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第4話

「・・・・・・・・・」 コンの髭がゆらゆらと風に舞うように揺れている。 何かが迫りくるような、不穏な空気が二名を包み込んでいく。 「・・・来ますぞ。数が多ければお助けいたしまする故、お好きになされませ」 「・・・うん」 ぶわりと尖る針のような風が土煙と共に舞い上がり、衣の奥へと突き刺さるように吹き抜けて行ったのはそれからすぐの事だった。 ビュオオオオオッと唸る冷気を含んだ鋭い風が薄皮を剥ぐように二名の側を駆け抜けて行く。 微動だにしないコンの隣で師匠(仮)はその風を受け止めようと腕で顔を庇いながら前方に視線を向けた。 ピシピシと砕けた砂が幾重も腕に当たっては落ちて行く。 「ぐっ・・!」 腕を上げたまま、構えの姿勢で前方を見据えていた師匠(仮)が一瞬顔を上げて後、不思議な事に吹き続けていた風がピタリとその動きを止めてしまった。 コンの髭はゆらゆらと左右に揺れ、心地良さそうに瞳を細めている。 「・・・ほほぅ・・どうやら我々が邪魔と見えまする・・」 「・・・やってくれるじゃないか・・」 にやりと口角を上げながら、師匠(仮)がゆっくりと瞳を閉じた。 彼を包み込んでいた風が、少しずつ穏やかなものへと変化を遂げていこうとしている。 ざわり。ざわり。と木々が揺れ動き、地面に伏していたはずの落ち葉がゆっくりと浮かび上がっては落下していく。 師匠(仮)を中心にして揺れ動くその風はたゆたう波のようにも見えた。 「・・・・・・・・・・」 静かな音が、次第に緩やかなものへと変わっていく瞬間。 師匠(仮)は、腹の奥に空気を溜め込むような深呼吸を数度繰り返しながら、ゆっくりと瞳を開けると、下ろしていた腕を上げ構えの姿勢を取り、再度息を深く吸い、吐いた。 「・・・っ!」 穏やかな空を切り裂くように、前に出していた右手をひゅうっと伸ばし袖を振るうと同時にカマイタチのような風が吹き上がり、彼はその風を自在に操りながら、裸眼ではけして見えない者の動きを一歩、また一歩と、封じて行く。 確かに誰か居る。だが、よく目を凝らさなければ見えないのだ。 彼らが動く度に景色に暫しの歪みが生じ、人の形を成していると分かる。 師匠(仮)は風を刃に変えながら、踊り舞う様に相手を裂いた。 無音な中に生まれる情景は風と混ざり、落ち葉と共に舞う事で音が生まれ、それらはやがて相手を切り裂く刃物へと変化を遂げて行く。 『嗚呼。楽しい。なんて楽しいのだろう』 師匠(仮)は心の奥から湧きあがる感情と同化しながら、動かない足を軸にして、くるんと身体を反転させた。狩衣の白き衣がふわりと揺れる。 相手からの風を袖に振るい弾き返すと共に自身の風を相手へと飛ばし、針の風を琴の糸に見せ、奏でるようなその動きは実に優美なものだった。 右手には風針の糸を。左手には扇子を手に持つかのような仕草のまま、クルンクルンと飛び上がり舞うかのようなその動きに、コンの髭が心地よさそうに揺れている。 『笑っておりまする・・・さすが、あの方の血を引くだけの事はありまするなぁ・・』 不意に、しなやかな動作で幾度も返していた師匠(仮)の指が止まる。 途端に、彼の側を舞っていた葉がはらりと落ちた。 よく見ると、人型のような何かが眼前に迫ろうとしている光景が微かに見える。 「・・・・・・・」 彼はすうっと深く息を吸い吐くと、ずいっと三歩、前に出た。 「一・点・突・破・!」 とんとんっと不自由な足を動かし、飛び上がり地につく前に後ろ蹴りを入れた。蹴った瞬間、ぐにゃりと肉を感じ、襲い掛かろうとしていた者が後ろへと吹き飛ばされて行く。 ズザザザッと土煙が静かに舞い上がる。一枚の枯れた落ち葉が空を舞った。 「・・・・・・・・」 不意に訪れる静寂。ふうと息を吐く師匠(仮)の横でコンは楽しそうに手を叩いた。 「お見事にござりまする」 「・・ああ。ありがとう。晴明様が前にしてたのを見て、一度やってみたいと思ってたんだ・・ふう・・」 でもなかなかうまくいかないや・・狩衣の袖が破れちゃったよ、と無邪気に笑う師匠(仮)の表情は実に楽しそうなもので。 コンは先ほどまでの彼の表情と比べながら嬉しそうに微笑んだ。 「さて。行くとしますかな」 「うん。行こうか」 気を取り直して歩き出す二名を静かに待つように、独特な雰囲気を持つ大木がひっそりと佇んでいた。

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