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そして、別れ

「前田は、いいよなー。ちゃんと運命の相手と番になってさ」 「ん? 運命なんてない、つがうのはバカだ、解消しろって言ってなかった??」 前田がクスクスと笑う。 「う、うるせーっ!!」 んなこと言ったって、あの時は出会ってなかったんだからしょうがねぇ。 「叶くんはまだ、イエスと言ってくれないの?」 「っとにな、強情なヤローだぜっ、可愛くねぇ」 顔は可愛いけどな。 いや、性格も可愛いところもあるけどな。 心の中で言葉を付け足す。 「んとに、肇ってわかりやすいね」 前田がプッと吹き出す。 オレは、頬を膨らませた。 自分でわかってるから。 叶に惚れてしまったって、ちゃんと自覚してるから。 惚れたのなんて、生まれて初めての経験だから、突然発生した気持ちの正体に戸惑った。 何度も分析して、やっと、気づいた。 「図書館に行ってくる」 「叶くんによろしく。お仕事の邪魔にならないようにね?」 「うるせっーー!」 背中越しに、前田がまた笑ったのがわかる。 うるせぇよ! ちゃんと、叶の邪魔にならないようにしてるって。 叶の職場に日参してる。 叶は司書。 ちゃんと資格をとって、自分の力で生きている。 叶は「アルファなんて自分の生活にいらない」という。 どこかで聞いた言葉だ。 オレも「オメガなんかいらない」って思っていた。 でも今は、叶が必要。 あいつがいない人生なんかいらない。 今日こそ、愛してるって伝えよう。 恥ずかしくて口にできなかったけど、伝えて番になってもらうんだ。 会うたびに惹かれる。 どんなに叶が好きで、必要で、焦がれているか……今日こそ伝える。 ピーポーピーポー カンカンカン 救急車。 パトカー。 消防車。 色々な種類のけたたましい サイレンの音が響いている。 図書館の方向。 まさか。 そんなはずは、ないよな? 心臓が早鐘を打つ。 気づいたときには駆け出していた。 「叶っっ!」 煙の向こう。 図書館が瓦礫になっている。 「かなうっ!!!かなう、かなう!」 人を掻き分けて、大声で名前を叫ぶ。 お願いだ。返事をしてくれ。 「かーなーうっ!!!」 どこだ、どこにいる? 叫び声。 悲鳴。 うめき声。 助けを呼ぶ声。 探し人の名前を叫ぶ声。 痛みを訴える声。 あらゆる声が飛び交う。 「叶! 返事をしろっ!」 小さな声でもわかる。 声さえ出してくれたら、オレにはお前の声がわかるから。 だから。 「……はっ……じ……め……」 聞こえた。 そのコンクリートの山の下から。 「叶! 今、助けるから、待ってろっ!」 電話で救護を依頼しながら、落ちていた鉄の棒を使って、てこの原理でコンクリートの固まりを取り除いていく。 「しっかりしろ。絶対に助けるから」 叶の顔が現れる。 隙間から体を引っ張り出す。 「叶! 聞こえるか?」 ピクリと叶の瞼が震えた。 顔は真っ白で生気がない。 口からは、止めどなく血が溢れている。 「叶! 行くな!こっちにとどまれっ!!」 内臓がやられている。 ここではもう、できることはない。 あとは、病院に搬送して手術するしかない。 命の灯火が消えようとしている。 叶の体を抱き抱え、手を握る。 「は、じめ……」 「うん。オレだ。諦めるなよ。ここをでて、番になるんだから」 「は……じ……め、あんたをあいしてる……」 「うん、わかってる。お前の気持ちはわかってる。オレがお前を愛してるのと同じように、お前がオレを愛してるって」 叶の唇が微かに綻ぶ。 「行くなっ! オレを置いていくなっ!」 脈拍がどんどん遅くなる。 「……ご……め……ん……つがいになれなくて……ご……め……ん……」 ピクリと小さく痙攣すると、叶の体は反応しなくなった。 「嘘だろっ! 早くだれか!」 ようやく、救護袋を抱えた医師がやってくる。 「早く輸血して!いや、AEDだ。早く!!」 医師が首をふる。 「嘘だろっ!早くっ!!」 「もう、亡くなってます。どんな名医でも亡くなった人を生き返らせることは出来ない」 「まだ、間に合うから」 「無理です」 「約束したから。絶対に助けるって! 叶っ!! 叶っ!! うぉおおおっ!!」 医師は、「御愁傷様です」と呟くと新たな患者のところにむかった。 オレと叶を残したまま。

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