放してっ!」 「うるせぇ。つがってる女は向こうにやっとけっ! 邪魔だ。おい、俺から突っ込むぜ」 ナナは叶から引き剥がされ、人垣の向こうに追いやられていた。 叶の上には、上質なスーツの男が荒い息で覆い被さっている。 「うぉぉおお! おめーら、オレの運命の番に手を出すんじゃねぇ!」 男を渾身の力で殴り付けた。 その下の男の横っ面も張り倒した。 「うぉーー!」 叶に群がっている男を片っ端から引き剥がす。 「どけ、どけっ!」 戦闘意欲をなくした男どもを蹴散らして、呆然と座り込んだ叶の目の前に手を差し出した。 「はぁ、はぁ、叶、オレの番になるか?」 叶がオレの指先を凝視する。 石のように固まったまま手をとる気配はない。 「おめぇは、オレの運命の番だろ? 大人しくオレの番になりやがれ!!」 身動きしない叶の手を強引にとる。 「ほら、番になるって言えよ!」 叶がやっと、オレの目をみる。 「だ、誰が……あんたなんて……アルファなんて大嫌いだ!」 「何っ!!」 「誰があんたの番になるかっ!!」 「んだとっ!!」 いつの間にやら人垣はなくなっていた。 緊急用の抑制剤が効いたようで、ヒートも収まっている。 「まぁまぁ、二人ともそのへんで。それにしても無事でよかった」 「うわーん、叶っ、良かった。もう、どうなることかと思った……」 ナナの顔は涙でくちゃくちゃになっている。 前田の目も赤い。 「二人ともありがとう……あんたも……ありがとう、助かった」 叶が小さな声で付け加える。 背中が小刻みに震えている。 守りたい。 こいつを傷つける可能性のある、全てのものから守りたい。 唐突に、今まで感じたことのない暖かな感情が溢れ出す。 「あ? 聞こえねーな」 「あ、あんた、最低っ!!」 オレは優しく叶の頭をポンポンとすると、タクシーを停めるために通りに向かった。

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